第14話:新しいおもちゃ
マヨイの家のリビングに到着したミッカは、先程買ったたくさんの品物がリビングの隅にすでに届いていることに気が付いて驚いた。マヨイに聞くと、瞬間移動の魔法の応用で、荷物はすぐに配送が出来るらしい。生命は通り抜けられない荷物専用のトンネルのような魔法陣を、予め用意してあるのだそうだ。重くてかさばる荷物を持ち歩かずに済むなんて、便利な魔法もあるものだなあ、とミッカは感心した。
今すぐに使うパジャマと雑貨などを、マヨイは荷物の中から探し出してミッカに渡してくれた。そして「今日は疲れたろうから、本格的な荷解きは翌日に回すとして、今夜はもう休んだらどうだ」とマヨイが提案してくれた。一旦ソファに腰掛けたミッカのおしりから根が生えてきそうなことを、どうやら見抜かれたらしい。ミッカはそれに曖昧な笑顔で頷く。ご飯を食べてお腹がいっぱいになり、無事に家に帰ってきたミッカは、実は少し眠かった。
いけない!このままここに座っていたら居眠りしてしまいそう!と思い、意を決して立ち上がる。もしかしたら一瞬だけウトウトと寝てしまっていたかもしれない。マヨイは既に自分の部屋に移動しているようだった。着替えと、ダスクの様子を見に行ったのだろう。私も着替えなきゃ、と自分の部屋に戻ろうとしたところで、ふとミッカは足を止めた。手にしていたハンドバッグの中にダスクへのお土産がちゃんと入っていることを確認し、それを持ってマヨイの寝室のドアをノックした。ドアの向こうから、ダスクのワンワンという元気な鳴き声と、よくは聞こえなかったがマヨイが話しているような声が聞こえてくる。そのダスクの鳴き声が少しだけ機嫌良さそうに聞こえたものだから、ミッカは思わずクスッと笑った。
「ミツカか?待て、今着替えてるから。すぐに済むからそこで待っててくれ」
ドアの向こうからそう言われたので、ミッカは大人しく待っていることにした。
「……すまない、待たせた」
程なくして、鍵を開ける音が聞こえて、マヨイがドアを開けてくれた。スーツを脱いで、見慣れた普段着に着替えている。
「いえ!全然待ってないです!」
「留守番させてたせいか、ダスクが騒がしくてな」
気が付くと、マヨイの足元にダスクがやって来ていた。ミッカの顔を見ると、途端に「ワンワン!」と興奮して怒っているかのように吠え始めた。
「うるさいぞ」
マヨイに注意されて、ダスクは吠えるのをやめて「ウウーーーッッ……」と鼻に皺を寄せて歯をむき出しにしながら唸り始めた。やはりミッカのことはどうしても気に入らないらしい。ミッカはその怒り顔に、困ったように笑い掛ける。
「で、どうした?」
「あ!あの、ダスクさまにお土産を渡そうと思って」
「ああ、そういえば買ってたな。でもそれより先に、着替えた方がいいだろう。この通りダスクが興奮してるから、ドレスが汚れたり穴が開いたりしたら大変だ」
「あ!そうですよね!」
このドレスは、決して汚したり破損させたりしてはならない。ここまで高価な服を今まで所持したことが無かったミッカは、すっかりそのことが頭から抜け落ちていた。納得したミッカは「では、一旦失礼しますね」と軽く頭を下げて、慌てて自分の部屋に戻ろうとしたが、マヨイに「待ってくれ」と優しい力で腕を掴まれた。すぐに離してもらったが。
「あの、何か……?」
「背中にファスナーがあるだろう、それ。手伝うよ」
「あ!」
振り向いたミッカはそう言われて、そういえば着る時も店員に手伝ってもらったことを思い出した。
「……そうでした!マヨイ様はよく気が付くお方ですね!ありがとうございます、助かります!」
ミッカはお礼を言いながら後ろを向いて、マヨイに背中を見せた。ファスナーに髪が引っ掛かると大変なので、手で押さえて首すじを見せる。マヨイは何故か黙ったまま、ミッカの露わになった白いうなじを、しばらくじっと見ていた。
「……あの、マヨイ様……?」
