落ちこぼれ頑張り少女は魔杖と出会う ~魔法を使えない女の子がクーデレな魔法の杖(女の子)を拾って魔法学校の頂点を目指すお話~

岩柄イズカ

第1話 落ちこぼれのハル

 一話 落ちこぼれのハル


「ぐっ……ぁ……っ!」


 メイガス魔法学園の野外訓練場。

 爆破魔法の直撃を受けて、短い金髪の小柄な少女――ハル・フェルシアスの身体が無様に地面を転がった。


 制服に施された保護魔法のおかげで怪我こそしていないが、身体のあちこちが鈍く痛む。


(痛い……でも、まだ……!)


 歯を食いしばって必死に立ち上がろうとしたその時、試験監督の教師がため息を吐く音が聞こえた。


「もういい、フェルシアス。諦めろ」

「で、でも……! 少しでも点数稼がないと後がないんです! このままじゃ来月には本当に退学になっちゃう……!」

「これ以上やっても時間の無駄だ。どうせお前には魔法が使えないだろう」


 周囲からくすくすと笑い声が漏れた。

 ハル達の試験を見学していた周りの生徒も、もはやハルへの嘲笑を隠そうともしない。


「おーおー、見事に吹っ飛んだな。才能ゼロシアス」


 相手の男子生徒が嘲笑う。


「でもまぁ、本人がやりたいって言うならやらせてやればいいんじゃないッスか? まだ制限時間は残ってるっしょ?」


 教師は一瞬だけ迷ったようだったが、すぐに興味を失ったようにまたため息をついた。


「……好きにしろ」

「だってさ。ほら、ここから動かないでやるから魔法使ってみろよ。もしかしたら奇跡が起きるかもしれないぜ?」


 ハルは歯を食いしばった。ここで逃げるわけにはいかない。自分でも情けないと思うけど、どんな形であれ結果を出さないと本当に学校を追い出される。


(まだ……やれる!)


 勢いよく立ち上がり、相手に杖を向ける。体内の魔力を循環させ杖に集める。何千回も本を読んで勉強し、練習してきた正しいはずの魔法の使い方をなぞる。


「炎よ!!」


 一小節の魔法の詠唱。これで相手に向かって炎が飛んでいくはず。

 ……なのに何も起こらない。見守っていた生徒の何人がぷっと吹き出す音が聞こえた。


「お疲れさん。じゃあ次はこっちの番だな」


 男子生徒がスッとこちらを指差した瞬間、嫌な予感が走った。


「呪え」


 次の瞬間、強烈な頭痛が脳を直接殴りつけるように襲いかかった。


「──ぁ、がっ……!!」


 頭の中で血管が脈動する感覚。

 吐き気が込み上げ、視界がぐらりと揺れた。目眩が酷くて立っていられない。


 彼の使った『ガンド』は呪詛系の魔法の基礎中の基礎だ。


 指を差すことをトリガーとして、相手に体調不良を引き起こす簡単な呪い。

 魔力のない一般人ならともかく、少しでも魔法を習った者ならそれこそ子供でも防げる程度のもの。


 だが、ハルにはそれすらまったく抵抗できなかった。


「……う……っ!」


 胃がひっくり返るような感覚。視界がぐにゃりと歪み足元が定まらない。最悪の船酔いを何倍にもしたような気持ち悪さ。


 堪えきれずに、ハルはその場で胃の中のものを吐き出した。

 胃液が喉を焼く苦しみとともに、試験会場に蔑みの視線と失笑が満ちていく。


「うわ、汚ねぇ」


 誰かが嘲笑混じりに言った。


「マジで吐きやがったよ、ゼロシアス」

「ガンドで一発でダウンとか、本当に魔法使いか?」

「どうしてあんなのがいるの? うちって名門だろ?」

「親のコネだろ。ほら、フェルシアスって……」


 涙と嘔吐物で顔をぐしゃぐしゃにしたハルの姿に、教師も呆れたように首を振った。


「……もう下がれ。これ以上、見苦しい真似をするな」


 ハルは何も言い返せず、ふらふらとその場から退いていく。


(……なんで……? どうして私……、こんなに才能がないの……?)


