安心させる言葉

「私を次期当主にすると言いましたか? その意味、分かっていますか」


 花蓮は語気を強めて言う。

 怒っているようにも見える。


「分かっていますよ。当主にならなかったら、あなたは死ぬ。そうでしょう?」


 俺の返事に驚き、言葉を詰まらせる。


「誰からそれを——いえ、ひなこですね。あの子、勝手なことを……」


「ひなこ……?」


 知らない名前が出てきた。

 誰だよ、ひなこって。


「自称邪神竜のことです。本人に名前を言ったら怒るのでこれまで通りに邪神竜と呼んであげてください」


「あ、はい」


 思ったより可愛らしい名前だ。

 邪神竜はそれが嫌だったのかな。

 かっこよさを求めてたし。


「とりあえず、ひなこに言われたことは気にしないでください。今更足掻いても無駄なことですから」


 諦めたようにそう言う。

 顔には絶望が漂っている。


「つまり、死ぬのは本当だと?」


「まあ、そうですね。いつになるかは分かりませんけど、死ぬでしょうね」


 俺に隠そうともしない。

 追い込まれているのか。

 本当は助けを求めているのか。

 対人経験の少ない俺には分からない。


「死にたいんですか?」


「そんな訳ないでしょう。死にたくないですよ。しかし、決まった未来なのです。宿命とも言えます」


 静かに笑う。

 まるで自分を嘲笑うかのような笑みだ。


「次期当主が死んだのは聞きましたよね? 今がチャンスです。これを逃せばもうないですよ」


 俺の言葉は花蓮には全く刺さらず、それどころか少し怒らせてしまう。


「次期当主候補は私以外に三人います。それぞれ陣営を持ち、優れた人材を保有する。だけど、私には陣営なんてない。どうやって勝つと言うのですか?」


「……確かに、そうですね」


「やっと分かってもらえましたか? 私が勝つなんて……無理ですよ」


 花蓮は大きなため息を吐く。

 申し訳ない。


 ——決心に時間が掛かってしまった。


「正攻法では勝てそうにありませんね。こうなったら、他の候補者を全員殺すしかなさそうです」


 人を殺すのは嫌だけど、他に方法がないとなれば頼るのはやはり暴力だ。


「な、何を言っているのですか。全員を殺す? そんなの無理ですよ!?」


「できますよ、俺なら」


 その自信がある。


「あなたが一般人にしては強いことは知っています。それでも、今回は絶対に無理です。私以外の候補者はみんな一線級の実力者ですよ!?」


 彼女は慌てる。

 それもそうだ。

 一般人が本職に勝てると豪語しているのだから。


 だけど、俺には実績がある。


「知っていますか? 次期当主を殺したの、俺なんですよ」


「な、何を……?」


「邪神竜に聞けば分かりますよ。彼女もその場にいたので」


 花蓮はスマホを取り出し、俺に許可を取って邪神竜と電話を始めた。


「ひなこ、ちょっと聞きたいことが……ああ、ごめんなさい。邪神竜でした。怒らないでください。はい、はい。そうです、次期当主の死について————本当、なんですか?」


 スマホを耳から離して、俺を見る。

 じっと目が合う。

 その目は信じられないという気持ちと、しかしそれに期待したいという気持ちがごちゃこちゃに混ざったようなものに見えた。


「俺が次期当主を殺した。これは事実です」


「本当に、信じていいのですか?」


 それは期待をする目だ。


「はい、信じてください」


「本当の本当に、ですか?」


 それは疑う目だ。


「もちろん、本当です」


「これが最後ですよ。これに頷いたら、あなたを死ぬまで信じます。もう戻れませんよ——本当に、私を助けてくれるのですか?」


 彼女は何度も確認を取る。

 これまで何度も期待して、その度に裏切られてきたのだろう。

 だから、彼女に必要なのは——


「俺があなたを助けます。信じて大丈夫ですよ」


 ——安心させる言葉だ。


 花蓮の目から涙が溢れる。

 拭いても拭いても、その度にまた溢れる。

 次第に声が漏れ始め、それを聞いた葵とツバキが部屋に来て花蓮の背中をさする。


 俺はその姿を黙って見るしかない。

 真珠のように綺麗な涙がカーペットに落ちる。


 そして、葵に睨まれて縮こまる。


 いや、お兄ちゃん悪くないからね。

 確かに泣かせたけど。

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