表の話
「お待ちしておりました」
玄関ドアを開けてそう言った女性は三十代後半、少し切れ長の目とすっと通った鼻筋、少し小さめの唇がバランスよく整った、綺麗な人という印象が真っ先に浮かぶような人だった。細い首の上に小さな頭が乗っかり、ウェーブのかかった髪は一つにまとめてある。沓脱にはハイヒールが四足、きちんと揃えられた状態で隅に並んでいた。黒二足、濃淡の違う茶が一足ずつ。
女性の後について廊下を進む。右手にドアが三つ、左手にドアが二つ、それらを通り過ぎると広々としたリビングダイニングが広がった。オリとカンから見て右手奥には、使い勝手のよさそうなグレーを基調としたおしゃれなカウンターキッチン、左手にはソファとテーブルが配置され、六十インチの液晶テレビが壁に掛かっている。室内は綺麗に片づけられ、家具以外で目に映るものは、ソファの端に置いてあるバッグ、テーブルの上のマグカップ、ノートパソコン、複数枚の紙、腕時計ぐらいで、無駄なものは一切ない。超高級マンションとまではいかないが、ある程度の収入がなければ住めない部屋だった。
「すみません、仕事してたので散らかってて」テーブルに広げていたノートパソコンや紙類を手早くまとめていく。「どうぞ、お掛けください」
女性に勧められるまま、オリとカンは三人が座っても余裕がありそうな、ふかふかのソファに腰かけた。女性はキッチンに入り、すぐに茶色い液体が入ったコップを二つ、トレイに乗せて戻ってきた。一口飲むと、よく冷えた麦茶だった。
「お休みの日もお仕事ですか?」
「そうなんです、数日前にトラブルがあって」困ったように笑い、女性は一人掛けソファに腰を下ろした。
「お仕事はなにを?」
「化粧品関係の会社に勤めています」
どうりで、という言葉が出かかった。化粧をしていても、素肌の綺麗さが男から見てもわかるほどだ。身だしなみにも気を遣っているのだろう。休日ということもあって、服装は細身のデニムにゆったりとした白いリネンシャツというラフな格好だが、清潔感があり、オリとカンが来るからなのか、いい香りの香水をほどよくつけている。しかし今は、その綺麗な肌に疲れが見えた。仕事のせいだけではなさそうだ。
「早速ですが、ご依頼の内容について詳しく教えていただけますか。いただいたメールには、玄関前にゴミが捨てられるということですが」
「ゴミというか……」
女性は疲れだけでなく、怯えと不安を織り交ぜた表情でオリとカンに視線を向け、スマホを操作して差し出した。オリがスマホを受け取り、カンにも見えるようにしながら画面をスワイプしていく。
「これはひどい」むむむ、とカンが唸る。
「かなり悪質ですね」怒気を含んだ声がオリから漏れる。
一ヶ月ほど前から、女性宅の玄関前に使用済みだと思われるコンドームが定期的に十個から十五個、多いときには二十個以上捨てられるようになった。数日前には、ドアノブに粘り気のある白い液体がべっとり付着していた。
コンドームが捨てられるようになってすぐ管理人に相談し、掲示板に注意勧告の貼り紙を掲示したがなんの意味もなかった。白い液体がかけられたときには警察へ届け出た。しかし警察はなにもしてくれなかった。証拠の写真を見せても、これだけじゃなにもできないと言われ、むしろあなたに問題があって嫌がらせされてるんじゃないですか、と遠回しに言われたという。
「このマンション、オートロックですよね?」
「ええ。二十四時間エントランスにどなたかいらっしゃるので、入居者以外が入ることはできないはずなんです」
「入居者か……」
「自分の近くにこんなことする人がいると思うと気色悪くて」
「たしかに」と呟いて、オリはスマホの写真を見つめたまま口を閉ざした。
