第11話:みーちゃん

リビングに姿を見せたマヨイは、体に合った細身でオシャレなスーツを身に纏い、黒い帽子を被っていた。黒と白のモノトーンコーデに、差し色に深い赤が使われていて、マヨイによく似合っているとミッカは思った。センスが良い。

「あーら!若様、その格好も素敵じゃないのぉ!」

「どうも。……待たせたか、すまない」

ダーナに軽く頭を下げると、マヨイはソファの方に来て、ミッカが座っている場所の隣に並んで腰掛けた。

「いえ……大丈夫です!本を読んで待っていましたから!」

「そうか」

マヨイの表情が柔らかくなって、ミッカは慌てて下を向いた。本に栞を挟んで閉じると、ローテーブルに置いた。

「あの……帽子……」

「ん?」

「その帽子、とてもよく似合ってますね」

「ああ……ありがとう。大切にしてるものだから、そう言ってもらえて嬉しい」

このオシャレな帽子は、スーツにも合うが、きっとカジュアルな格好にも似合うと思う。特別気に入っているのだろう、年季が入っていて、それがまた良い風合いを出している。

「古くなる度に、同じものを探して買い直していてね……」

マヨイが少し、遠い目をしていることにミッカは気が付いて、小首を傾げる。古くなる度、という表現を使うには、マヨイはいささか歳が若過ぎるのでは?と考えてしまった。でも、それだけ気に入って何度も買い直しているのなら、もしかしたらそんな表現も出てくるのかもしれない。そんなミッカの様子に気が付くと、マヨイは遠い目をやめてミッカに微笑んで見せた。ミッカの考え事など、それだけで簡単に吹っ飛んでしまう。

「そうだ、ミツカ。出掛ける前に、念の為に確認したいんだが」

「はい、なんでしょう?」

「今、ミツカは就職先と新しく住む場所を探している期間だから修道院に帰らなくてもいいと言っていたが、それはいつまでだ?もうずっとそうなのか?」

「あ!えーと……ちょっと待ってください!」

尋ねられて、ミッカは自分のポーチから手帳を取り出し、日程を確認する。

「この日!この日に、修道院でお世話になった方々にお別れのご挨拶をさせて頂ける式典があるのです!これは全員参加で、私ももちろん参加するつもりでいます!で、この日が修道院にいられる最後の日となりまして、この日を過ぎたら修道院に残る者以外は出て行かないといけなくなるのです」

「なるほど」

「逆に言えば、この日までは修道院への出入りは自由で……もちろん門限はありますけども。修道院で過ごしてもいいし、他で過ごしても大丈夫なんです。で、この日を過ぎたら、もう修道院には帰ることは出来なくなります」

「分かった。ミツカは、もう俺の家で暮らすことを決めてくれた、ということで構わないんだったな?」

「はい!マヨイ様さえよろしければ、是非!」

「ああ、もちろん」

「あーら!ミッカちゃん、これからずっとこのお家に住むの!?若様と一緒に!?」

「言ってなかったか」

「初耳ですよぉ!完治して、体調が万全になるまでの間の話だと思ってたものぉ!まあまあ!そーなのぉ!?あらまーあ!素敵ねぇ!ミッカちゃんいい子だから、私も嬉しいわぁ!」

ダーナは大げさなくらい驚いて見せて、そして喜んでくれた。歓迎してもらえて心が温かくなったミッカは、微笑んで礼を言う。ダーナは心の中でこっそりと、展開が早過ぎない!?もう同棲までしちゃうのね!?あらあらまあまあ!!若様も決断と行動が早いわね〜!!なんてとても驚いていたので、大げさに驚いて見せたのも決して嘘や演技では無かった。

「ミツカには、俺の仕事を手伝ってもらうことにした。夜中に行動することが多いから、住み込みで働いてもらうことにしたんだ」

「あ、ああ……ああ、なるほど!そうでしたの!住み込みでねぇ!?」

住み込みでも何でも、同棲することには変わりないわよね!とダーナは考えた。

「就職先も新しく住む場所も見付からなくて困ってたら、マヨイ様がそうご提案してくださったんです!とっても助かりました!」

「よかったわねぇ!お仕事頑張ってねぇ!」

「はい!」

やる気に満ち溢れた様子で返事するミッカを、ダーナは微笑ましく思いながら頷いた。

「話を戻すが、今まで住んでいた修道院に置いてある私物は多いのか?この家に引っ越すことになったら、業者に頼んだ方がいいか?」

「いえ!全く必要ありません!私物なんて全然ありませんから!このくらいの大きさのカバンがあれば、全部入ると思います!」

「そんなに少ないのぉ!?あらまぁ、びっくりだわぁ!」

カバンの大きさを手で示したら、マヨイの代わりにダーナが驚いてくれた。1泊2日分の旅行カバンと同じくらいの大きさだ。

「家具は全て備え付けでひとつも持っていませんし、修道服も寝間着も読みたい本も全て貸し出してもらってましたから……私物といえば、着るものがほんの少しと、文房具と、あと……あとは……何かあったかしら?」

