第2話

「じゃあ、少しずつイメージしていきましょうか」


柚月さんはやわらかくそう言ってタブレット端末を操作すると、壁に映されたモニターの映像が切り替わった。

そこには、淡い色調で描かれた二人の女性と一人の男性のイラスト。

あくまでも医学的・説明用のものだが、それでもその図が示している体勢がどんなものかは一目でわかる。


仰向けになった男性の首の後ろに一人の女性が座っている。

彼女の脚は男性の首に巻きつくように4の字を描き、しっかりと固定していた。その姿勢はプロレス技のようでありながら、どこか静かで優しい印象を受ける。


「まずこの体勢が“首4の字固め”の基本です」と柚月さんが話し始めた。

「首を挟んでいる太ももは、きつく締めすぎる必要はありません。あくまでも“包む”ように。あなたの頭を支え安心させるための抱擁みたいなものですね」


「力を加えすぎると怖がらせてしまうので、じんわりと優しくでも逃げられないくらいの強さで固定するのがコツです」と、葵さんが補足する。


「うん……なんか、わかってきました。締めるというより、“守る”感じなんですね」


僕がそう言うと、柚月さんは嬉しそうに微笑んだ。


「そう!その通り。とってもいい表現ですね」


続けて画面が切り替わり今度はもう一人の女性が、男性の上にまたがるような構図が表示された。

女性の腰は男性の下腹部に向かって位置し、体はゆっくりと前屈みに。

やがて膣口と陰茎が接触し、ゆっくりと挿入されていく動作が段階的に描かれていた。


「この体勢では男性の首は固定されているので、もう一人の女性を正面から見ることになります。これは自然と意識を集中させる効果があり、精神的な興奮と落ち着きを同時に得られるんです」


「視界いっぱいに、女性の身体があるわけですね……」


僕がぽつりとつぶやくと、葵さんは一瞬だけ頬を赤らめながらも、真剣な声で言った。


「はい。意図的です。男性は視覚的な刺激に強く反応するので、できる限り柔らかくて、安心できるものに包まれていると自然と射精に向かいやすくなるのです」


「そしてこの状態で私たちがあなたに触れたり、身体の中で包み込んだりします」


柚月さんは図を指でなぞりながら続けた。


「最初は呼吸を合わせるところから始めます。私たちの太ももで包まれていると、あなたの呼吸が私たちの脚の動きと自然に同期してくるんです」


「それにね……膣の中は温かくて柔らかくて少しずつ締めつけることもできるんですよ」


「え……そんなこともできるんですか?」


僕が思わず反応すると柚月さんは恥ずかしそうに笑いながら頷いた。


「はい、人によって得意な動きは違うんですけど。中からやさしく包むように締めたり、リズムをつけて刺激を与えたり。そうやってあなたが“自然と出したくなる”ように導いていくんです」


「それは……機械よりも、ずっと……」


「生きているからこそできることです。温かさも、鼓動も、匂いも、全部含めて“ひとりの女性”としてあなたに伝える。それが“自然交配型医療”の理念です」


葵さんの声には凛とした決意が込められていた。


ふたりの説明を聞いて僕の中にあったもやもやとした不安が、少しずつ晴れていくのを感じた。


「なんだか本当に“ちゃんとしたこと”なんですね。ただの行為じゃなくて、お互いを思ってるというか」


「はい」と、柚月さんが深くうなずく。「私たちはあなたに無理をさせたいわけじゃないんです。ただあなたの身体と心を大事にして、この世界の未来のために、少しだけ“手伝って”もらえたら嬉しいなって」


「わかってきました。ありがとう、丁寧に話してくれて」


そう言った僕の言葉にふたりは穏やかに笑って、視線を合わせて小さく頷いた。


「まずね“首4の字膣固め”って聞くと名前がちょっと怖い印象あるかもしれませんよね」


柚月さんがふわりと笑いながら続ける。


「でもやっていることはとてもシンプルなんです。女性が太ももであなたの首を優しく包み込んで、もう一人の女性があなたの身体の下に乗って、赤ちゃんのもとになる“たいせつなもの”を、やさしく引き出すだけ」


「つまり頭を太ももで抱っこされながら、身体の方ではやさしくハグされるようなものです」


葵さんが静かに続ける。「怖いことは一切しませんし、あなたが嫌だったら途中でやめることもできます。でも、私たちは“あなたが安心して出せるように”がいちばん大事なんです」


柚月さんは少し恥ずかしそうに言葉を選びながらも、きっぱりと断言する。


「赤ちゃんをつくるためには、男性の精液が必要です。その中にある“たね”が、女性の身体の中で新しい命を育てるもとになるから」


「それを無理にではなく“自然に出してもらう”ために、この体勢が生まれたんです」


画面の図がまた切り替わり手順を簡単に描いたイラストが順番に表示された。


①男性がベッドに仰向けになる

②一人の女性が後ろから太ももで首を包むように座る

③もう一人の女性が上にまたがってゆっくり身体を密着させる

④呼吸を合わせて気持ちよくなるタイミングをつくる

⑤自然と射精に導く


「こうやってふたりで協力して、あなたを気持ちよくしていくんです。無理にぎゅうって締めつけるんじゃなくてちゃんと安心してもらえるように、ゆっくりリズムを合わせながら」


葵さんが補足するように言った。「ちなみに挿入の瞬間は、痛くも怖くもありません。私たちが呼吸と合わせてすこしずつ動くので、驚かせることはありません」


「それにね…」柚月さんが、そっと視線を僕に合わせながら優しく笑う。

「あなたが恥ずかしがったり緊張してしまったりしても、ぜんぜん大丈夫。私たちはたくさん勉強してきたからそういう気持ちもちゃんとわかるし、受け止めてあげられるようにしてるんです」


