異世界帰りの勇者(40歳・無職)、押しかけ精霊姫(見た目JK)と六畳一間で同棲する。

いぬがみとうま🐾

第1章:英雄の帰還と、あまりに厳しい再会

  


「――ユウスケ様、本当に、本当に行ってしまわれるのですね……」


 聖域に満ちる黄金の光の中、仲間たちの泣き声が響く。

 魔王を倒し、この異世界に平穏を取り戻した英雄、相田ユウスケ。十二年という歳月をこの世界に捧げた男は、今、ようやく元の世界に帰ろうとしていた。


「みんな、世話になったな。……元の世界に戻っても、お前たちのことは一生忘れないよ」


 ユウスケは清々しい顔で告げた。

 ボロボロになった聖剣を鞘に収め、魔法陣の中心に立つ。四十年生きてきた男の背中は、どこか哀愁と達成感に満ちている。

 だが、一人だけ、納得していない少女がいた。


「待つのじゃユウスケ! わらわの心を盗んでおいて、本当に帰ってしまうのか? 妾はユウスケが居ない世界など、一秒たりとも耐えられぬのじゃ!」


 精霊姫ミリア。

 勇者パーティ最強の魔法使いにして、見た目は十六歳の美少女。中身は三百歳を超える、いわゆるロリBBAである。彼女は、溢れんばかりの涙をその大きな瞳に溜めていた。


「ミリア……。何泣いてるんだよ! 三百歳にもなって。お前なら、俺がいなくてもこの世界を楽しく生きていけるだろ?」

「うるさい! 乙女に歳は関係ないのじゃ! ユウスケの阿呆! 朴念仁! 責任とれぇぇぇ!」


 あー、また始まった。ユウスケは苦笑する。

 この十二年、何度この熱烈なアタックをかわしてきたことか。

 魔法陣の光が強まり、ユウスケの体が透け始める。


「じゃあな、みんな。元気で――」


 その瞬間だった。

 ドゴォォォォンッ! と、背中に凄まじい衝撃が走った。


「な、なんだぁぁっ!? ぐはぁッ!」

「逃がさぬと言ったはずじゃ! 来ちゃったのじゃぁぁぁ!」


 ミリアが、弾丸のような勢いでユウスケの背中にタックルをかましたのだ。

 そのまま、二人の姿は眩い閃光の中に消えていった。




 次に目を開けた時、そこは聖域ではなかった。


「……う、頭が……。……ん? ここ、は……」


 懐かしい……このアスファルトの焼ける匂い。絶え間ない騒音。見上げるような高層ビル。

 目の前には巨大な液晶画面。そこには「新宿アルタ」の文字。


「帰ってきた……本当に……日本だ。十二年ぶりの、我が家……」


 ユウスケの目から、思わず熱いものがこぼれる。

 だが、感傷に浸る時間はコンマ一秒も与えられなかった。


「ふふん、来たぞユウスケ! ここが主(ぬし)の故郷か。なんだ、あの鉄の塊が走っておるな。新種の魔獣か? 異世界よりもよほど騒がしいのじゃ!」


 隣で、露出度の高いミニスカ魔法衣を着たミリアが、はしゃぎながら街を指差している。

 その瞬間、周囲の時間が止まった。

 ……正確には、通行人たちの足が止まり、一斉にスマホが向けられた。


「え、何あれ? コスプレ?」

「おじさんとJK? やばくない? 露出度高すぎ」

「っていうか、おじさんの方、ガチの鎧じゃん。剣持ってるし……不審者? 銃刀法違反?」


 パシャパシャと無遠慮なシャッター音が鳴り響く。

 ユウスケは血の気が引くのを感じた。


「おい、ミリア! 魔法でその格好を隠せ! 目立ちすぎだ!」

「何を言う、これは精霊姫の正装――」


「はいそこ! 止まりなさい! 離れろ、その子から!」


 割って入ってきたのは、数名の警察官だった。


「ちょ、違うんです! 警官さん、これは事故で! 誘拐とかじゃなくて!」

「問答無用だ! 手を上げろ! 伏せろ!」


 ガシッ、と地面に組み伏せられる。

 頬に伝わるアスファルトの硬さが、あまりに現実的すぎて涙が出そうだった。

 マスコミのフラッシュが、魔王の爆裂魔法よりも激しく炸裂していた。




「……いいか、相田。正直に言え」


 窓のない、冷え切った部屋。

 カツ、カツ、と刑事が机を叩く音が、ユウスケの神経を削っていく。


「十二年間、君はどこにいた? この戸籍も身分証もない少女は誰だ? どこかの宗教団体にでも隠れていたのか? それとも、海外で不法なことでも――」

「ですから、異世界で魔王を倒していたんです! 彼女は異世界の精霊姫で……っ!」


 ユウスケの必死の訴えに、刑事は深いため息をついた。


「……相田さん。君、もう四十だろう? いい歳して、アニメやゲームの見過ぎじゃないか? 異世界って……本気で言ってるのか?」

「……本気です」

「はぁ……。まあいい。少女の方は『自分からついてきた』と言い張っているし、身体的な被害も確認できなかった。だから、今回は釈放だ。だがな」


 刑事は、一枚のタブレットをユウスケに向けた。

 そこには、ネット上の掲示板やSNSの画面が映し出されていた。


『【速報】新宿アルタ前にガチの不審者降臨w 美少女を洗脳か?』

『不気味な失踪者・相田ユウスケ(40)、12年ぶりに現れ「異世界帰り」と供述』

『自称・元勇者の変態中年男。少女を道連れに新宿で大暴れ』


「君の名前と顔、もう全国に知れ渡ってるよ。近所の目もあるだろうし、これからの生活、相当厳しいと思うぞ」



 ……釈放されたユウスケを待っていたのは、英雄への賛辞ではなかった。

「美少女を連れ回す、危ない中年無職」という、最悪の社会的レッテルだった。


 十二年かけて救ったのが世界なら。

 たった一時間で壊れたのは、俺の人生だった。


 ユウスケは警察署の玄関で、隣でケロッとしているミリアを見つめ、深いため息をついた。


「……ミリア」

「なんじゃ、ユウスケ。元気がないのう。まずは飯じゃ! 妾は腹が減ったぞ!」


「……俺、もう死んでもいいかな」


「許さぬ! 妾が生き返らせてやるから安心するのじゃ!」



 勇者の現代サバイバル、その幕開けは、絶望の味がした。


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