第36話「麗華の疑問」


土曜日の夜。リビングで麗華がレポートをチェックしていると、蒼奈がコーヒーを淹れながら、ごく自然に予定を伝えた。

「お姉ちゃん。明日の日曜日に、春馬くんがうちに遊びに来るから、よろしくね」

麗華は、手に持っていたペンをレポートの上に落とし、目を丸くした。


「え、春馬くんが?うちに?ちょっと待って、蒼奈!確かに最近、アンタ彼と『研究』とか言って、映画に行ったり、服を選んだり、遊びに行ってるとはいえ、家に呼ぶなんて!」


麗華の驚きは大きく、いつも冷静な彼女の反応に、蒼奈は少し戸惑う。


「た、大げさだよ、お姉ちゃん。共同研究をするだけだよ。彼の進路について話すのに、最も効率的な観測フィールドがうちのリビングだって、論理的に結論が出たんだから!」


麗華は、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、蒼奈の顔を覗き込んだ。

「ふーん。進路、ねぇ。ねえ、蒼奈。アンタ、その論理とか研究とか言ってるけどさ」


麗華は、声を潜めて、核心を突いた。


「蒼奈、彼のこと好きなんじゃないの?」


「えっ?!」


蒼奈の全身が、瞬間的に硬直した。顔が真っ赤になり、手に持っていたコーヒーカップがわずかに揺れる。


「そ、そそそ、そんなんじゃないよ!何言ってるの、お姉ちゃん!彼は研究対象!私は研究者!これは、『孤独の最適解』という理論の論理的な破綻を検証するための、純粋な学術活動なんだから!」


「はいはい、純粋な学術活動ね。でもね、アンタの心臓の鼓動は、今、非論理的な数値で暴走しているわよ。それに、論理的な結論を出すために、男の子をリビングに呼ぶなんて、ラブコメの領域への論理的な侵攻よ」


「それに、蒼奈が論理的に〜とか、破綻〜とか、元々言う子じゃなかったし!姉の私としては可愛い妹が好きな人に影響を受けた姿を見せてくれるほど嬉しいことはないわ!私は変わった蒼奈の言葉遣いが面白くて好きだからつい合わせちゃうのよね〜」


「一体蒼奈を変えたのは誰かな?」


麗華は、からかいを収め、優しい姉の表情に戻った。


「……」


「いいのよ、蒼奈。でも、アンタが彼を呼んだのは、もう彼と『一緒にいたい』っていう気持ちの方が、『論理』より優位になったってことよ」


「春馬くんは、優しさを計算だと疑う人。だからこそ、家族という無償の、悪意のない優しさが、彼のトラウマを完全に無力化する。アンタの研究に、協力してあげるわ」


「お、お姉ちゃん……ありがとう」


蒼奈は、「好き」という直球の言葉に動揺しながらも、姉という最強の協力者を得たことに安堵した。


「じゃあ、お姉ちゃんは、家族という究極の非論理的な変数として、論理的なおもてなしをよろしくね!」


「もちろん。春馬くんが『孤独の最適解』を捨てて、『未来の共有』という究極の非論理的な結論を選べるよう、完璧な観測フィールドを用意してあげるわ」

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