しばらくその状態で待っていたのだが、マヨイが動く気配が無いので、不思議に思ったミッカは声を掛けた。マヨイはハッとしたように「……すまない、今やる」と言って、それからようやく、ミッカのドレスにそっと触れた。まずはホックを外し、次に滑らせるようにファスナーを下ろす。引っ掛かることなく一番下まで下ろし終わると、マヨイは「出来た」と声を掛けた。
「ありがとうございます、お手数お掛け致しました!」
「これくらい何でもない。脱いだドレスは、皺にならないようにハンガーに掛けて、クローゼットにしまっておくといい。後日専門の業者にクリーニングを頼むから」
「分かりました!」
「今日はもう出掛ける予定は無いから、君はさっき渡したパジャマに着替えてしまっていい。もう眠いんだろう?」
「う……はい……。見抜かれてしまいましたね」
「無理もない。普段の君ならとっくに寝てる時間だ。ダスクにお土産を渡すのも、翌日で構わないんだぞ?」
「いえ!一刻も早くダスクさまにこのお土産で遊んでほしいですから!着替えたらまた来ますね!」
「ああ」
マヨイの足元で唸っていたと思ったダスクは、いつの間にか飽きて興味を失ったかのようにマヨイ達から離れて、部屋の奥で寛いでいるようだった。それに気付いたミッカはまたクスッと笑って、まずは着替えや雑貨を取りにリビングに戻った。
ミッカは自室でドレスを脱いでハンガーに掛けて、それからよそ行き用だった下着も脱いで、普段着用の下着に着替えた上でパジャマを着た。おろしたてのパジャマはセール品で値が下がっていたものだったが、肌触りが良く、ゆったりとしたサイズだが大き過ぎることも無くて、すぐにミッカのお気に入りになった。ドレッサーの鏡の前で確認していると、髪型がそのままだったことに気が付いた。髪飾りを外して、元あったドレッサーの引き出しの中にしまう。ダーナさんに結ってもらった髪型は、崩してしまうのが勿体ないような気がしたが、それでも寝る時までこの髪型のままではいられないので、解いてブラシで髪をよく梳かし、ひとつに結び直した。最後にもう一度身だしなみをよく確認してから、ハンドバッグから出したダスクへのお土産を忘れずに持って、部屋を出た。
隣の部屋の前まで来ると、ミッカはドアをノックした。すぐにマヨイが出てくれて、部屋の中に入れてくれる。着替えたミッカを見たマヨイから「パジャマ姿もかわいい」と言ってもらえたので、ミッカは照れてしまった。
部屋に入ってきたミッカを、ダスクはやはり気に入らなさそうに低く唸って威嚇している。ミッカは屈んでダスクと目線を合わせると、買ってきたお土産を「じゃーん!」と言いながらダスクの目の前に出して見せた。ダスクは呆気にとられたように一瞬唸るのを止めて首を傾げたが、それから「ワン!」と一声鳴いた。まるで「それは何だ!」と聞いているような声だった。
「ダスク、ミツカがお前にお土産を買ってきてくれたんだと」
「ワフ……?」
「袋、私が開けてしまいますね」
ミッカがそう断って、ダスクの代わりに袋を開ける。すぐに遊べるように、会計の時にタグなどは予め外しておいてもらったので、袋から取り出すだけでよかった。ペットショップでミッカが選んだ、結び目のあるロープのおもちゃが出てくる。
「はい!ダスクさま、新しいおもちゃです!」
「……フンッ」
ダスクは興味無さそうにそっぽを向いたが、目線はそれが気になるとおもちゃを見ているようだったので、ミッカは嬉しくなってしまった。
「ウワンっ!」
ダスクは、それをよこせ!とでも言わんばかりに一声鳴くと、ミッカの手からおもちゃを口に咥えて奪い取り、それをブンブンと振り回した。
「わあ!遊んでくれてる!!」
ミッカはそれを見ただけで感激して、泣きそうになってしまった。ダスクはそれにハッと気が付いたような顔をして、おもちゃを口から離してポトリと床に置くと、フン、と小さく鼻を鳴らし、興味を失ったように体を伏せた。
「あらら……一瞬で興味が……」
ミッカはそのおもちゃを拾い上げて、ダスクの前で振って見せるが、もう一度ダスクの興味を引くことは叶わなかった。