なにも喋らなくなったオリに女性は不安げな視線を向ける。その視線を隣に座るカンに移すと、カンはにっこり笑って人差し指を口元にあてた。それから少ししてオリが顔を上げ、スマホを女性に返した。
「承知しました。俺らはこの変態と、証拠を見つければいいんですね?」
「ええ、そうなんですけど、こんな依頼でも大丈夫なんですか?」
「もちろんです。むしろ得意分野です」オリもにっこり笑って見せた。「ただ、少々お時間をいただきます。二ヶ月ほど」
「二ヶ月……」
「大丈夫です。今後、玄関前にこれが撒かれることはありませんから。お時間はいただきますが、根本的な原因から排除いたします、必ず」
オリの真っ直ぐな視線を受け、女性は「よろしくお願いします」と頭を下げた。顔を上げたとき、その表情は幾分緩んでいた。
「よかった。どこに相談すればいいのかわからなくて、いろいろ調べていたら御社を見つけたんです。雑用なことからこういうことまでやってくれるって書いてあったので、正直言うとダメもとでしたけど、お二人とお会いして頼んでよかったって安心できました」
「そのお気持ちにきっちりお応えいたします!」
やる気いっぱい元気いっぱいのカンの言葉に、オリはひとつ頷いた。
女性宅を後にし、オリとカンは近くの駐車場に停めてある、中継車のような四角い形をした黒いバンに乗り込んだ。運転席から見て右側奥には棚が並んでいて、仕事に必要な道具類が収納されている。左側は上下に四面ずつ、計八面のモニターが側面に掛けられ、その下にはパソコンが三台並び、その周りにも様々な機材が設置されている。
カンがパソコンを操作すると、モニター四面に映像が映し出された。
「まだかなまだかな~。変態まだかな~」
「さすがにまだだな」
「誰が変態?」
「まだわからん」
「やっぱ同じマンションの住人だよね」
「だろうな」椅子に腰を深く沈め、あくびをしながら言う。「怪しいのは隣人だな」
「なんで」
「大概そんなもんだ」
「そんなもんか」
設置したカメラは全部で四つ。廊下の隅に二つ、女性宅の玄関ドア上部に一つ、インターホンに一つ。カメラは超小型カメラである。ここにカメラがありますよ、と言われても気付かないほどだ。
午後七時過ぎ。
三十代前半、ベージュのチノパンに白い半袖シャツを着た男性がモニターの映像に現れた。左手にコンビニの袋を持ち、右手でスマホを操作している。女性宅のほうへと進み、右隣のドアの前で立ち止まった。チノパンのポケットに手を突っ込んで鍵を取り出すと、そのまま鍵穴に差し込み、ドアを開けた。部屋へ入る瞬間、顔を左に向け、なにかを探るような視線を女性宅へ向けたが、すぐに部屋の中へと消えて行った。
午後九時半。
四十代半ば、濃紺のスーツを着た男がエレベーターから降りた。右手にコンビニの袋、左手に黒いカバンを持ち、女性宅のほうへゆったりとした足取りで近づいていく。近づくにつれ顔が動き、女性宅の前を通り過ぎる際には真横を向いた。そしてそのまま左隣のドアへ。女性宅へ視線を向けたのはそれっきりで、上着のポケットから鍵を取り出すと、ドアを開けて部屋へと入っていった。
カンは二人の顔をモニターに映し出した。
「さて、どっちが変態?」
「こっちだな」
「OK。じゃあこの変態を調べるね」
「いや、こいつも調べてほしい」そう言って、とんとんと指差した。
カンはそれを見て一瞬驚いたようにオリを見たが、すぐに納得したように笑った。
「楽しい時間のはじまりだ」
オリはにやりとカンに笑いかけた。
依頼を受けて一ヶ月。
カンは事務所に戻り、ほかの依頼をこなしていた。変態を調べるのにはパソコンがあれば問題ない。オリは車に残り、この依頼に集中した。二人が顔を合わせるのも一ヶ月ぶりだ。