 悔しかった。情けなかった。

 けれど、何も言い返せなかった。


 †


「ほんっと、最低! やることが陰湿! 女の子をみんなの前でこんな目に合わせるとか何考えてるのよ!」


 医務室にて。


 赤毛をツーサイドアップにした少女――ミルカ・アルフェンはハルに治癒魔法をかけながら憤慨していた。


「ま、まぁまぁ……そんなに怒らないでよ、ミルカ」

「怒るに決まってるでしょ何なのあいつら! いじめじゃんあんなの!」

「でも私が全然才能ないのは事実だし……」

「ハル! ……そういうの悪い癖だよ? できないからってその人をいじめるのは悪いことなの。……あーもう思い出したらまた腹立ってきた!」


 ミルカはこの学園において、ハルの唯一の友達……いや親友だ。


 あの後体調が悪くて医務室に向かったハルに付き添ってくれたし、魔法が使えないというコンプレックスで怒ることもできないハルの代わりに本気で怒ってくれている。


 何かと学園で肩身が狭いハルにとってミルカの存在がどれだけありがたいことか。

 身体も、ミルカがつきっきりで治癒魔法をかけてくれたおかげでずいぶん楽になった。


「……いつもありがとう、ミルカ。本当に感謝してる」

「べ、別にっ! ハルはいつも勉強教えてくれるし……その、お返しだから!」

「……ねえ知ってるミルカ? そういうのツンデレっていうんだよ?」

「だ、誰がツンデレよ!?」


 頬を染めてぷいっとそっぽを向くミルカ。

 同学年ではあるが、比較的長身でスタイルのいいのミルカと、小柄で童顔なハルがそうして笑い合っているとまるで仲の良い姉妹のようだった。


「でも本当に助かったよ。ミルカの治癒魔法ってやっぱりすごいよね」

「これくらいたいしたことないわよ。ちょっと人より得意ってだけで……」

「……その『ちょっと』が大事なんだよ」


 ハルは呟くように言った。


 古今東西回復系の魔法は多いがその多くは自分自身、あるいは魔力の属性や波長が近い相手しか治療できない。

 相性が悪い相手を無理に治療すればかえって怪我や病気が悪化するケースも多々ある。


 だがミルカの持つ治癒魔法は、誰に対しても効果を発揮する貴重なものだった。


 このような能力を持つ者は少なく、貴族や軍から将来の就職先にと引く手あまた。

 そのため学園でもミルカは特別扱いされ、試験免除という破格の待遇を受けている。


「それじゃあ私、教室戻ってるから。ハルはゆっくり休んでてね」

「うん、ホントにありがとね」


 そうして去って行くミルカの背中を見送る。


(……いいなぁ)


 自分にもミルカみたいな才能があれば。

 そんなことを考えてしまった自分に気づき、ハルはまたため息をついた。


 ──無い物ねだりしても仕方ないのはわかっている。けれどやっぱり、ほんの少しだけ、才能というものを羨ましく思わずにはいられなかった。


 †


「お前はフェルシアス家の恥さらしだ」


 父にそう言われたのは十歳の時だった。


 ──王国屈指の魔法の名門、フェルシアス家。

 一族は代々多くの宮廷魔導士や優秀な魔法使いを輩出し、魔法界でも指折りの名家として他国にまでその名が知れ渡っていた。


 フェルシアスの血を引く者は皆、強い魔力や特殊な才能を持って生まれてくる。

 その血を一族に迎え入れたいというだけで様々な政治闘争や取引が行われるほどで、フェルシアス家の者も皆そのことを誇りにしていた。


 ──ハル一人を除いては。


 五歳の頃には兄も姉もすでに下級魔法を習得し、最も才能のある長兄に至っては中級魔法を操るまでに至っていた。


 だがハルだけは何度試しても、一番簡単な基礎魔法すら発動できなかった。


 最初は家族も「少し成長が遅れているだけだ」とそこまで深刻には考えていなかった。

 検査の結果、魔力があること自体は確定している。由緒正しいフェルシアスの血を引く娘なのだ。そのうち使えるようになるだろうと。


 しかし七歳になっても、十歳になっても、ハルは魔法を使えなかった。

 次第に父や母の目は冷たくなり、兄弟たちは露骨に見下すようになった。

 食事の席では会話すらさせてもらえず、使用人たちでさえ哀れむような目で見ていた。


「兄弟の中でお前だけが無能だな」

「フェルシアスの名を汚すな」

「どうしてこんな出来損ないが生まれたのかしらね」


 そうした言葉を浴びせられながら、結局魔法が使えないまま十五歳になるまでの日々を過ごした。


 そして最後のチャンスとしてハルは魔法の名門、メイガス魔法学園へ入学した。

 国内でも有数の歴史と実績を誇るメイガス魔法学園。ここでなら何か掴めるんじゃないかとハル自身も期待していた。


 だが、学園に入っても何も変わらなかった。


「またフェルシアスの落ちこぼれが赤点だってさ」

「マジで? あの名門の家系なのに?」

「兄弟は全員天才なのにな」


 嘲笑や嘲り。教師も最初こそフェルシアス家の出身ということで親身に相談に乗ってくれていたが、入学して五カ月経っても何の成果も出ないハルに次第に離れていった。

 それでも、ハルは必死に努力を続けた。必死にあがいた。


 ──魔法を使えるようになれば、変われるかもしれない。


 ──魔法を使えるようになれば、見返せるかもしれない。


 ……お父さんやお母さんに褒めてもらえるかもしれない。


 だが、どれだけ努力しても魔法は発動しなかった。


(……私は、何でフェルシアスの家に生まれてきたんだろう?)


 そう思ってしまう夜が何度もあった。

 いっそ魔力を持たない一般人として生まれたならこんな辛い思いをしなくて済んだのに。


 ……それでも。


 それでも、諦めることだけはしたくなかった。

 努力をすれば、きっと魔法は使えるようになるはず。

 そう信じて、せめてできることだけは誰よりも努力しようと頑張り続けた。

 声が出なくなるまで詠唱を繰り返したこともあったし、夜遅くまで図書室にこもり魔法の知識を詰め込んだ。


 実技がダメなら、知識だけは負けないように勉強した。

 魔法が使えないなら、せめて身体を鍛えようとトレーニングもした。

「魔力増幅の効果がある」という噂の霊薬を調合して、こっそり飲んでみたこともある。

 ……それに関しては医務室に運ばれて三日三晩腹痛で苦しむ羽目になったので二度とやらないと誓ったが。


 けど、結果はいつも同じだった。

 どれだけ魔力を込めても、詠唱しても、何も起こらない。 


 ――どうして自分だけができないのか。


 涙がこぼれそうになる。全部無駄なのかもしれないと諦めてしまいそうになる。


 それでも……まだ──


 †


「……よしっ!」


 ハルは涙を拭い、両頬を軽く叩いた。


「今日の放課後は図書室で何かいい本がないか探してみようかな!」


 自分に言い聞かせるように声に出す。

 全部無駄かもしれない。それでも、諦めなければ可能性はゼロじゃない。

 そう信じてハルは今日も頑張ろうと心に決める。


 だがハルも、もうすぐ自分の運命を大きく変えるような出会いがあるとは夢にも思っていなかった。

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