第5章:新しいダンジョンの始まり



 数日後。都内最高級タワーマンションの最上階。

 壁一面のガラス窓からは、東京の夜景が宝石を散りばめたように広がっている。


「……広いな。これ、端から端まで走り回れるぞ」

 ミリアがふかふかの絨毯の上で、子犬のように跳ねている。


「広すぎるよ。ルンバ三台動かしても足りないぞ、これ」

 ユウスケは高級ソファに深く腰掛け、ため息をついた。


 数日前まで、隣の住人のくしゃみ一発で目が覚めていたのが嘘のようだ。


 社会的抹殺を受けたはずの「変態中年男」は、今や「伝説のエンジニア」として経済界の寵児となっていた。ネットの誹謗中傷も、巨大な資本の力でクリーンなニュースに書き換えられた。




「さて。ユウスケ。金も、家も、名誉も手に入れた」

 ミリアが跳ねるのをやめ、ユウスケの膝の上にちょこんと乗った。


 花の香りはそのままに、彼女の瞳には強い意志が宿っている。


「もう、『養う金がない』なんて言い訳はできぬぞ。……責任、とってくれるのじゃな?」


「……ああ。分かってるよ。まずは、お前の存在を法的に認めてもらうための手続きだな。戸籍を作って、それから――」


「今すぐでよいのじゃ! 手続きなど、後でよい!」

 ミリアがユウスケの首に腕を回し、ぐいっと顔を近づける。


「続き……あの水漏れの時に、邪魔が入った続きをするのじゃ!」


 ユウスケの理性が、再び警報を鳴らし始める。

 だけど、今回は遮る警察官も、騒がしい大家もいない。

 ミリアの柔らかい唇が、すぐそこにある。


「……ふぅ。分かったよ。降参だ」

 ユウスケが目を閉じ、彼女の肩を抱き寄せた。


 プルルルルルッ! プルルルルルッ!

 スマホの着信音が無慈悲に切り裂いた。


「……ッ、なんだよ、こんな時に!」

 ユウスケが慌ててスマホを手に取る。


「あ、加藤会長? え、基幹システムに深刻なバグ!? 復旧させられるのは俺しかいない……? 今から!? いや、でも今、人生で一番大事な局面で――」


『相田君! 君のコードが世界を止めているんだ! 至急、リモートでログインしてくれ!』


「……くそっ! 仕事だミリア、離してくれ!」


「嫌じゃぁぁ! 仕事と妾、どっちが大事なのじゃーーー!」


 ユウスケはミリアを引き剥がし、超高性能のゲーミングPCへ走る。

 背後では、精霊姫が「魔王よりひどい仕打ちじゃ!」と泣き喚いている。


 かつて異世界を救った勇者の新しい戦場――現代社会ダンジョン


 ここは魔王の城よりも攻略難易度が高く、そして何より。

 この「押しかけ女房」という名の最強のパートナーとのラブコメを攻略するのは、世界を救うよりも時間がかかりそうだった。


 ユウスケは苦笑しながら、キーボードを叩き始めた。

 隣でぷんぷんと怒っている彼女の額に、一瞬だけ、誰にも気づかれないほどの速さでキスをして。


(完)





――


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異世界帰りの勇者(40歳・無職)、押しかけ精霊姫(見た目JK)と六畳一間で同棲する。 いぬがみとうま🐾 @tomainugami

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