「ミッカちゃん……!」

話を聞いていたダーナは、思わず目を潤ませてしまった。これまでそんなにも苦労してきたのね、なんて勝手な想像をしてしまったからだ。

「ですから、業者さんに頼む必要なんて全然ありません!何でしたら、式典の日にカバンに詰め込んで全部持ち出せば、それだけで済んでしまいます!」

「そうか……そのくらいの旅行カバンなら持ってるから、それでよければ貸すけど」

「ありがたいです!お借り致します!」

「うん。……では、この式典の日だけ修道院に戻るとして、他はずっとこの家で過ごすということで構わないのか?」

「はい!それで大丈夫です!」

「分かった。それなら、生活する上で必要なものもまとめて買い揃えてしまおう」

「ありがとうございます!……あの、私……」

「ん?」

「……本当に、あの……お金を、持ってなくて……」

「いらない。全部俺が出すから」

「あの、でも!やっぱりそんな!悪いです!」

「奢られてばかりで心苦しいというのであれば、これから一緒に働いて、少しずつ返していってもらえればそれで構わない。君の給金は、その辺を考慮して予め少し減らしてある。これ以上は気にしなくていい」

「わ、分かりました……!マヨイ様のご好意に、甘えさせて頂こうと思います……!」

「ああ」

「ミッカちゃん!お買い物に行って欲しいものが見付かったら、何でも若様におねだりしてみるのよぉ!小さな旅行カバンなんかじゃ全然足りなくなるくらい、ミッカちゃんの私物を増やしてあげてねぇ、若様ぁ!」

ダーナはまだ瞳を潤ませながら、ミッカとマヨイにそう言った。ミッカは思わず苦笑しながら、マヨイはその勢いに気圧されて少し引きながら、ふたりとも頷いた。


「さあ、そろそろ出発しようか。準備は?」

「バッチリよ、ねぇ!ミッカちゃん!」

代わりにダーナが返事をしてくれて、それにミッカもコクコクと何度も頷く。準備にはダーナにもたくさん手伝ってもらったから、代わりに返事してもらってもおかしくない。ダーナは改めてミッカの全身をチェックして、それからあることに気が付いた。

「ちょっと待ってミッカちゃん、その眼鏡は掛けたままで行くの?」

「え?ああ……そのつもりでした」

「本を読む時以外は無くてもそんなに困らないんでしょう?今日の格好にその眼鏡はちょーっとだけ合わないかもしれないわぁ、外して行ったら?」

「えっと……はい!分かりました!」

ミッカは、整えた髪型が崩れないように細心の注意を払いながら眼鏡を外すと、テンプルをたたんでケースにしまい、ローテーブルの上の本の隣に置いた。

「ウン!やっぱり眼鏡は無い方が、その格好には合ってる気がするわ!その本と眼鏡が入ってるケース、後でミッカちゃんのお部屋に戻しといてあげるわね」

「助かります!」

「それじゃ、若様達が出発して、アタシももう少しいろいろ片付けたら、今日はお暇させてもらいますからね!ミッカちゃん、楽しんできなさいね!」

「ありがとうございます、ダーナさん!」

「お疲れ様」

「はーい!じゃあねー!」

挨拶を交わして、ダーナはひらひらと手を振ると、鼻歌混じりにまたキッチンへと向かった。料理の途中で手を止めてくれていたのだろう。

「……ミツカ、手を」

おもむろに、マヨイがミッカに向かって片手を差し伸べる。握手を求められているのかと思い、ミッカはマヨイと同じ方の手を出そうとした。

「手が逆だ。俺の隣に並んで、こっち側の手を出してくれ」

「あっ!失礼しました!」

どうやら握手ではなかったらしい。言われた通りにマヨイの横に移動すると、今度はもう片方の手を、マヨイの手の上にそっと乗せた。マヨイの手がミッカの手を包むように閉じて、少しだけ強い力で、握る。ミッカも反射的に、同じような力で握り返した。ミッカにとって、マヨイの温かな手と手を繋ぐことは安心出来ることであり、照れによる抵抗感などは全く無い。