「ダスク、せっかくミツカが買ってきてくれたんだ。もう少し遊んでみたらどうだ」
いつの間にかマヨイもミッカの隣で屈んでくれていて、ダスクにそう声を掛けてくれた。
「ちょっと貸してみてくれるか」
頷いたミッカからおもちゃを受け取ると、マヨイはそれを軽く放り投げてみた。
「取ってこい」
「グルル……」
ダスクは面倒くさそうに唸ったが、それでもマヨイの言葉に従って、おもちゃを口に咥えて拾い上げると、そのままマヨイの前にやってきた。
「よしよし」
ダスクからおもちゃを受け取って、頭を撫でてやる。
「ダスクさま、賢い!」
ミッカがパチパチと拍手をすると、ダスクは上を向いて、またフンッ!と鼻を鳴らした。
それからまた、おもちゃを投げては取ってきてもらったり、引っ張り合いをしたりと、マヨイとダスクが新しいおもちゃで遊んでいるのをミッカは見ているだけになったが、それだけでも十分心が満たされた。新しいおもちゃでダスクが楽しそうに遊んでくれるのが、一番嬉しい。やっぱりダスクさまってかわいい!と、ミッカは目を輝かせていた。
途中で、マヨイに「君が買ってくれたものなのに、俺とばかり遊ばせていてすまない」と謝られたが、ミッカは首と手をブンブンと振って見せた。
「全然構いません!ダスクさまが楽しいなら、私はそれだけでいいんです!満足です!」
「そうか。ありがとう。ダスクに代わって礼を言うよ」
「どういたしまして!」
ミッカはもう少しその様子を見ていたかったが、今度こそ本当にダスクが飽きてしまったようで、マヨイがどうやっても、もう何も反応しなくなってしまった。
「ダスクさま、遊んでいるところを見せてくださってありがとうございました!よかったらそのおもちゃでこれからも遊んでくださいね!ボロボロにしてしまうまで!」
明るい声でそうダスクに話し掛けてみるが、ダスクは完全に興味を失ったように、ミッカのことをまるっきり無視した。ミッカは苦笑するが、やはりこのかわいい子は決して憎めない。
「それではマヨイ様、私そろそろ……」
と、立ち上がりながらここまで言い掛けて、ミッカは口に手を添えながら、思わず大きなあくびをしてしまった。おもちゃを置くと、マヨイも立ち上がった。
「ああ。もう就寝した方がいい。俺はまだやることがあるからもう少し起きてるけど。明日はダーナが来るまで寝てても構わないよ」
「そんなに朝寝坊してもよろしいのですか!?」
驚いたミッカは、思わず声を上げてしまった。ミッカと同じようにウトウトしていたダスクがビクッと体を揺らして目を覚まし、文句でも言いたげに不機嫌な顔で一声鳴いた。ミッカはそれに気が付いて謝る。
「ああ、まあ……別に、構わないよ。無理して朝起きる必要は無い。だんだん寝る時間をずらしていって、夜でも眠くならないようになってほしいしな」
「あ……お仕事するのに不都合がありますもんね……分かりました!」
「それでも最初の内は、体内時計が正確に働いて目を覚ましてしまうかもしれないが。徐々にでいいから、狂わせていってくれ」
「はい!マヨイ様と一緒に、早くお仕事したいですから!」
「焦る必要は無いけどな」
そう言って、マヨイはミッカの頭を撫でてくれた。ミッカは嬉しそうに、気持ち良さそうに目を細める。
「おやすみ、ミツカ」
「おやすみなさい、マヨイ様、ダスクさま」
ドアの前でおやすみの挨拶をして、ミッカはすぐ隣の自分の部屋へと戻った。
その夜ミッカは、バッグから取り出したみーちゃんと一緒に寝ることにした。その顔をじっと見詰めてから、愛しげにギュッと胸に抱き締めると、ミッカの隣に寝かせて布団も掛けてあげた。みーちゃんにもおやすみの挨拶をして、その小さな手と手を繋ぎながら、ミッカは心地よい疲労感と共に、幸せな気持ちで目を閉じた。
あなたは運命の人 〜私、ヒーラーなのに運命の相手は回復魔法が苦手のようです!?〜 三柴ミナミ @mishiba348
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