第13話:レストランでの食事

レストランには、予約した時間までに余裕をもって来店することができたようだ。店内に入ると、帽子を脱いだマヨイの顔を見ただけで、ご予約のお客様ですね、とすぐにウェイターが席まで案内してくれた。先程ドレスを買ったブランド店と同様、ここでもマヨイは常連客として丁重に扱われているらしい。

こんなにも、外装も内装も見るからに高級そうな飲食店には一度も来たことが無くて、ミッカはまたクラクラと目眩がするような気分になっていた。そもそもミッカは、外食をしたこと自体ほとんど無かったのだが。

案内された席に着いて、メニューを受け取る。眼鏡を掛けていないから、顔を近付けないと小さな字が見えにくい。見兼ねたマヨイが、ミッカからメニューを受け取って代わりに読んでくれた。

「コース料理を予約してるんだが。ミツカは、肉と魚ならどっちを食べたい?」

「ええと……うーん……お、お魚……でしょうか……?」

「魚か、それなら……」

マヨイが、本日の魚料理を読み上げてくれたが、ミッカにはほとんどよく分からなかった。初めて聞く食材や調理法ばかりだったからだ。その中で、何とかミッカでも知ってる食材の名前が出てきたので、それを選んだ。

「前菜は肉、魚介、野菜から選べる」

「じゃあ、お肉で……」

「デザートは……」

また読み上げてもらうが、やはりあまりよく分からない。その中で、季節のフルーツタルト、だけはかろうじて聞き取れたので、それを選んだ。

「飲み物は?酒は飲みたいか?」

成人しているとはいえ、ミッカはまだお酒は一度も口にしたことが無かった。少しだけ試してみたい気持ちも無いことも無かったが、こんな場で初めて試して失敗する訳にもいかないので、ミッカは首を横に振った。

「マヨイ様は、飲まれるのですか?お酒」

「飲まない。好きじゃない」

「そうなのですか」

「俺は水にするけど」

「では私もそれでお願いします」

「うん。食後にコーヒーか紅茶が選べるそうだ」

こんな夜中にコーヒーを飲んだら、眠れなくなってしまうかもしれない。そう思ったミッカは、ミルク入りの紅茶を選んだ。

「決まったな」

全てのメニューが決まり、マヨイがウェイターを呼んで注文する。どうやらマヨイは肉料理にするらしい。

「買い物、お疲れ様。長いことお預け状態で、腹が減ったんじゃないか」

「……あ!」

そうです!と言わんばかりに、ミッカの代わりにお腹がくぅぅー……っと細く鳴った。ミッカは顔を赤くして、慌ててお腹を両手で押さえる。

「でも、あの!初めてのことだらけで緊張していましたから!空腹も……今この場で言われるまで、気が付きませんでした。忘れておりました……」

「そうか。夕食は抜いたが、軽く食べさせておけばよかったな」

「マヨイ様だって同じでしょう?私のお買い物なのに、お付き合い頂いたからこんな時間までご飯が食べられなくて……」

「俺は元々そんなに多く食べないから構わない」

「マヨイ様、少食なのですね……」

そういえば、マヨイと会食をするのはこれが初めてな気がする。ミッカが食事をする時に手伝ってもらったことはあるが、マヨイが食事する場面はまだ見たことが無い。だから、マヨイが少食だということも今初めて知った。かなりの偏食家であるということは、ダーナから聞いていたが。

注文してからすぐに、ウェイターが最初の料理を持ってきてくれた。グラスに水も注いでくれる。前菜よりも前に出てくる、アミューズという料理のようだ。美しく繊細な盛り付けに、ミッカの心が躍った。目を閉じながら、手の上に手を被せるように合わせて、簡易的な短いお祈りを済ませる。一口サイズの料理が匙に盛られていたので、そのまま口に運んで、味わって食べた。とても美味しくて、そして、どうしても物足りない。この空腹に、たった一口だけでは。お腹よ、頼むからもう鳴かないで、と祈りながら俯き、それから顔を上げると、ミッカはマヨイに微笑んだ。

「とても美味しいです」

「よかった。物足りないだろうが、これからもっと出てくるから」

とても足りないです、と顔に書いてあるのがバレてしまったのか。ミッカはそう思って少し焦ったが、マヨイもミッカと似たような表情をしていることに気が付いて、きっとこの人も同じことを考えていたんじゃないかと思うと、少し気が楽になった。