「今から瞬間移動の魔法を使う。移動が終わるまで、絶対にこの手を離さないでくれ」

「わ、分かりました!」

真面目な顔でそう釘を刺されて、ミッカも素直に頷く。もし万が一この手を離してしまったら、何か大変なことが起きるに違いないということは、マヨイが手を握る力の強さだとか、マヨイの表情や声音から、容易に想像出来ることだった。胸がドキドキと鳴り始めて、ミッカは急に緊張してきてしまう。

「大丈夫、そんなに身構えなくても一瞬で済む。怖かったら目を瞑っていてもいい」

「ありがとうございます、マヨイ様」

おそらく瞬間移動の魔法は初めてなのであろうミッカに、マヨイが気遣ってそう声を掛けてくれているのが分かって、ミッカは嬉しくなった。言われた通りにそっと目を閉じて、繋いだ手に少しだけ力を込める。マヨイも握り返してくれて、ミッカの心を落ち着かせてくれた。

マヨイが瞬間移動の呪文を唱える。目を閉じていたミッカには何が起きたのかよく分からなかったが、呪文を唱えた一瞬の後に、マヨイからの「着いたぞ」の声を聞いて、ミッカは恐る恐る目を開けてみた。少しだけひんやりとした、夜の外気が頬を撫でる。

「……わぁ……!!」

日が沈み、辺りはすっかり暗くなっていたが、それを感じさせないほどに明るく賑やかな街がミッカの目の前に広がっていた。今の今までマヨイの家にいたはずだが、本当に一瞬で移動してきたようだ。マヨイと手を繋いだまま、思わず辺りをキョロキョロと見回してしまう。夜の暗さに、街の明るさが眩しくて美しい。ここは街の入口付近のようだ。

「夜でも眠らない街、ラーズメイ。ここなら夜でも買い物出来る」

「すごい……」

瞬間移動の魔法も、それが使えるマヨイも、この賑やかな街も、全てすごい。目を丸くしたままでいるミッカの顔を見て、マヨイは楽しそうに微笑んだ。

「人通りが多いから、しばらく手を繋いだままでいよう。はぐれないように」

「分かりました!お願いします!」

「ああ」

子供を相手にした時のようなことを言われても、ミッカは特に気にしない。むしろ手を離さないでいてもらえてありがたかった。こんなに賑やかな街でもし迷子になってしまったら、と想像するだけでゾッとする。もしかしたら家に帰れなくなるかもしれない。

「食事の前に買い物しよう。どの店から行こうか」

「あの……お任せします!」

「分かった。じゃあ近い店から順に見て行くか」

「はい!」


ふたりは手を繋いだまま、マヨイが少しだけ先を歩き、ミッカがそれに続く。ミッカはこの街の名前を初めて聞いた。当然、来るのも初めてだ。いつも自分が過ごしているあの小さな町とどれくらい離れた場所なのか、見当もつかない。

街の中にはいろんな店が並んでいて、夜なのにどこも開いたまま、まだまだ閉店する気配は無かった。夜でも眠らない街というのは伊達じゃないようだ。ウィンドウに飾られた様々な品物を眺めているだけでもとても楽しい。ワクワクする。


マヨイは、まずは雑貨屋に入った。ミッカに足りない生活必需品を揃える為だ。買うものやそれが置いてある場所はマヨイがほとんど把握していて、ミッカはそれについて行くだけでよかった。複数の種類があるものは、ミッカに色や柄などを選ばせてくれて、ミッカはそれが嬉しかった。ミッカは緑色が好きだったから、選ぶものも自然と緑色のものが多くなっていく。マヨイはそんなミッカを見ていた。


雑貨屋での買い物を終えて、店を出る。購入した数々の品物は、マヨイの家まで届けてもらえるらしい。買い物を終えてもマヨイもミッカも手ぶらなままでいられて、店を出てからマヨイは、また自然な流れでミッカと手を繋いでくれた。

次は服屋に向かうらしい。しかしその移動の途中で、ミッカは思わず足を止めてしまった。すぐに気付いたマヨイが、ミッカの隣に並ぶ。

「何を見てる?」

マヨイが、ミッカの視線の先を追う。本屋かと思ったが、そこはおもちゃ屋だった。ミッカは、何故かよく分からないけど、この店に心惹かれて仕方がなかった。中にいる誰かに呼ばれているような気さえする。ウィンドウの中に展示されているのは、おもちゃや模型、ぬいぐるみにお人形。そんな夢の中のような、カラフルで、見ているだけでワクワクする楽しそうなディスプレイに興味を持ったのかもしれない。

