お泊まり会
「六時ぐらいに友達が来るんだよな?」
「うん、そろそろ来ると思うよ。あ、来た!」
ピンポンが鳴り、葵は玄関に走る。
葵の友達の名前を思い出す。
確か、ツバキちゃんとカレンちゃんだ。
どこか聞き覚えがあるけど、きっと気のせいだ。
「「お邪魔します」」
二人の声が玄関から聞こえた。
家族以外を家にあげるのは初めてだ。
緊張する。
「お兄さんがいるんですよね? 私たち、迷惑じゃないでしょうか」
「ごめんね、迷惑じゃなかった?」
玄関の方から小さな声が聞こえた。
俺に気を遣っているのだろう。
聴覚が強化された状態でなければ聞こえることはない程度の音量だ。
「大丈夫だよ、兄さんに友達が来るって言ったら喜んでたから」
葵だけは気にせずいつもの声量で気にするなと言う。
その通りだぞ、二人とも。
気にせず早く来てくれ。
なんか悪い予感がしてきたから否定して欲しい。
焦らさないでくれ。
「葵はお兄さんに愛されていますね。羨ましいです」
「私もそんな優しい兄が欲しかったよ。うちのニートの兄と交換して欲しい……!」
そんな二人の会話が聞こえて、俺の中で二アウトの赤いランプが灯る。
どこかで聞いたことのある話だ。
悪い予感が加速する。
リビングの取っ手が動く。
現れたのは——
「左がカレンちゃん。右がツバキちゃんだよ」
——封印師の志喜屋花蓮と、ツノを隠した鬼のツバキだった。
「こんな偶然、あるんですね」
「そ、そんな……」
花蓮は微妙な表情をして、ツバキは口を手で覆った。
その反応に葵は戸惑う。
「え、二人とも兄さんと知り合い?」
二人は顔を見合わせて頷く。
「ツバキちゃん、ちょっと来て」
リビングから出て、寝室に来るように手招きをする。ツバキはビクッと震えるが、それに従って着いてきた。
音が漏れないように扉を全て閉め、小声で話す。
「俺の妹に何のつもりで近づいた?」
顔を近づける。
これは脅しだ。
妹に何をするつもりなのか。
まずは、それをはっきりさせる。
妹に危害を加えるつもりなのか、それとも別の狙いがあるのか。
「ち、違います! 私は純粋に葵と仲良くなりたくて、ヌシ様の妹だとは知らず……」
まあ、ここで殺すためとは言えないよな。
言ったら俺に殺されるし。
「その証拠は?」
「葵と知り合ったのはクラス替えの日です。その時はまだヌシ様とお会いしておりません」
「本当か?」
「は、はい。葵に聞いても同じ答えが返って来ると思います。どうか、信じてください……」
ツバキは必死に弁明する。
その姿は嘘をついているようには見えない。
それに、ツバキは定期的に怪異を届けてくれている。その恩もあるから、疑わしいからと殺すのも違う気がする。
「分かった、お前を信じる」
「ありがとうございます!!」
正座で頭を地面に擦り付ける。
これで裏切られたら俺は惨めだな。
「リビングに戻って花蓮ちゃんを呼んでくれ」
面談をする先生になった気分で次の人を指名する。しかし、俺の言葉にツバキは疑問を持った。
「関係をお聞きしても?」
「お前が知る必要はない」
ツバキに言うことはできない。
花蓮もツバキも葵の大事な友達だ。
花蓮が封印師だと言えば、その友情は容易く崩れてしまうだろう。
そんなことは許さない。
葵のためなら少しの不都合くらい飲み込める。
「……了解しました」
「あ、それと葵の前では堅苦しい敬語を止めてくれ。変に思われてしまう」
「承知しました。それでは、カレンを呼んで来ます」
ツバキはそう言って部屋を出た。
その後、交代で花蓮が寝室に入る。
「何か私に話があると聞きました。大体想像はつきますが、聞きましょう」
いつも仕事で見る彼女だ。
葵たちといる時には見せない冷たい表情。
それが俺に向く。
「葵には、バイトや社員のことを言わないでください」
最初に伝えたのは花蓮へのお願いだ。
葵にバレたら心配されるに決まっている。
「もちろんです。個人情報はそう簡単には漏らしません」
プロ意識が高い。
すごく頼もしい。
「ありがとうございます」
しっかりと頭を下げる。
「かしこまって礼されるほどではないですよ。私にも打算がありますから」
「打算ですか……?」
「ええ、蓮さんの仕事がバレたら私のことも芋蔓式で知られてしまいます。葵は大事な友だちですから、私の家のことは秘密にしたいのです」
花蓮は悲しそうに言う。
そこまで妹を大事に思ってくれて嬉しい反面、志喜屋家の事情を知って素直に喜べない気持ちもある。
「なるほど、お互い葵に秘密が多いですね」
「そうですね……葵も罪な方です」
花蓮が笑う。
その姿を俺は初めて見た。
彼女も年相応に笑うのだと知る。
「そこまで葵を大事に思ってくれているなら、少しお願いがあります」
「……はい?」
花蓮は実直な性格だと知っている。
葵を思う気持ちに嘘はないのだろう。
だから、これは善意につけ込んだ願いだ。
年下相手にやることではない。
「俺の目がない間、葵の護衛をしてくれませんか。心配で仕方ないんです」
これまでも心配だった。
葵が怪異に出会わないか。
俺みたいに怪異の棲家に閉じ込められないか。
それでも、俺は大丈夫だと自分に言い聞かせていた。
俺は屋敷に閉じ込められるまで怪異を知らなかった。それも、屋敷はバイトで自ら行った場所だ。
それなら、普通の暮らしをしていれば怪異なんて関わることはないんじゃないか。
今日までは、そう思っていた。
「……そういうことですか。怪異を知り、身内に被害が及ばないか心配になるのはよくあることです。しかし、その大半は杞憂に終わります。なぜなら、外に出ている怪異の数は極端に少ないからです。先人の努力により、怪異は大封印か、以前の神社のような怪異の棲家でしか存在を確認できていません。だから、護衛など付けなくても大丈夫です」
「——怪異が人間に化けていてもですか?」
ツバキを思い出す。
中学校に通っていると言っていた。
学校に通うには身分の証明が必要だ。
それなのに、怪異のツバキが平気で通っている。
これは、怪異が昔から人間社会に潜んでいることを意味する。
「そんなこと、疑えばキリがないですよ。少なくとも私は聞いたことがありません」
「一般人の妄言だと思っても構いません。しかし、俺はとても怖がりな一般人です。怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて……どうか、葵のためだと思って、助けてくれませんか?」
しばらく沈黙が続く。
リビングの方で葵の笑い声が聞こえた。
「……はあ、分かりました。あなたを安心させるため、または葵のため護衛を承ります」
彼女の優しさに、俺は精一杯感謝の気持ちを示した。
「本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。せめて、何かお礼をさせてください」
その言葉に花蓮は動揺する。
「お礼と言われても、特に困っていることはありませんし……」
俺みたいなやつから金を取るわけにはいかないと思っているのだろう。
普通では金を請求するところをうーん、と唸って考えている。
その姿はやはり、優しさに満ちている。
だから、俺は決めた。
「そういえば、志喜屋家は今後継者争いで揉めているんですよね? それなら、俺があなたを次期当主にしてあげます。一般人ができる些細なお礼です」
「……はい?」
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