竜の舌

「頭下げて」


 白井の咄嗟の指示に俺と邪神竜は従う。


「このまま移動する。着いてきて」


 さっきまでの態度が嘘のように自信が溢れた様子で先導する。

 邪神竜も少し驚いている。


「なんで入り口から離れるんだ?」


 俺の質問に白井は小さな声で答えた。


「怪異が集まって来ていた。竜には幸い気づかれてないみたいだから今のうちに離れないと」


「怪異の場所が分かるのか?」


「これでも十回バイトを生き残ったんだよ。集中すれば怪異の気配くらい察知できる……鬼の時はあの人たちとの言い合いで集中力が切れていたけど」


 俺はそんな技能なしに一年間屋敷で生き残ったけどな。白井の話を聞くとまるで俺が脳筋のように思えてくる。


 白井はそれ以降振り向かずに道を進んだ。

 ほぼ隠れる場所がない荒野で怪異に見つからないのは難しいはずだ。

 それを白井はやり切った。


 ——五分が経った。


 三人のタイマーが静かに振動する。


 あとは入り口に戻るだけ。

 そこでハプニングが起こる。


「誰かが近づいて来る」


 白井がそう言った瞬間、彼女の胸に剣が生えた。


 俺には見えた。

 白井の後ろに現れた空間の揺らぎ。

 そこから剣が現れた。


「おいおい、俺にも運が向いて来たな」


 汗をかいた青年が空間の揺らぎと共に現れる。

 そのまま白井に近づき、剣を抜き取った。


「後は任せたぞ。アレはしつこいからせいぜい頑張れよ」


 男は空を指差す。

 そこには空を飛ぶ赤い竜がいた。


 息を乱した男は何かを唱え、また空間の揺らぎと共に消えてしまった。


 怪異を擦りつけられたのだと気づくのにそう時間は掛からなかった。

 ひとまず、白井の容態を見る。

 地面に倒れたまま動かない。

 しかし、呼吸は安定している。

 不自然なほどに、いつもと変わらない。

 白井が選んだ封印具の身代わりの効果が発揮したのだろうか。

 分からないけど、しばらくは保ちそうだ。


 次に邪神竜を見る。

 顔が真っ青だ。


「邪神竜、あの赤い竜って危険度どのくらい?」


「B+だ、下僕よ。私には期待するな。分家の邪神竜にはあの男ほどの力はない。どちらかと言うとサポート役だ」


 それで良く大口たてたな、と思うが口にはしない。今はそれどころじゃないからだ。


「邪神竜、サポートってのはどんなことができる?」


 事前に話せば良かったと少し後悔する。

 豆粒ほどしかなかった竜の顔が分かる程度には近づいている。

 真っ直ぐ俺たちに向かって。


「結界とか回復とか、そんなところだ」


「それなら白井を連れて入り口に戻ってくれ。助けも呼んで来て欲しい」


 以前、白井はこれで逃げてくれた。

 しかし、邪神竜には通じないようだ。


「無理だ。分家とはいえ志喜屋家の一人だ。戦う義務がある。それに、あの男は志喜屋家の次期当主と言われている男でな、戻ったところで邪神竜は口封じに殺される運命なのだ」


 邪神竜は吹っ切れた表情を見せる。

 口封じに殺されるって、どんな時代だよと言いたい。


「まあ、そういうことなら分かった。一緒に戦おう」


 できれば一人が良かったが、仕方ない。

 自動再生とかの力はギリギリまで隠して戦うとしよう。

 異常な身体能力は鎖の能力だとか言い訳したら大丈夫だろ。


「はは、近くで見たらデカいな」


 目の前まで迫った竜を見て笑う。

 日本神話に出てきそうな姿だ。

 邪神竜には白井をおぶって遠くに離れてもらっている。


 だから、竜の狙いは一人。

 俺だ。


「グゥオオオオオ!!!!」


 竜の咆哮に鼓膜が破れる。

 耳から血が出たが、すぐ治った。


 鼓膜が破れるには少なくとも航空機のエンジン音レベルが必要だと言われている。

 この竜の咆哮はそれくらいの音量があったということだ。

 ただの生物が航空機に匹敵する。

 馬鹿げた話だ。


 とりあえず鎖を振る。

 鎖には霊力を纏わせ、自由自在に動かせるようにしている。狙い通りに竜の顔に当たった。

 だが、それがダメージを与えるかは別問題のようで、鎖に当たった竜は俺を睨むだけだった。


 竜が巨大な爪で地面を削りながら俺に迫る。

 横に跳んでそれを避ける。

 だが、それで竜の攻撃は終わらない。

 削った地面を俺に向けて弾く。

 かなりの大きさの岩が弾丸のように飛ぶ。


「あぶなっ」


 体を捻って避けるが、左腕が消し飛ぶ。

 クソ痛い。


 邪神竜を見る。

 あちらにも岩石は飛んでいるようで、結界を張ってどうにか耐えている。

 あの調子では俺の治療なんてできそうにもない。自動再生に任せるしかないようだ。


 竜の攻撃は止まらない。

 竜は大きく口を開けて息を吸う。


 そして、カチカチと音を鳴らして火を起こし、大きな火球を放った。

 その一発で百人の人間を殺せそうな大きさ。

 それが俺を襲う。


 熱を感じる。

 すぐそこに火球があり、空気が揺らいで見える。


 当たる直前で避け、そのまま竜に向かって跳ぶ。

 竜はもう一度大きく口を開けた。

 また火球を放とうとしている。

 だが、そうはさせない。

 鎖にさっきより霊力を込め、口に突き刺す。

 それによってできた一瞬の間で、俺は竜の口に入った。


「ガア?」


 困惑する声が響く。

 しかし、その直後にはカチカチと音を鳴らし始めた。

 切り替えが早い。


 俺は急いで竜の牙を一本抜き、上顎に刺す。

 外が硬くても中は柔らかいはずだ。


「グゥアアアア!!」


 竜が悲鳴をあげる。

 それによって火球の生成も止まった。

 竜が暴れる。

 口内も激しく揺れる。


 その時、ちょうど左腕が生えた。

 それによって腹が鳴る。

 自動再生は便利な反面、消費カロリーが多い。

 屋敷では気にならなかったけど、外の怪異が少ない環境では大きなデメリットになる。


 そこで、竜の舌を見た。

 竜の肉は硬くて不味いと聞いたことがある。

 美味いのは創作物の中での話だと。

 それなら舌はどうなのかと思った。

 外が硬くて中が柔らかい。

 爬虫類に近い竜もそれに当てはまる。

 つまり、竜の舌は柔らかくて美味しいのではないだろうか。


 それを試すチャンスが今、巡って来た。


「——いただきます」

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