「ミツカ、ナイフとフォークは使えるのか?」

それに気付いたのか、マヨイは慌てて表情を戻して、ミッカにそう尋ねてみた。

「はい!修道院でも使っていましたから!テーブルマナーについても、本で読んだことがありますので……実践する機会は、ほとんど無かったですけど……」

「そうか。なら心配いらないな」

こうは言っているが、マヨイは元々、ミッカがテーブルマナーについて困らない程度の知識は持っていることを知っていたんじゃないか、と思ってしまった。そうでなければ、いきなりこんな高級店に連れて来てもらえるだろうか?ミッカには分不相応過ぎて、そんな余計なことまで考えてしまいそうになる。

「テーブルマナーが心配だったら、俺が教えてたよ」

「わあ!ありがとうございます!それも素敵ですね」

「まあ、そうなったら余計な手間と時間が掛かったろうから、知っててくれたのはありがたい」

ミッカは微笑んでそれに返した。余計な手間と時間を掛けたくないということは、結局マヨイも、お腹が空いているのだろうと思う。そう考えるとちょっと面白かった。

ウェイターが、待望の次の料理を運んできた。


出てきた料理を全て食べ終えて、ふたりは食後のお茶を味わっていた。ミッカが口にしているのはとても良い香りがする紅茶で、ミルクを入れたことで口当たりも柔らかくマイルドになり、飲みやすい。最初から最後まで、何もかもがとても美味しかった。また一口紅茶を飲んで、ミッカが満足そうに深いため息をつく。

「お腹はいっぱいになったか?」

「はい!大満足です!丁度よい盛り付けでした!」

アミューズを口にした時は、この後の料理で足りるかどうか少し不安になったものだが、とんでもない。出てきた料理は全て完食したいミッカだが、全てを食べ終えた時、確かな満足感と満腹感で、心が豊かになるような感覚すら味わうことが出来た。お腹はいっぱいなのに、苦しくない。きっとミッカにとっての適量だったのだろう。そして何より、何よりも、味が最高だった。最高の食材に、そのポテンシャルを最大限まで引き出す調理法。味付けや火の通し具合もギリギリを見極められていた。素晴らしい料理とは、ここまで人を感動させることが出来るのかと驚いた程だ。メインディッシュやデザートなどは、初めてのひとくちを食べた時、つい涙が出そうになってしまった。あまりにも美味しかったから。

「美味しかった……です……とても……!とっても……!!」

ミッカはその一言に、どれだけ美味しかったかを全て詰め込むように、自らの胸の前で手で手を覆い被せるように握って力説した。

「ああ。何よりだ。食べてる間の君の表情が顕著に物語ってたよ」

「え!お恥ずかしい!」

ミッカはさっと赤く染まった頬を両手で隠す。

マヨイは、ミッカと比べてかなりの早食いだった。ミッカが人よりも食べるのが遅いというのもあるが、それを考えても食べるのがかなり早い気がした。所作に粗野な点は無く、むしろ上品にも見えるのだが、なのに皿の上から料理が消えるスピードが速い。初めてそれに気が付いた時、ミッカは驚いてしまった。ミッカはゆっくりと味わって食べるタイプなので、コース料理の最初の方は「食べるのが遅くてごめんなさい……」と萎縮していたが、「俺のことは気にしなくていいから、存分に味わって食べるといい」と言ってもらえたので、メインディッシュが出てくる頃には食事に集中することにして、本当に気にしないことにした。

「君はとても美味しそうに食べるから、見ていて面白い」

「お、面白いってなんですか!?」

「いや……興味深いとか、楽しそうでこっちまで嬉しくなるとか……そういう意味だ。誤解しないでくれ」

「うう……そうなんですか……?」

「君と一緒に食事出来てよかった。また一緒に、何か食べよう。君さえよければ」

「い、いいんですか……?私、食べるの遅いし……一緒に食事したら、またきっとマヨイ様のこと、お待たせしてしまいますよ……?」

「構わない。その時は、君のことを見ている」

「ひぇっ!?」

ミッカの目を正面から見ながら、真面目な顔でそんなことを言われたので、ミッカは思わず変な声を上げてしまった。さっきから頬は赤いままで、更に困ったように眉尻が下がってしまう。

