第2話 メイガス魔法学園の地下ダンジョン
(ヤバい……欲張りすぎた……!)
放課後の図書室。
ハルは自分の背丈以上に積み重ねた本を抱え、慎重に歩を進めていく。魔法を使えるようになる手がかりを探そうといろいろ集めた結果、ちょっと積み過ぎた。
(あともう少し……! 机に置けば──)
だが、うず高く積まれていた本で視界が塞がれていたのが災いした。
置かれていた脚立に足を引っかけてバランスを崩し、腕の中の本が宙へ舞う。
「──あっ」
やらかした。そう思った次の瞬間、本が空中で静止した。
ハルが驚いて目を見開いていると、ハルの隣に黒髪に黒い服の男性が並んだ。
「そこの机でいいな?」
ぶっきらぼうにそう言って、本に向けていた短杖を軽く振る。
すると宙に浮かんだ本はまるで意志を持ったかのように次々と机の上に自ら積み上がっていった。
ホッと息をつきながら、ハルは慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。ロキア先生」
ハルの前に立っていたのは図書室司書にして教師──ロキア・ヴェインだ。
ロキアはハルを一瞥し呆れたような、それでいてほんの少し親しみがこもった顔をした。
「……またお前か」
「はい、また私です」
魔法を使う手がかりを探すハルは、図書室に入り浸っていることがかなり多い。
そのためロキアとはすっかり顔馴染みになっていたしロキアもハルの事情を把握していた。
「無駄かもしれない努力を、お前はいつまで続けるんだ?」
言葉だけ聞くと突き放すような言葉。けれどその声音にはどこかいたわりのようなものが感じられて嫌な気分にはならなかった。
「……無駄かもしれないです。でも、自分で納得するまでは努力したいんです」
「……そうか」
口元を少しだけ緩めたロキアは、すっと奥の方の本棚を指した。
「ならばJの3辺りの本棚を調べてみろ。魔力の異常や特異体質に関する本が揃っている。お前の今の状態は才能の有無よりもなんらかの異常や特異体質を疑うべきだ」
ロキアは淡々とした口調でそう言うと、再び短杖を軽く振った。
すると魔力で作った光が、わかりやすく目的の本棚の位置を照らしてくれる。
「あとは好きにしろ。出した本はちゃんとしまっておけ」
そう言い残し、ロキアは静かに歩き去っていく。
(ロキア先生……)
ハルはロキアの背中に頭を下げて、改めて教えられた本棚を見に行く。
ロキアが示した棚には、魔力の異常や特異体質に関する本が並んでいる。
異常魔力による自家中毒。複数属性持ちの利点と弊害。幻想種への先祖返り……。
(先生が教えてくれたし、もしかしたらここに何かヒントがあるかも……)
期待と不安が入り混じる中、ハルは良さそうな本をいくつか手に取った。
――ボーン、ボーン。
そうして本を読みふけっているうちに、図書室の時計が深夜を告げた。
もう他に誰もいない広い室内には、魔導灯の青白い光が揺らめいている。
ハルは机に広げた書物の中から、一冊の古びた本を食い入るように見ていた。
──『霊草リュミエール:乱れた魔力を正常化する薬草』
ページをめくると、さらに詳細な説明が記されていた。
(霊草リュミエール。魔力異常や魔力路の不調などを正常化する効果を持つ希少な薬草である)
(それまで原因不明の理由で魔法を使えなかった者が、この薬草の服用により魔法が使えるようになったケースがある)
その説明を読んで、ハルの心臓が跳ね上がった。
(魔法が使えるようになった……!?)
指先が震える。いったん深呼吸して入手方法、もしくは採取できる場所の記述を探す。
──霊草リュミエールは非常に繊細で、人工栽培は困難とされる。
劣化しやすく加工も難しい。一般に流通しているという線はほぼない。
この辺の記述を読んで胃が痛くなったが、ならばと採取できる場所を調べる。
──メイガス魔法学園の地下ダンジョン、そのうちの一つで採取された記録がある。
「……っ!!」
その一文を読んだ瞬間、思わず声が漏れそうになるのを必死に抑えた。
(この学園の地下ダンジョン!? マジで!?)