オリが肩を揉みながら話しはじめた。
「変態さんの日常はぱっとしない。平日は朝七時半に家を出て、七時四十三分発の電車に乗る。会社に着く前に必ずコーヒーショップに立ち寄り、毎回カフェモカを注文、そして会社へ向かう。退社時間はその日によって違うが、七時半までに帰れた日は駅前の弁当屋で晩メシを買う。七時半を過ぎたときはコンビニで晩メシを買う。家に帰るとまずメシを食って、三十分経ったら風呂に入る。風呂を出た後はパソコンと二時間向かい合って、そのあとご就寝」
ふむふむと頷きながらカンは聞いている。
「休日は基本家から出ない。メシは出前が多い。一日中パソコンと睨めっこだ」
「コンドームは撒かれたの?」
「毎週金曜日の夜中に撒いてるよ。先週は液体登場」
「げろげろ」
「回収する俺のほうがげろげろだ」
「そうだったそうだった。ご苦労さん」
「そっちは?」
カンは得意げな笑みを見せ、パソコンを操作した。モニターにいくつものページが表示される。
「たしかに変態さんはパソコンがご趣味のようです。株やってるからそのせいもあるだろうけど。お金も持ってるしね」そう言って、モニターに表示させたページのうち一つを前面に映した。「これがお給料が振り込まれる口座の明細。引き落とされてるのは光熱費、クレジットカード、家賃。まあ、普通だよね。で、こっちの明細が株取引で利用してる口座。すごいね、株ってこんなに儲かるんだね」
「でも下手したら大損するからな。カンはやめとけ」
「はいはい。で、株のほかにパソコンで毎日見てるのがこのサイト」
キーが押され、モニターの画面が変わった。
全裸の女が淫らな格好で次々と現れ、トップページだけで子供には見せてはいけない、いやらしいサイトだとわかる。
「変態さんは欲求不満なのか」
「俺らとは違ってモテないんだろうね。でね、このサイト、エロ動画をただ見るんじゃなくて、相手の女とオンラインで繋がって楽しむサイトなの」
「どういうことだ」
「風俗のネットバージョンっていうのかな。相手の女を指名して、オンラインで繋げて、女は男の要求に応えて脱いだり動いたり喘いだり」
「それで興奮するか?」
「するんじゃない? 変態さんめちゃくちゃ利用してるし」
「さすがだな」
「でもこのサイト人気あるみたいなんだよねえ。女のレベルが高いってのもあるし、男はサイト内のチャットで指示を出すから顔を晒さないで済む。自分の素性がバレないから安心なんだろうね。会員制なんだけど、ひと月に四回利用できるスタンダード会員は月十万、利用無制限のプレミアム会員はなんと、三十万」
「三十万?」
「変態さんはプレミアム会員。カードの利用明細に見つけました」
「そりゃ株がんばるわな」
「プレミアム会員はね、利用したときの映像を一週間保存することができるのよ。一週間経つと見れなくなっちゃうんだけどね。でね、変態さんが保存してる映像を見たんだけど、変態さんは二人の女に首ったけ。変態さんのお気に入りの女たち、見たい?」
「お、気になるねえ」
カンが保存ファイルのうち、左上のファイルをクリックした。ファイルは十六個ある。ということは、変態は一日二回以上利用していることになる。オリは呆れたように笑った。
「じゃじゃーん!」
保存された映像が再生される。
少し赤みがかった照明の中、化粧は濃いが、それでも美人だとわかる女がベッドの上に座っていた。シルクのような素材のスリップを着ている。変態の指示までは映像に残っていないが、変態の指示なのだろう、女はスリップを脱ぎ捨て、焦らすようにその下のブラジャーとショーツも脱ぎ、裸のままベッドの上で膝立ちになった。そこからはもうとんでもなく淫らな映像と音声が続いた。
「わあお。こりゃすごい」