「ん……見られていると食べにくいタイプだったか、君は」

「いえ!大丈夫です、食べてる間は集中してますから、他のこと気になりません!」

「そうか、よかった。君が食べてるところを見ていていいのなら、待っていても退屈しない」

もしかしたら、食べるのが遅い自分を気遣ってこう言ってくれているのかもしれないが、それでもマヨイが嘘をついているような様子は感じられなかった。きっと本心でこう言ってもらえている。ミッカの心が救われるような、そんな気がした。

「あの、それならじゃあ……また、ごちそうを食べに……私をどこかに、連れて行ってくださいますか……?」

「もちろん。いろいろな料理を、君に食べさせてみたくなったよ」

「私、大体なんでも食べますよ!」

「ああ。なんでも食べに行こう」

「嬉しいです!ありがとうございます、マヨイ様!」

ミッカは微笑んで、マヨイは真顔のまま頷いて見せて、それからしばらくふたりで見詰め合っていると、そのタイミングでウェイターがやってきて「シェフからご挨拶がしたい、と」と声を掛けられた。マヨイはそれを了承する。

「ミツカは、直接礼が言いたいんじゃないかと思って」

マヨイには何でもお見通しなんだなあ、とミッカは改めて思った。今日のこの素晴らしい料理の数々を作った人に、心からの賛辞と礼を述べたい。一口食べるごとに感動しながら、ミッカはそう考えていたからだ。

間もなくシェフがやって来た。料理長の証である、一際目立つ長いコック帽を被っている。恰幅のいい壮年の男性で、人当たりの良さそうな笑顔が印象的だった。話し掛けやすそうな雰囲気が少しダーナに似ているかも、と何となくミッカは思った。まずはシェフが一言二言挨拶をしてくれて、その後でミッカは、このメニューのここが素晴らしかった、とかいつまんで伝えてから、とても美味しかったです、感動して思わず泣きそうになってしまいました。素晴らしい体験をありがとうございました!と、深々とお辞儀をした。マヨイは黙ったまま、軽く頭を下げただけだった。ここまでの賛辞をわざわざ言葉にして伝えてくれるお客さんは少ないようで、それを聞いたシェフも少し目を潤ませて、唇を震わせていた気がする。最後に握手をしてもらって、ミッカはシェフの手を両手で包み込むように握ると、にっこりと微笑んで見せた。


会計を済ませてからふたり一緒に店を出ると、少しだけひんやりとした外の空気が、しばらく熱を持ったままの頬を撫でてくれるようで心地よかった。

「買い忘れたものは無いか?」

「えーと、はい!恐らく大丈夫かと!」

ダーナさんとダスクさまへのお土産も買ったし、みーちゃんとも出会えた。ミッカは大切そうにハンドバッグを胸に抱えて、マヨイに頷いた。

「それじゃ、帰ろうか。帰りも当然、瞬間移動の魔法を使うから」

「はい!分かりました!」

レストランから少し離れて人通りの少ない場所まで来ると、マヨイがミッカに片手を差し出してくれた。ミッカは隣に並んで、その手に手を乗せて、握る。マヨイもすぐに握り返してくれた。少しだけ強い力で。

「移動が終わるまで、この手は絶対に離さないように。手荷物も同様に、絶対に手放すなよ」

「はい!あの、今度は目を開けてても大丈夫でしょうか……?」

「ああ。開けてても何が起きてるのか分からないだろうけど、それでもいいなら大丈夫だよ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、帰ろう。……俺達の家へ」

俺達の家、と言ってもらえて、ミッカは内心、こっそりと喜んでいた。もうあの家は、私の帰る場所なのだと言ってもらえたようで。嬉しかった。

ミッカが頷いたことを確認して、マヨイが瞬間移動の呪文を唱える。

今まで街の中にいたはずだが、まばたきをしたように一瞬の暗転を挟むと、それだけで、ふたりはマヨイの家のリビングに到着していた。体が動く感じや、浮遊感なども特に感じなかった。本当に、目を開けていても何が起きたのかよく分からなかった。だけどとにかく、ふたりは帰宅したのだ。

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