デートのようなもの

「あ、蓮さん。こちらです」


 花蓮が少し恥ずかしそうに手を振って呼ぶ。

 改札を抜け、駆け足で花蓮の元に向かう。


「すみません。待ちました?」


「いえ、私も今来たところです。それでは、行きましょうか」


 デートのような会話を切り上げ、今日の目的地に向かう。


 だが、これは決してデートなどではない。

 れっきとした作戦会議である。

 後継者争いに勝つために集まったのだ。


「カラオケなら盗聴される心配もありません」


 カラオケの一室に着くと、花蓮は楽しそうにタブレットで曲を選び始めた。

 葵が以前、三人でカラオケに行ったと言っていた。その時に花蓮は初めて来たこともあり、誰よりも楽しそうに歌っていたそうだ。


 その話を聞いてから、今日の場所選択が花蓮の私情が多分に含まれているのではないかと疑っている。


 その考えは間違ってはいなかったようで……


「蓮さん、先に私が歌っても良いですか?」


 花蓮が非常に楽しそうな笑顔で言う。

 俺はそれを断ることはできず、どうぞと承諾してしまった。


 これでは、作戦会議どころではない。

 目的と方法が入れ替わっている。

 カラオケを使うのは個室を使いたかったのと、盗聴対策のためだ。

 これでは歌うためにカラオケに来たことになる。


「時代遅れの分際で—————」


 花蓮は中々にパンチの効いた歌をチョイスしたようだ。

 花蓮はリズムに乗って歌う。

 それを俺は何とも言えない気持ちで見守っていた。

 反応しづらい。

 手拍子とか入れたくても、全く知らない曲だからタイミングも分からない。


 本来ならここで聞くのは歌声ではなかったはずだ。

 そう分かっていても、なかなか言葉を切り出せなかった。

 花蓮はカラオケで歌声がしない部屋は不自然だとか思われないために一曲歌っているのかも、とか色々考えてしまったからだ。


 居心地の悪さを感じ、ジュースを取りに部屋を出た。

 上司が歌ってる途中に席を外すというめちゃくちゃ失礼な行動だけど、花蓮なら許してくれるだろう。


 ドリンクバーにコップを置き、オレンジジュースのボタンを押す。

 ついでに花蓮の分も持って行こうと、もう片方のコップにはリンゴジュースを入れた。

 花蓮が気に入らなかったら両方俺が飲んだらいいだろ。


「……ん?」


 ポケットに入れてあるスマホが震える。

 取り出して画面を見ると、葵からメッセージが届いていた。


 ——今、カレンちゃんといるでしょ


 届いたのは恐怖のメッセージだった。

 あまりの衝撃に辺りを見渡す。

 誰もいない。


 一瞬思考が止まり、それから反射的に指が動いた。


 ——なんのこと?


 平静を装って返信する。

 しかし、返って来たのは全てを知っていると言わんばかりの内容だった。


 ——駅前のカラオケにいるよね。デート?


 思わず唾を飲み込む。

 喉がカラカラだ。

 手元にあったオレンジジュースで潤す。


 ——デートではないけど、一緒にいる。なんで分かったんだ


 諦めて白状することにした。

 明らかに葵は俺の理解の外の力で現状を把握している。誤魔化しても無駄だ。


 ——兄さんのスマホに位置情報が分かるアプリがあるの。二人の位置情報が重なっていたから、もしかしてと思って。私は別に二人の仲を反対している訳じゃないけど、できれば夜の10時には帰って来て欲しいな。夜ご飯作って待ってるよ。デート頑張ってね。


 長文が爆速で返ってくる。

 位置情報が分かるアプリなんて入れた覚えがない。葵が勝手に入れたのだろうか。

 確かに葵は俺のスマホのパスワードを知っている節がある。

 やはり、パスワードを葵の誕生日から変えるべきなのか。


 アルバイトの連絡用メールは更にパスワードを必要とする二段階認証に設定してあるから大丈夫だと思うけど……


 コップを両手に持って部屋に戻る。

 そこにはサビのラストで盛り上がる花蓮がいた。


 リンゴジュースのコップを机に置く。

 オレンジジュースは既に口を付けてしまったから、自分で飲むことにした。

 その時、葵からまたメッセージが届く。


「昔の花蓮ちゃん?」


 昔のカレンちゃんというフレーズと共に一つの動画が送られる。

 嫌な予感と好奇心が、同時に胸を掠めた。


 タップしてみるが、電波が悪くて読み込みに時間が掛かるようだ。

 その間にオレンジジュースを口に含む。


 間もなくして動画が流れる。

 一瞬、それが邪神竜に見えた。

 しかし、微妙に違う。

 花蓮の歌声で動画の声が聞こえず、スマホの音量を大きくする。


 そして、それが何なのか理解した時。


「ぶふぅッ!!」


 思わず吹き出してしまった。

 それに驚いた花蓮が歌を中断して俺に近づく。


「だ、大丈夫ですか?」


「ゴホッ、ゴホッ——ちょっと、驚いてしまって。大丈夫です、気にしないでください」


 更に近づこうとする花蓮を手で制止する。


「何に驚いたのですか?」


 俺はスマホに視線を送る。

 それに花蓮も従う。


 ちょうどその時、曲が終わった。

 部屋が静かになり、動画の声が大音量で流れる。


『魔界の番人よ! 古の盟約に従い、姿を見せよ! 暗黒火炎刃召喚! あはははは!!』


 マントをなびかせ、全身に包帯を巻き付けた花蓮が身振り手振りで言葉を唱える。

 その姿が、その声が、花蓮を赤面させる。


 花蓮は恐ろしく速い手技で動画を止め、削除のボタンを押した。


「はあ、はあ、はあ——あれは私ではありません」


 涼しい顔に戻った花蓮が言う。

 しかし、息は荒く、目が挙動不審だ。

 その姿が面白くて、少しいじってみることにした。


「ああ、あれは隠された本性が表に出た設定だと?」


「いえ、そういう訳ではなくて……あれは、ひなこです。私に見えるかもしれませんが、ひなこです。姪なので似ているのです」


 動画は邪神竜だということで押し切るつもりのようだ。

 妙な圧を感じる。

 だけど、俺は屈しない。


「葵は去年の花蓮ちゃんだと言っていますが?」


「この動画の提供者は葵ですか。これは三人だけの秘密だと言っていたのに、あのブラコン……」


 花蓮がぶつぶつ言い始めた。

 三人だけの秘密というのは、葵、花蓮、ツバキの三人のことだろうか。


「とりあえず、その動画は花蓮ちゃんということで良いですか?」


 観念したように、一度だけ深く息を吐いてから、花蓮は言った。


「……そうですね。私もこのような時期がありました。だけど、誤解しないでください。封印師は幼少期から特別な力を持ちます。そのため、誰もが通る道なのです」


 顔はいつもの花蓮だったけど、耳だけは真っ赤に染まっていた。

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