「少し見ていこうか」

「よろしいのですか!?」

「ああ」

マヨイの提案に、ミッカは目を輝かせて身を乗り出す。もしダスクみたいなしっぽがついてたら、ちぎれんばかりにブンブン振っているんじゃないかとイメージしてしまうような。そんな高揚した顔をしていた。こんな顔を見てしまったら、誰が断れるというのか。


おもちゃ屋の中に入ると、ウィンドウで飾られていたおもちゃ達の何倍もの種類や品数の商品が、所狭しと並べられていた。ミッカは興味深そうに棚のひとつひとつを見ていったが、ある棚の前でまた足を止めた。そこには種類もサイズも様々な動物のぬいぐるみがたくさん置いてあり、ミッカは屈んで、その中のひとつを手に取った。視線はずっと一点に集中している。全体的に茶色くて、目の周りと太いしっぽの先が黒い、もふもふとしたタヌキのぬいぐるみで、手のひらに乗るくらいの小さめのサイズだった。

「…………」

ミッカはそのぬいぐるみを見詰めたまましばらく黙っていたが、それから隣にいるマヨイを見上げて、「マヨイ様……!」と助けを求めるような声で名前を呼んだ。

「どうしましょう……この子と……この子と、目が合ってしまいました!一緒に……一緒についていきたいって……!この子の目が、そう訴えかけてきているような……!」

「それはもう、君が保護してやるのが一番なんじゃないか。買っていこう」

「い、いいのですか……!?本当に……!?」

「もちろん。こいつは君に必要なものだろうから」

「私に、必要……?でも……」

ぬいぐるみですよ?とミッカは続けるつもりでいたが、マヨイは首を振ってくれた。

「本当は君がこいつを必要としてるから、こいつの目が君に何か訴えかけるような気がするんだ、きっと。ここで買わなかったら、きっと君は後悔する。買おう」

「マヨイ様……!ありがとう、ございます……!」

ミッカは嬉しくて嬉しくて、目が潤むのを感じた。一旦マヨイに手渡して、会計をしてもらう。家まで届けてもらうことも出来たが、ミッカは持ち帰ることを選んだ。


おもちゃ屋の外に出て、袋の中からぬいぐるみを出して、ミッカは改めてそのぬいぐるみの顔をじっと見詰めた後、おもむろにギュッと胸に抱き締めた。もふもふと柔らかく、温かさを感じるようなふかふかな抱き心地。幸せな気持ちが心の底から溢れてくる。このぬいぐるみが、とても愛しい。愛しくてたまらない。

「かわいい……。本当にありがとうございます、マヨイ様!」

「ああ」

ミッカはまたぬいぐるみの顔を見詰めた。ぬいぐるみを少し傾けて、ミッカも同じように小首を傾げた後、納得したようにうんと頷いた。

「みーちゃんって顔してる…この子の名前はみーちゃんにします!みーちゃん!」

それを見て聞いていたマヨイは、クスッと、面白そうに小さく笑った。

「ああ、いいんじゃないか」

「みーちゃん、マヨイ様だよ!マヨイ様、みーちゃんです!これからよろしくお願いしますね!」

「よろしく。……そいつ、ダスクに見付からないように、なるべく自分の部屋から出さないようにした方がいいだろうな」

「ダスクさまにですか?どうして?」

「ぬいぐるみに噛み付いて、ボロボロにするのが大好きだからな、あいつは」

それを聞いたミッカは、みーちゃんの気持ちが分かるかのように顔を青ざめさせた。背筋が凍るのを感じる。

「き、気を付けます……」

「うん。……さて、じゃあ服屋に行くか」


服屋と一口に言っても、多種多様な店が、この街には揃っていた。ファッションに疎いミッカですらその名を聞いたことがあるような一流ブランド品店から、シックな店、カジュアルな店、レースとフリルをたくさん使ったガーリーな服ばかり置いてある店、実用性重視の店、薄利多売を主としたリーズナブルな価格帯のチェーン店まで、ありとあらゆる店が網羅されているようだった。元々私服を着る機会があまり無く、それ故に服に興味を持ってこなかったミッカにとって、その種類の豊富さに目が回るような気分になってしまった。果たしてこの数多くの店の中から、自分に合った服が本当に見付かるのかどうか?ミッカは不安になってきてしまった。縋り付くようにマヨイの腕にくっついて身を寄せ、その顔を心配そうに上目遣いで見た。

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