「むしろ恥ずかしがってくれる人の方が、私たちも優しくなれるかもしれません」


ふたりの声は落ち着いていてどこかやわらかい。緊張していた僕の肩から、少しずつ力が抜けていくのがわかった。


「入れる前にちゃんと準備するんだよ。あなたが“あ、いけそうだな”って感じてからそっと受け入れる」


葵さんが、まるで水を注ぐような静かな口調で説明した。


「そして、私たちは……“ありがとう”って、あなたに伝えながら、ちゃんと出してもらえるように抱きしめたり、声をかけたりしながら、ゆっくり進めていくんです」


言葉の一つひとつがまるで子守唄のように胸に染み込んできた。


難しい話じゃない。怖いことでもない。

“女性の身体で優しく導かれて気持ちよくなって、種を残す”。


なぜ僕がここいにるのかわからないけど、これが――“普通”のことなんだ。


“僕の役目”を少しずつ受け入れていこうと思った。


「あの……ちょっと聞いてもいいですか?」


「もちろんです」と柚月さんが優しく笑う。


「えっと……いくつか気になったことがあって……」


僕は指を折りながら、頭の中で整理していた疑問を順に言葉にしていった。


「ひとつはなんで“首4の字固め”なんですか? 似たような技だったら、たとえば“チョークスリーパー”とかでもいいんじゃないかなって」


それを聞いた葵さんがわずかに目を細めて、すっと言葉を選ぶように首を傾けた。


「いい質問ですね。まず、私たちが行うのは“しめる”じゃなくて、“絞める”という表現を使っています。これは、単に力で締め付けるのではなく、感覚ごと包み込んで“絞り出す”という意味があるからです」


「“チョークスリーパー”は確かに力強くて制圧的ですが、あれは“首を絞める技術”であって、心をほぐすものではないんです」


柚月さんが図の方を指しながら、僕の顔を見た。


「“首4の字固め”は、身体の構造的にも心理的にも“女性に包まれている”という感覚を強く与える技です。太ももは筋肉と脂肪が混ざり合って柔らかく、熱がこもりやすい場所なので、そこで首を“絞める”と……」


少しだけ恥ずかしそうに言葉を止めて、それから続ける。


「……男性は“母体に包まれていたころの感覚”に近い状態になるって言われているんです」


「へぇ……」


僕は思わず感心した。まさか、そんな深い理由があるなんて。


「それに“チョークスリーパー”のように腕で後ろから圧迫されると、どうしても“戦い”のイメージが強くなるでしょう? 警戒心が増してしまうと、身体は硬直しちゃう。だけど“首4の字固め”なら女性のデリケートゾーン、内もも、ふくらはぎ。“女性に包まれている”って本能的に感じられるんです」


葵さんの言葉には少しも迷いがなかった。たくさんの実績と経験に基づいた自信と優しさがにじんでいた。


「なるほど……納得です。じゃあ次なんですけど……女性の服装って、施術のときはどうなるんですか?」


僕がそう尋ねると二人とも少しだけ表情が緩んだ。たぶんこういう質問をしてくる男性はあまりいないのだろう。


「はい、これは大事なことなのでお話ししますね」と柚月さん。


「私たちは国家指定の“繁殖医療ユニフォーム”を着用します。露出が多いデザインではありますが、これはあなたにとっての安心感と興奮のバランスを考えて作られたものです」


「具体的には胸部と腰回りが開いているハイレグタイプのワンピースです。下着はつけません。肌の露出を増やすことで、あなたの視覚的反応が高まり、体が“出す準備”をしやすくなることが研究でわかっています」


葵さんが付け加える。


「でもあくまで医療的な目的です。露出しているからといっていやらしさを感じてほしいわけではなくて、“安心して体を預けてもらうため”のデザインなんです」


「はい……なんかそう聞くと、見方がちょっと変わりますね」


僕は照れくささを感じながらもきちんと受け止めた。彼女たちの目には、からかいや気恥ずかしさは一切なかった。ただまっすぐな誠実さだけがあった。


「最後に……さっきタブレットに“生存本能を刺激する”って書いてあったんですけど、あれってどういう意味ですか?」


僕の問いに、今度は葵さんが静かに、でもはっきりと答えた。


「はい。それは、“命をつなぐために必要なものを本能的に察知する”ということです。男性の体は普段理性で制御されていても、極限状態になると本能が優先されるようにできています」


「“絞められている”という感覚……つまり、呼吸が少し制限される状況って本来は危険のはず。でも“柔らかくて温かいもので包まれている”という安心感が加わると、脳はそれを“快感”に変換するんです」


柚月さんが頷く。


「しかも、その状態で目の前には女性の肌、匂い、体温、そして柔らかい圧力。それはもう身体にとって“今、命を残すべき時だ”っていう強い信号になるんです」


「だから射精の量や回数が、他の方法よりも多く深くなるんです。生き残ろうとする力が結果的に“残す力”へとつながるんですね」


僕はその説明を聞いてしばらく言葉を失った。

身体の奥から何か大きな仕組みに包まれているような感覚が湧いてくる。


「……じゃあこの方法って、単に気持ちいいだけじゃなくて、身体が“本気で命を託す”みたいな……そんな行為なんですね」


「はい、そうです」と二人が同時に頷いた。


「だからこそ私たちも真剣に向き合うし、あなたの気持ちや状態を一番に考えて丁寧に進めていくんです」


優しい言葉。包み隠さず語られる説明。

そして何よりもその瞳の奥にある覚悟が――僕の心に深く届いていた。

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