ハルは興奮気味に椅子から立ち上がった。
もう運命としか思えなかった。霊草リュミエールの数少ない採取場所、その一つが目と鼻の先にあったのだ。
これはもうきっと、この薬草を手に入れるために自分はこの学園に入学したんだ。そう根拠もなく思ってしまった程だ。
明日の朝さっそく向かおう。期待に胸を高鳴らせながら、ハルは夜の図書室を後にした。
†
「えぇぇぇ!? ハルあんた地下に行く気なの!?」
翌朝、ミルカの驚愕した声が朝の食堂に響いた。何人かの視線がこちらに向く。
「ちょっと声大きいよミルカ」
「ご、ごめん。それより、本当に?」
「うん。ほらほらこの霊草リュミエールってやつ。地下ダンジョンの一つで採れるって」
ハルはちょっと興奮気味に借りてきた本のページを開いて見せる。
一方のミルカはなんとも渋い顔をしていた。
「いやいやいや! だって地下ダンジョンって……モンスター、出るでしょ? ハルじゃいくらなんでも……」
「大丈夫! 一通り調べたけど私が潜ろうとしてるところはそんな強いモンスターいないみたいだし、倒せないにしても逃げるくらいならどうにかなるよ」
「でも……だけど……死んじゃうかもしれないんだよ?」
不安そうなミルカの様子に、ハルも胸が苦しくなる。
──メイガス魔法学園は自由度の高い学び舎だ。
必要な単位さえ取れば授業への出席義務はなく、外泊や長期不在も問題にならない。学園の地下ダンジョンも制限区域を除けば生徒が自由に使用できる。
……ただし地下ダンジョンで何かあっても自己責任。学園は一切責任を持たない。そんな契約書を入学の時に書かされた。
「ハル、本当に行くの……?」
ミルカの声には本気の心配が滲んでいた。
「心配かけてごめん、でも……」
「……わかった。だけど無理しないでよ? ハルにもし何かあったら、私……」
ミルカは言葉を詰まらせ、不安そうにぎゅっとハルの袖を掴んだ。
それを安心させるようにハルは笑いかける。
「大丈夫、私逃げ足には自信あるから! それにちょっとぐらい怪我してもミルカが治してくれるでしょ?」
「……私の治癒魔法を前提にしないの。もう、次からお金もらおうかしら」
「え~、勘弁してよ~。私いま金欠なんだから~」
軽口を叩き合うと、ミルカは袖から手を離してくれた。
お互い「また後でね」と手を振り合って部屋に戻る。そうしてハルは決意を胸にダンジョンへ行く準備を進めた。
ガタゴト、ガタゴト。
年代物の昇降機を使って地下に下りる。
昇降機のカゴから下りるとハルの左右には果てが見えないほど長大な廊下が伸びていた。
──学園地下ダンジョンと呼ばれてはいるが、学園の地下にダンジョンが広がっているというのとは少し違う。
学園の地下にはどこまでも続く信じられないほど長大な廊下があって、そこにある無数の扉は世界各地……あるいは異次元にある様々なダンジョンに繋がっている。
なんらかの空間異常が起こっているらしく廊下の長さと扉の総数もわかっていない。ただ、一定の安全が確認された扉は申請すれば生徒も使うことができるようになっている。
そのため学園の地下は『ダンジョンの入口』として扱われ、いつしか学園の地下から行けるダンジョンは『メイガス魔法学園の地下ダンジョン』と総称されるようになったのだ。
(えっと……862番の扉だよね……)
メモを片手に長い長い廊下を歩き出す。
左右の壁に無数に並ぶ扉の数々。生徒が利用可能な扉には番号が振られていて、それを目印に目的のダンジョンへの扉を探す。
……中には鎖でがんじがらめにされて『生徒の利用厳禁』と書かれた扉や、『扉に即死トラップ設置中。何人も触れるべからず』と書かれた扉まである。あれの中はいったいどこに繋がっているのだろうか?
