次期当主の男

「なぜ、こんなことを……?」


 背後の男に聞く。


「竜殺しの名誉のためだよ。竜殺しの名誉があれば、当主としてみんな認めてくれるのさ。だから、死んでくれ」


 グリグリと刀をさらに深く刺す。


「そうか、その程度のことで白井と俺を殺そうとしたのか」


 胸から生える刀の切先を掴む。

 そして——折った。


「あ?」


 後ろを振り向き、顔を殴る。

 男は面白いようにバウンドして、竜が飛ばした岩にぶつかって止まる。


「次期当主も大したことないな」


 笑って挑発する。

 こいつの攻撃方法は既に見た。

 瞬間移動のように敵の背後に立ち、そのまま心臓を貫く。

 それを誘う。


 一番面倒なのは白井か邪神竜に攻撃が向くことだ。もし人質に取られたら俺は割り切れるか分からない。


「……舐めやがって」


 男はなんとか立ち上がり、ボソリと呟く。

 そして、姿が消えた。


 意識を影に向ける。


「——がはッ!」


 後ろで苦しそうな声が聞こえる。

 ビンゴだ。

 予想通りに動いてくれた。


 男が姿を消したタイミングで影を操り、背後を針の山にしたのだ。

 見事にそれが当たり、男は今苦しんでいる。


「欲に溺れたな」


 この男が竜殺しの名誉を求めなければ死ぬことはなかった。ここを出ても俺たちでは男を糾弾することもできない。泣き寝入りしか方法はなかったのだ。


 それなのに、男が帰ってきたおかげで問題が全て解決した。口封じされることもないし、恨みも晴らせる。

 何もかもがうまくいった。


「ま、待ってくれ! 俺を助けてくれたら、会社で良いポジションをやるから——!」


「別にいらない」


 男の顔が絶望に染まる。

 また瞬間移動を使われては面倒なので、竜の牙で正確に心臓を刺す。

 こいつは竜に殺されたことにしよう。


「どこに運ぶのだ?」


「竜の中」


 邪神竜は感嘆の声を漏らし、白井は目の前で行われた殺人から目を背けた。

 白井だってバイトで何度も人の死は見たはずだ。それでも、殺人は直視できないのか。


 それを考えると、俺はよく平気で人を殺せたなとは思う。

 意外と簡単だった。

 もっと落ち込むかと思ったのに、一仕事を終えたような感覚になった。

 俺は人殺しに向いているのかもしれない。

 怪異を食べるのだってそうだ。

 自分でもおかしいと思っている。

 他の人は踏み止まってしまうところを、俺はジャンプで飛び越えてしまうのだ。

 ブレーキが壊れているとも言う。


「何も嬉しくないな……」


 小さく悪態をつく。

 もっと勉強とか人のためになる才能が欲しかった。


 さっさと竜の奥の方に死体を放り込み、二人の元に戻った。


「これから花蓮おばさんは大変だな」


「いきなりどうしたんだよ」


 邪神竜が死体の方を見て言う。


「次期当主が死んだんだ。降って湧いた権利を巡って本家は戦争だぞ。分家の邪神竜は関係ないがな!」


「へえ、大変そうだな」


「なんかドラマとかでよく見る展開だね。現実世界でも本当に後継者争いとかあるんだ」


 確かに白井の言う通りドラマにありそうな展開だ。これが現実で、しかも知り合いが巻き込まれるとは思いもしなかった。


「なに他人事みたいに言ってるんだ、下僕たち。社員になれば無関係じゃないぞ?」


「「へ?」」


 俺と白井の声が重なる。


「社員——とりわけ怪異関係の部署では派閥争いが起こるそうだ。二人の合格は間違いないだろうから、どの陣営に入るか考えておいた方がいいぞ」


「なんだよ派閥争いって。本当にドラマじゃないか。それに、俺たちはシキヤの事情とか詳しくないから後継者候補とか知らないんだけど」


 なんならシキヤの現社長の名前も知らない。

 これは入社までに覚えておこう。


「それは大丈夫だ。優しい邪神竜がおすすめを教えてやる!」


「本当? できれば優しい人がいいんだけど……」


 白井が注文をつける。

 まあ、確かに怖い人は嫌だな。

 そんな人の下で働きたくない。


「もちろん、すごく優しい人だぞ。下僕たちが知っていて、かつ本家特有の一般人を見下す癖もない。その名も志喜屋花蓮。花蓮おばさんだ!」


「確かに条件に当てはまってるけど……」


「さすがに若すぎない?」


 俺よりも幼い中学生だ。

 当主になれると思えない。


「下僕たちは薄情だな。花蓮おばさんは当主になれなかったら死ぬのだぞ。花蓮おばさんはお前たちを推薦したというのに、もう少し恩を返そうとか思わないのか」


「え、死ぬの?」


 やばそうな新情報が来た。

 当主になれなかったら死ぬって鬼畜すぎるだろ。

 推薦云々の情報が消し飛ぶ驚きだ。


「別に殺される訳じゃないぞ。死地に送られるだけだ。たった一人でな」


「それは殺すのと一緒だろ。今の時代に合ってないと思うんだけど」


 次期当主だった男と同じだ。

 名誉だとか派閥争いとか、令和に合わない古臭さだ。


「それが志喜屋家に産まれた宿命だ」


 邪神竜は少し悲しそうに言う。

 彼女だって嫌なのだろう。


「少し考えさせてくれ」


「私も……」


 俺はどの派閥に入るか、選択を先送りにするしかなかった。

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