it's okay

沙華やや子

it's okay

羽麗実はれみさん、出番です!」

「はい」


 あたしはボーカリストの羽麗実はれみ。プロじゃないよ。ライブハウスのチケットノルマを達成してステージに立っている素人です。

 ロックバンドで歌っていたのだけど、「スタジオ練習のずる休みが過ぎるっ!」て2つバンドをクビになってるんだ。

 作曲は出来ないから、ギタリストが作るメロディーにあたしが歌詞を書いていたの。


 でも今はソロだから大好きなプロのアーティスト様のカバーをアカペラで歌ってるんだよ。あ、あとポエトリーリーディングもする。アクション付きでね!

 知り合いのアマチュアボクサーが亡くなってしまった時は……彼の詩を書いた。お祈りを込めてね。そしてシャドウボクシングしながら詩を読んだの。もちろんソラでだよ。


 作曲できないからメロディーはない。勝手に頭ん中で作ってね!

 あたしは、PUNKも演歌もハードコアもロッケンロ~もジャズもクラッシックも……フォークだって、なんだって好きよ。プログレや童謡だって大好き。


羽麗実はれみ~!」「羽麗実はれみちゃんっ!」

 あたしがステージに上がるとみんな嬉しそうで、幸せになるよ。


 学生の頃からカバーバンドを組んでいた。でも歌ってない期間のほうが長いかな。再び歌い始めたきっかけは病に倒れてからだった。

 その病は身体的なものだったけど、精神が病んだゆえ体に出ちゃったの。

 そしたら、友達が「もう一度歌え!」って。


伊里矢いりやくん、きてるかな? お仕事忙しいって言ってたけど。今夜観てくれてるかな……。


 聴かせたいヒトがいるから歌える。


 あ……! 薄暗いけどさ、意外とよく見えるの客席って。

 伊里矢いりやくん発見。いつもそう。ライブハウスの中ほどの端っこに座ってんの。


( 聴こえて……。聴こえて……。どうか届いて、愛するひとに)


 そう想いながら歌っている。人が書いた歌詞だって、魂は込められる。


 あたしはきっと、伊里矢いりやが居なかったら、なんにも表現しようとしない。実はクリニックに通っているんだ。精神薬や眠剤も飲んでいる。やる気、しないの。


 あたしの出番は最後だった。今日は3組と対バン。

 小さなライブハウスだから楽屋は男女分かれてません。


羽麗実はれみさん、今日も凄かったよー。歌教えて欲しいな俺」

「ありがと。『もやし頭』の今日のグルーヴ、イイ感じだった!」

「マジっすか! あざーっす」

 ……ヘンな名前だよね。もやし頭だなんて。クスッ! でも超イカしたゴリゴリの3ピースバンドなんだよ。


 楽屋でお化粧直しをして、客席でお酒を呑んでいる伊里矢いりやのところに駆け寄る。着替える必要はない。あたしの普段着はステージ衣装の用を足すほどアレなんで、キャハ!


「来てくれてありがと、伊里矢いりやくん」

 嬉し恥ずかし。

(だってあたし、伊里矢いりやくんのために唄ってるんだもん)


「おつかれ。良かったよ」

 口数の少ない人。でも穏やかで、そばに居るとホッとするんだ~。

 うん、恋人だよ!


 結婚してた時は当時の夫が許してくれなかった。

「バンドなんかさせない!」って束縛されていた。愛されているというよりも、がんじがらめで辛かった。たまらない圧で毎日苦しかったよ。


「あたし、ウーロン茶飲む」

「うん」

伊里矢いりやくん、ビール何本目?」

「3本目、かな……」

「ちょっと飲み過ぎ!」

 お椅子をくっつけて甘えるあたし。ちょこんと伊里矢いりやの肩に頭をのせる。たばこの煙が流れてくるけど、良いの!


 ――――10年前までは、あと1オクターブは余裕で高い声が出ていた。あたしは自分をズタズタに傷つけた過去がある。ICUに運ばれ、生き長らえさせられるため、器具を喉の奥に突っ込まれ、声帯麻痺が起こってしまった。

 死にかけていたのだ。仕方がない。


 一切声が出ない日が一週間続いた。

 それから、少しずつ声が出るようになったけれど、自慢の囀るような高音の歌声がもう出ない。


 あたしがおもむろに言った。

「あたしね、伊里矢いりやくん、歌うのやめようと思うんだ」

 煙草を灰皿で消しながら「なんで」と伊里矢いりや


「あたしの性格のせいね。嫌なんだ、これだと。10年前のCD-R聴くと辛いの。この声がもう出ないんだ~って」

「そうか……」

「うん、あたしはプロじゃないけど、お客さんはみんなチケット代を払って楽しみに来ているの。ボーカリストが悩みながら歌ってたら、その空気、伝わっちゃうよ」


 伊里矢いりやがあたしの肩を抱き寄せる。

「ン……ムリすることないよ。辞めたって良いと思う」

「あたし、本当はバンドで歌うのが一番好き。でも人と旨くやっていけないし、スタジオはサボりたくなる」

 あたしの頭を撫でる伊里矢いりや


 なんだか、涙出てきた。


 いつの頃からか、ボーカリストじゃないと自分が存在しないような気になって、必死で踏ん張っていた。頑張り過ぎたな。

 とっても愛しているからもうやめる。音楽LOVE! だから辞める。


 小説を書く人がいて、読む人がいる。

 LIVEする人がいて、オーディエンスがいる。

(あたしはオーディエンスで踊れば良い。ダンスも凄く好きだから)


 バイバイ、ボーカリストの羽麗実はれみ。ハロー、ありのまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

it's okay 沙華やや子 @shaka_yayako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画