「過激だよねえ。お子ちゃまには絶対見せられないよねえ」
呑気に言いながら、カンはほかの保存ファイルも次々に再生させていく。最初の動画とは違うシチュエーションではあるが、とんでもなく淫らなことに変わりはない。その淫らな映像と音声が八面のモニターに映し出され、車内はなんとも異様な光景になった。
すべての映像をじっと眺めるオリと、なにかを待ちわびるように椅子をくるくるさせるカン。少ししてオリの顔が嬉しそうに綻び、「面白くなってきた」と言う声が呟かれた。カンはくるっと椅子を回してオリのほうへ身体を向けると、満足そうに笑って言った。
「ふふん、でしょ?」
玄関ドアを開けると、廊下の電気が自動で点灯する。明るくなった廊下を見た途端、男は目を見開き、一歩後ずさった。
「なんだ、これは……」
リビングへ続く廊下に、なにかが一定間隔を置いて並んでいる。真っ直ぐに並ぶそれを横目に見ながら、男は廊下の隅を歩いてリビングへと急いだ。リビングの入口にあるスイッチを押すと、部屋がぱっと明るくなる。知らない男が二人、ソファに座っていた。
「うわあっ!」男の情けない声が室内に響く。
「おかえりなさい」オリとカンが声を揃えて言う。
「な、え、え、ど」
「あ、泥棒とか、そういう危険な者ではないので安心してください」
「な、なんですか。誰ですか」
怯えた声で探るように訊く男の視線がテーブルに移動した。そのテーブルの上にも、廊下に並んでいたものがきれいに並べられている。思考回路が追いついたのか、男の目に怒りの色が浮かんだ。
「ひ、人んちでなにやってんだ!」
「は?」
「はじゃないだろう! 一体――」
「あんたこそ人んちの前にコンドーム撒き散らしてどういうつもりだ?」
オリの言葉に男は顔色を変え、言葉をなくした。
「これはあんたがこの二ヶ月間で捨てたコンドーム。汚い液体もドアにかけただろ」
「な、なにを言って――」
「惚けちゃ困るよ、下山克典さん」口元にうっすら笑みを浮かべ、オリはもう一度男の名前を口にした。「下山克典、四十二歳。相澤法律事務所で弁護士としてご活躍。毎日七時半に家を出て、七時四十三分発の電車に乗る。毎朝カフェモカを飲み、昼メシはいつも同じ定食屋、小野屋で済ませ、晩メシは駅前の弁当屋、もしくはコンビニ弁当。趣味は株取引と、これ」
オリは男の足元に紙切れを一枚滑らせた。足元に届いたそれを見た瞬間、引き攣らせた顔が紅潮していく。
「シークレットルーム。だいぶエロいな、そのサイト」
男の喉がごくりと動き、冷房の効いた涼しい部屋で汗をかきはじめた。
「弁護士さんは大変だよな。そりゃあ、毎日毎日何度も何度も見ちゃうよな。じゃあ、これも気晴らしかな」
数枚の紙切れが男の足元にまた滑っていく。俯いたままの男の視界にその紙切れが差し入れられると、男の顔は目を見開いたまま固まった。赤く染まっていた顔色はどんどん青褪め、次第に口元が震えはじめた。
女性宅の前にコンドームを捨てる男の姿。女性宅の前で下半身を露出している男の姿。顔を紅潮させ興奮している男の姿。絶頂に達した男の顔。
「ちなみに、これは映像の一部を印刷したものだからね。映像だともっと鮮明に見られるよ。見る?」
軽やかな口調でカンが口を挟んだ。男は異星人でも見るような目でオリとカンを見ると、唾を飲み込み、震える声で二人に訊ねた。
「なにが、目的だ。金か」
男の言葉にオリとカンは一瞬ぽかんとし、顔を見合わせて笑いだした。場違いなほど呑気な笑い声に男は恐怖心を少しだけ和らげたが、二人の笑い声はすぐに止み、代わりにオリの冷めた声が耳に届いた。男の顔がまた強張る。
「まさか。俺らはそんなちんけなことはしない」
「……じゃあ、なにが目的なんだ」
「ここから出て行ってもらう」
