第2章:六畳一間の「負け組」同棲生活
「……これが、主の新しい城なのか?」
ミリアが呆然とした声を上げた。
目の前に広がるのは、黄ばんだ壁紙、歩くたびにミシミシと悲鳴を上げる畳、そしてどこからか漂う湿気た埃の匂い。築四十年、家賃三万二千円のボロアパート「カドカワ荘」の一〇二号室だ。
「城じゃない。ただのアパートだ。それも底辺クラスのな」
ユウスケは重い段ボールを床に置いた。異世界で魔王の城を攻略していた男が、今や六畳一間の空間を確保するのにも一苦労だ。
「よいではないか、ユウスケ! 二人きり、誰にも邪魔されぬ秘密の隠れ家じゃ。……さあ、まずは妾を穢すが良い。思う存分、脱がせていいぞ?」
「脱がすか! 逮捕されるわい! いいからお前は、その辺の壁でも掃除してろ!」
ユウスケの怒鳴り声は薄い壁を突き抜け、隣の部屋からドンドンドンと壁ドンのお返しを食らう。これが現代社会の洗礼だ。
数日後。ユウスケはスーツ(十二年前の型落ち)に身を包み、ハローワークの窓口にいた。
担当の相談員は、ユウスケの履歴書を眺めて鼻で笑った。
「相田さん。職歴が二十八歳で止まってますね。この十二年間、何をしていたんですか?」
「……異世界で魔王と戦っていました。冒険者としての認定証なら向こうの国で発行してもらえたんですが」
「あのね。ふざけてるんですか? 四十歳にもなって、そんな設定……。ボランティア活動とか、せめてアルバイトでもいいんです。何か『現実的な』実績はないんですか?」
相談員の目は、ゴミを見るような色に変わった。
「悪いことは言いません。警備員か清掃員、それか人手の足りない工事現場なら、もしかしたら……。あ、でもこの不審者情報のネット記事、あなたですよね? 厳しいなぁ……」
勇者のスキル、「神速の剣」も「聖光の加護」も、この世界の履歴書には一行も書けない。ユウスケは逃げるようにハローワークを後にした。
トボトボとアパートに帰ると、入り口で「自治会長」と書かれた腕章を巻いた男、権田が待ち構えていた。
「おい、相田! またその子を連れ回しているのか!」
「権田さん……。彼女は、親戚の子みたいなもので……」
「嘘をつけ! ネットでお前の正体は知ってるんだ。美少女を洗脳して同居させてる変態野郎だってな。近所の奥様方が怯えてるんだ。お前がいるだけでアパートの、いや、この街の品位が下がるんだよ!」
権田は唾を飛ばしてまくし立てる。
その背後で、ミリアが静かに指を立てた。
「ユウスケ。あの小太りの男、消し炭にしてよいか? 指先一つで、塵も残さず消滅させてやるのじゃ」
「絶対にダメだ! 手を出すなよ!」
ユウスケは権田に深々と頭を下げ、ミリアの腕を引いて部屋に逃げ込んだ。悔しさと情けなさが、胸の奥でドロドロと渦巻く。
その日の夕食は、特売のカップラーメンだった。
狭い部屋で二人、床に座って麺をすする。
「……ミリア。ごめんな。お前、異世界一の魔法使いだったのに。王宮で最高級の肉を食べていたはずなのに。こんなところで、百円の麺なんて食わせて」
ユウスケの自嘲気味な言葉に、ミリアは麺を飲み込み、満足げに微笑んだ。
「何を言うか。妾は、ユウスケが世界を救うためにどれだけ傷ついたか知っておる。皆は忘れても、妾だけは覚えておるのじゃ。主は、妾の唯一無二の英雄なのじゃ」
「ミリア……」
「それに、この『かっぷらーめん』とやらは驚愕の美味さじゃ! 錬金術の極致のような味がするのじゃ!」
ミリアはユウスケの背中に、ぽすっ、と体を預けてきた。
「だから、そんなに悲しい匂いをさせないでほしいのじゃ。……主がいれば、妾はどこだって天国なのじゃよ」
小さな手の温もりが、ユウスケの心を繋ぎ止める。
四十歳、無職。社会的信用ゼロ。
だけど、この重すぎるほどの愛がある限り、まだ立ち上がれるような気がしていた。
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