二十分ほど歩いて、ハルは目的の扉を見つけた。
何度もメモに書いた番号と扉に書かれた番号を見比べて確認。深呼吸してそっと扉を押し開ける。
扉を開けると、ひやりとした冷たい空気が流れ込んできた。
廊下から扉を一つ抜けるとそこはもうダンジョンで、冷たくて暗い石造りの通路が奥に続いている。
(ここから先は、もうダンジョン……なんだよね)
ゴクリと生唾を飲んで扉をくぐる。
持ってきていた魔導灯を取り出し、スイッチを入れると青白い光が周囲の様子をぼんやりと浮かび上がらせる。
そこはまるで古代の墓所のような場所だった。
石造りの壁には無数の古びた碑文が刻まれ、どこからか冷たい空気が流れてくる。
(霊草リュミエール……こんなところにあるんだ……)
背後の扉を閉める。気持ち的に開けっぱなしにしておきたいけれど、モンスターが学園に入り込むのを防ぐためにダンジョンに入ったら扉を閉めるのは厳命されている。
扉を閉めると暖かかった学園の空気の名残も消えて、いよいよ暗く冷たいダンジョンの中に独りでいるという感覚が強くなる。
静かすぎて、自分の心臓の音が聞こえる。あらためて深呼吸。
物陰に何か潜んでいないか、どこかに目的の霊草が生えていないか、意識を研ぎ澄ませながらハルは奥へと進んでいく。
少し歩くと小部屋のような場所に出た。
ハルはリュックから、持ってきていた設置式の魔導灯を床に設置する。
これは暗い中での光源であると同時に帰るときの道しるべだ。仮にもダンジョンに潜るのだ、最低限の探索法は予習してきた。
ハルは慎重に歩を進め、分かれ道や小部屋などに魔導灯を設置しながら石壁の隙間や足元を観察する。
寒いのに、手のひらにはじんわりと汗が滲んでいた。
……不安が、ずっと胸を締め付けている。
一人でダンジョンを探索している不安ももちろんあるけれど、それ以上に意味があるのかという不安。
これまでどれだけ努力しても、魔法は発動しなかった。
霊草リュミエールなら効果があるかもしれないと思って、それこそ命まで賭けてここに来ている。
見つからなかったのならまだいい。希望を追い続けることができるから。
でも見つけて、試して、何の効果もなかったら?
(……いや考えすぎ! 何の成果もないうちからくよくよしない!)
ぴしゃりと両頬を叩いて自分に言い聞かせながら、ハルはさらに奥へと足を進めていくのだった。
†
『――午前九時を回りました』
静かなダンジョンの奥深く、どこか無機質な少女の声が響いた。
『定刻のため、周囲の探査を開始』
『………………』
『………………』
『探査範囲内に四体の魔力を持った存在を確認。続いて適性を判定』
『………………』
『……適性なし』
何万回と繰り返された結果に、少女は独り嘆息する。
『……当機は、最強の魔法使いを作らなければなりません』
ぽつりと、無機質な中にほんの少しだけ感情の乗った声で少女は呟く。
それが彼女の使命であり、存在理由だ。
──何故?
ふと、少女の中で疑問が湧く。この疑問が湧いたのはいつ振りで、何回目だろうか?
少女は自身の記憶領域を検索する。
『当機の記憶領域に一部欠落を確認』
何度試行してもこの場所に安置される以前の記憶はほとんど思い出せない。
けれど、確かに刻まれている使命がある。
『当機の目的は「最強の魔法使いを作り出すこと」です』
自分に言い聞かせるように繰り返す。それが自分の存在理由だったはずだから。
『当機は、適性者を見つけなければなりません。それが当機の……』
少女はそこで言葉を止めた。
それは人間で言うところの直感というものだろうか。
非合理的、そう考えるよりも早く少女は動いた。
『再度探査開始』
いつもならあり得ないことだった。
論理的な説明はできない。根拠なんてない。けれど、もう一度。
そして──
『…………適性者、発見』
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