「え?」拍子抜けした声が出る。「出て行く?」
「一週間以内に三十キロ以上離れたところへ引っ越すこと。二度とこのマンションには近づかないこと。この二つを実行すれば、この映像は破棄する」
「そ、それだけ?」
「ああ」
「でも、一週間じゃ……」
「あんた株で儲けてるだろ。あんだけ金持ってりゃ、次の部屋が見つかるまでホテルで暮らしたって痛くも痒くもないはずだ」
なぜそれを、と言いたげな顔で男は口ごもった。
「どうする?」
「……わかった」
「言っとくが、下手な小細工はしないほうがいい。あんたが生きてる限り、あんたのことはずっと追いかけることができる。あんたがいつどこにいて、なにしてるかも、こいつには全部お見通しだ」
オリがカンの肩をぽんと叩いた。それに応えるように、カンはうんうんと頷いてあとを引き継いだ。
「もしあなたが約束守らなかった場合は、この動画がネットに流れるよ。警察と勤務先にも送り付ける。信用第一の弁護士さんがこんなことしてるってバレたら、大変だね」
「ってことで、よろしくお願いします」
男の返事を待たず、オリとカンは立ち上がりさっさと出て行った。玄関ドアが閉まる音がして、男はその場に座り込んだ。
一週間後――
「犯人、隣の人だったんですか?」
「これが証拠の映像です。気分のいいものではありませんので、止めたくなったら仰ってください」
「わかりました」
カンが持参したノートパソコンで映像を流す。
隣人がコンドームを撒き散らしたところで、女性は眉間のしわを深くして口を半開きにした。隣人が下半身を露わにして手を動かしはじめたところで、女性は口元を両手で覆って目を逸らした。
「もう、けっこうです」
映像を止め、ファイルを閉じる。女性はマグカップに入ったコーヒーを一口飲み、大きく息を吸って吐き出した。顔色が白くなっている。
「大丈夫ですか?」
「はい、すみません」
「問題の隣人は二日前に引っ越しましたし、このマンションに近づくことも絶対にありませんから、安心してください」
「はい、ありがとうございます」と頭を下げ、気が抜けたようにそのまま背もたれに寄りかかった。「なんだか、もう大丈夫だってわかってほっとしたら、気が抜けちゃいました」
女性の自然な笑顔に、オリもカンもつられるように笑顔になった。
「よかったです、お役に立てて」
「こちらこそお二人にお願いしてよかったです。あ、これ、代金です」
「ありがとうございます」オリは手渡された封筒から中身を出し、金額を確認する。「たしかに頂戴いたしました。こちら領収書です」
受け取った領収書をテーブルの隅に置き、女性は独り言のように呟いた。
「どうして隣の人はあんなことしたんでしょう。ちゃんとした人に見えたのに」
「原因ならわかりますよ」
「ほんとですか?」
「知りたいですか?」少し首を傾け、にこやかに問いかける。
「ええ、できれば」女性もにこやかに答える。
オリがカンに視線を送ると、カンはノートパソコンを女性に向けて、ある映像を再生した。再生されると同時に、女性の目が見る見るうちに大きくなり、顔が紅潮しはじめた。
ノートパソコンの画面には、身に着けている肌着をすべて脱ぎ捨て、裸体をくねらせ、カメラの向こうの誰かに向かって笑いかける女の姿があった。映像はさらに過激になり、このモデルルームのような上品な部屋に淫らな声だけが静かに響いた。
オリとカンの目の前に座る女性の紅潮した顔が、次第に青白く変わっていく。
「あなたの副業について、俺らがとやかく言うつもりはありませんし、言う権利もありません。隣人はあなたの客で、毎日毎日、あなたとオンラインでセックスしてたんですよ。いつ気付いたかわかりませんが、隣人はあなたが自分の相手だと気が付いた。あなたに気付いてほしくて、もしくは、さらに興奮したいがために、あなたとのセックスで使ったコンドームを、あなたの玄関前に捨ててたんです」
