第2話 抗えないもの、抗いたいもの

アリシアは、窓辺に立っていた。

城の庭園は穏やかな色を湛えているのに、自分の胸の内だけが、ひどく騒がしい。


決められた未来。

王国のため、家のため、役目としての婚約。


「……分かっています」


誰に向けた言葉でもないそれを、アリシアは小さく吐き出した。

拒めない。抗えない。

そう理解しているからこそ、心が静かにすり減っていく。


その少し後ろに、ノアールは控えていた。

黒髪を整え、執事としての距離を崩さず、ただ主の背を見守る。


アリシアが何を思っているか、言葉にしなくても分かる。

それでも彼は、半歩以上は近づかない。


守ることと、踏み込まないこと。

その境界を、彼は誰よりも慎重に選んでいた。


「ご無理はなさらぬよう」


それだけを告げる声音は、いつも通り穏やかだ。

だが内側では、抗えない立場に置かれた彼女への憤りが、静かに燃えている。


アリシアは振り返り、わずかに微笑んだ。


「ありがとう、ノアール」


その笑顔が、彼にとって何よりも重かった。



一方、セレディア王国第一王子ディーンは、執務室で書簡を放り出していた。


王命。

婚約。

国の安定。


どれも理解はしている。

王子としての責務から、逃げる気もない。


だが——

自分の感情が、どこにも存在しないことが、彼を苛立たせていた。


「……ふざけるな」


低く呟いた声は、誰にも届かない。

王国のために決められた相手。

顔も知らず、声も知らず、ただ“必要”だから結ばれる関係。


そんなものを、心から受け入れられるほど、彼は器用ではなかった。


その時だった。


回廊の向こう、光の差す場所に、一人の女性が現れた。


淡い色のドレス。

慎ましやかな立ち姿。

だが、背筋の通った佇まいには、確かな強さが宿っている。


ディーンは、息をするのを忘れた。


理由は分からない。

ただ、視線が離れなかった。


彼女がこちらに気づき、ふと顔を上げる。


その瞬間、世界が静止したように感じられた。


——今までに会ったことのない、女性。


そう思ったのは、アリシアも同じだった。


回廊で偶然すれ違った、その男性。

金髪に、茶色の瞳。

威圧感があるはずなのに、不思議と恐ろしくない。


むしろ、強く惹きつけられる。


視線が絡み、わずかな沈黙が流れる。


胸の奥が、きゅっと締め付けられた。


(……どうして)


理由の分からない鼓動。

今まで、誰にも向けたことのない感覚。


互いに名も、立場も知らない。

それでも、確かに心が揺れた。


ほんの一瞬の出来事。

けれどそれは、二人の運命を静かに狂わせ始めるには、十分すぎるほどだった。

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