リカオン

@ikyuns

オリとカンの話

 駅から歩いて約七分。商店街を抜けて、斜め右に伸びる細い路地を進み、突き当りを右に曲がると一棟の古ぼけたビルがある。

 その古ぼけたビルの古ぼけたエレベーターに、作業着であるつなぎを上半身だけ脱いで、Tシャツ姿になった男が二人乗り込んだ。二人を乗せたエレベーターは今にも止まってしまいそうなスピードで上昇し、壊れてしまいそうな音をたてて三階に停まった。

「今日もいい音だねえ」

「俺らを運ぶのに必死だな」

「そこが可愛いんじゃないか。えっちらおっちらよっこいしょって」

「やめろ、その掛け声にしか聞こえなくなる」笑った顔が顰められた。「いててて」

「大丈夫? 腰?」

「いや、指が攣りそうになった」

「そっか、ならよかった」

 廊下を進み、廊下の奥、右手にあるスチール製の重たい扉を引いて中に入ると、体格のいい坊主頭の男が窓際に立っていて、ゆっくりと身体ごと振り返った。

「ジンさん、久しぶり」「ジンさん、来てたの」

「よう、久しぶりだな。オリ、カン」ジンは片手をあげ、窓枠に寄りかかった。「どうだ調子は」

「元気元気!」と元気よく答えながら、カンはジンに歩み寄ることなく部屋の奥にあるキッチンへと足を向けた。そんなカンの背中をジンは笑って見送り、「オリは?」と訊く。

「問題ない」

「そうか、ならいい。ところでよ、何度も言うが鍵かけろよ。泥棒に入られるぞ」

「こんなボロビルになにがあるの」

「なんでもいいから欲しいって奴はごろごろしてるんだよ」

「盗られて困るもんはないし、盗られても取り戻せる」

 ちょっとの間を置いて、「それもそうか」とジンは苦笑いを浮かべた。

「今日はなんの依頼だったんだ?」

「草むしり」

「そのくらい自分でやればいいのにな」

「白い肌のマダムが、日傘さしながらいろいろご指示くださいました」

「なるほどね」

「それよりどうしたの?」

「ちょっと頼みたいことがあってさ、カンに」

「カーン! ジンさんがお前に用だって!」

 キッチンからカンが顔を出し、部屋に戻ってきた。それと入れ替わりにオリが奥へと引っ込む。

「俺? なになに?」

 ジンは手に持っていたファイルを差し出した。カンが受け取る。

「そいつの一ヶ月間の動きを調べてほしい。そこに必要な情報は全部あると思うが、ほかに必要なものがあれば言ってくれ」

 手渡されたファイルの中身を確認し、カンはにっこり笑った。

「十分十分。いつまで?」

「できれば二、三日で」

「余裕だね」

「頼んだ」ぽんぽんとカンの腕を叩き、ジンは背中を向けた。

「もう帰るの?」

「公務員は忙しいんだよ」

「お仕事ご苦労様です」

 カンがぺこりと頭を下げると、「オリによろしくな」と残してジンは部屋から出て行った。

 ジンがいなくなってすぐ、缶ビール片手に戻ってきたオリはさっと室内を見渡した。

「あれ、ジンさんは?」

「公務員は忙しいんだって」

「大変だねえ、お巡りさんは」

「ジンさんは真面目なんだか不真面目なんだかわかんないけどね」と言って、ふとカンが首を傾げた。「あれ、セミが鳴いてるよ」

 オリが窓の外を見ると、たしかに夏の雲が空に広がっていた。

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