カンが映像を止め、女性に見えるようにしてその場で映像を消去した。
「余計な忠告かもしれませんが、こういう仕事をするのなら、それなりのリスクが伴うことを覚悟しておいたほうがいいと思いますよ。あと一つ、隣人は引っ越しましたけど、住所がバレていることに変わりはありません。引っ越されることをお勧めします」
オリが立ち上がり、カンも続いて立ち上がる。
「それでは、この度はご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
女性からの返事を待たず、ぺこりと頭を下げてオリとカンはさっさと出て行った。玄関ドアの閉まる音がして、女性は背もたれに深く身を沈めた。
「今回の依頼は面白かったねえ」
「最高だったな」
「ねえ、ところでさ、なんであの隣人が犯人だってわかったの?」
「目だよ」
「目?」
「あのとき、両隣とも女の家のほう見ただろ?」
右隣は部屋に入る寸前に、左隣は女性宅の前を通り過ぎるときに。右隣の隣人はただなにかが気になって見ていただけだった。ここ最近、女性宅の前にコンドームが捨てられていることに気付いていて、今はなにもないなって確認しただけの視線。それとは違って左隣の隣人の目は、まるでドアの向こうを覗き見るような粘着質な視線だった。ドアを通して、女性の身体を嘗め回すような視線。
「へえ~やっぱすごいな、オリは」コンビニで買ったお菓子の箱を開けながら言う。
「ぜんぜん感心してないだろ」
「そんなことないよ。じゃあさ、なんであの女になんかあるってわかったの? 犯人がわかったとき、一緒に調べるように言ったでしょ」
オリはあのとき、机に置いた依頼書を指で叩き、カンに女性のことも調べるようにお願いしていた。
「あの女の家にあるものだよ。靴もバッグも時計も香水も、どれも高級ブランドばかりだった。しかも化粧品関係の仕事だって言ってただろ。勤め先の化粧品会社は高級ブランドだ。いくら安く買えると言っても、そこらへんの化粧品よりは高い。あの部屋に住めるぐらいの収入はあるんだろうが、あんなに高級品を揃えられるのはおかしい」
「よく見てるねえ、さすがだねえ」
カンはお菓子を咥え、ピーピー鳴らしはじめた。
「うるせえ」
「ピピピーピ」
「腹減ったな。なに食う?」
「ピーピピ!」
「とんかつ?」
「ピー!」
「じゃあ、あそこだな」
「ピーピピ―!」
男は郵便受けから郵便物を取り出し、部屋へと向かう。部屋に入り、ネクタイを緩め、ソファに座る。郵便物を一つずつ確かめていくと、厚みのある郵便物が一通。差出人は書かれていない。手で封を切り、中身を取り出してそれを目にした途端、男は思わず手にした中身を放り出した。テーブルに広がったそれを、男は信じられない気持ちで見つめた。
マンションから出て行く男の写真。
カフェモカを手にコーヒーショップから出てくる男の写真。
事務所入口で顧客と握手をする男の写真。
小野屋ののれんをくぐる男の写真。
自宅最寄り駅の改札を通り、駅前の弁当屋に入る男の写真。
オートロックに鍵を差し込み、自動ドアを通る男の写真。
部屋の中でシークレットルームを見る男の写真。
写真以外のものがあることに気付き、男は恐る恐る手に取った。真っ白い紙に、印字された文字。
『相変わらずのご執心、見事です。これからは人に迷惑をかけずに楽しんでください。約束を守り続ければ、あなたの秘密は守ります』
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