第10話:お出掛けの支度

ミッカは、今度はダーナが来るまで目を覚まさずに仮眠を取れた。部屋をノックする音で目を覚まして、慌てて髪をひとつに結び、ベッドから出て迎えると、ダーナはミッカの体が自由に動くようになったことをとても喜んでくれた。一緒に昼食を準備して食べながら、今夜はマヨイとのお出掛けで外食をするのでふたりとも夕食はいらないこと、朝食が美味しかったこととそのお礼、家事について教えてほしいことなどを伝えた。それを笑顔で聞いていたダーナは、若様とミッカちゃんがふたりでお出掛けして食事してくるんですって!?つまりは……おデートね!?なんてこっそりと心を弾ませた。

昼食を食べ終えて片付けると、午後は家事のやり方をダーナから習い、手伝いながら過ごした。料理も掃除も洗濯も、修道院でずっとやってきたミッカにとっては慣れたもので、少し習っただけで出来るようになることが多かった。

日が傾いてきた頃、今日の家事はもういいわよ、お疲れ様!とダーナが声を掛けて、ミッカは手を止めた。お掃除して汚れちゃったんじゃない?お風呂入りなさいな!と、ダーナがバスタブにお湯を張ってくれたので、ミッカはお言葉に甘えて入浴することにした。修道院では共同の大浴場に入っていたので、個人用のお風呂なんて贅沢だなあ、なんて考えながら服を脱いだ。浴室もやはり広々としていて、バスタブも足を伸ばして入っても余裕があるほど大きいものだった。掛け湯をしてから入ってみると、張ってあるお湯は適温で、良い香りのする入浴剤が溶かしてあり、ダーナの気遣いが感じられて嬉しくなった。入浴の途中で、ダーナが脱衣所から、着替えを持ってきたから、お風呂上がったらこれを着なさいね、と声を掛けてくれたので返事をした。

入浴を終えて脱衣所に行くと、ダーナが用意してくれたタオルと着替えが分かりやすく置いてある代わりに、今まで着ていた服と下着は片付けられていた。

(かわいいよそ行き用のワンピース……と、……かわいい、下着?)

肌触りの良いタオルで体を拭きながら、そういえば、お出掛けする時に着るといいわよ、と言われたことを思い出す。服は着られれば何でも構わないミッカは、特に抵抗感も無くその下着を身につけた。

(……うん!かわいいかも!)

脱衣所にあった鏡で、その姿を確認する。似合うかどうかは自分ではよく分からなかったが、この下着がかわいいことだけはよく分かる。しかしこの上にワンピースを着てしまえば、この下着は完全に隠れてしまうのに……なんて、ミッカはつい考えてしまう。一体、自分以外の誰の目に触れるというのか。分からないことを考えていても仕方がない。下着姿のままで長くいると風邪を引いてしまうかもしれないので、ミッカは急いでワンピースに袖を通した。

「かわいい……!」

着ている自分ではなく、ワンピースがかわいい。とてもかわいい。かわいい服を着ると、こんなに気持ちが盛り上がるものなのだと、ミッカは初めて知った気がする。いつもは無地で地味な色の修道服を着ていて、私服を着る機会などほとんど無かったから。私服だって、修道服とよく似た無地のワンピースを選んできた。それが自分には一番似合っているのだと、そう思い込んでいた。それは多分、間違いではないと思う。しかしこの小花柄のとてもかわいい服も、きっと自分は着てみたかったのだと思う。似合うかどうかは自分じゃいまいちよく分からないが、だけどきっと、着てみたかったという気持ちだけは、自分の中の本当で、真実なのだと思う。


脱衣所を出てリビングへ向かうと、ダーナがお玉でお鍋をかき回しているところだった。良い匂いが漂っている。

「あーら!ミッカちゃん、お風呂出たのね!まあまあ!そのワンピース、よーく似合ってるわぁ!」

リビングのドアを開ける音でミッカに気が付いたダーナが、振り向いてそう声を掛けてくれた。憧れの服を似合ってると言われて、ミッカがくすぐったそうにはにかんで笑う。

「料理をしているんですか?あの、今日の夕飯は……」

「分かってるわよぉ!若様もミッカちゃんもいらないのよね!これはねぇ、明日の朝食のスープ!ミッカちゃん、朝食食べるでしょう?」

「ええ!?でもあの、私、朝食なら自分で用意出来ますから……明日からそうしようかと……」

「あーら!遠慮しなくていいのよぉ!ダーナさんのスープ、ミッカちゃん好きでしょお!?」

「好きです!!」

「まっ!あっははは!」

瞳を輝かせて、前のめりに肯定するミッカに、ダーナは思わず笑ってしまった。

「嬉しいわぁ、ミッカちゃん!はい、味見」

小皿に少量のスープを注ぎ入れ、ダーナはミッカに手渡した。ミッカはそれを受け取ると、期待した目で見詰めながらフーフーと息を吹き掛け、その後音を立てずにそれを飲んだ。甘みのある野菜で作られた、口当たりなめらかなポタージュスープで、またしてもミッカの目が輝く。

「美味しいです!とっても!」

「そーお!よかったわあ!じゃあスープはこれで完成!鍋の中身が傷みにくくなる、冷蔵の魔法が掛かった蓋をしておくから、明日の朝温め直して食べなさいね!いつもは夕食に出す分を多めに作って朝食にも、と思ってたのだけど、今日は夕食いらないって言うから……明日の朝と昼に、これを食べましょうね。朝の分を食べたら、忘れずに鍋に蓋をしといてちょうだい」

「分かりました!」

「さーて、ミッカちゃん!髪を乾かして、ついでにヘアメイクもしてあげる!」

「ヘアメイク……」

ミッカは聞き覚えのない言葉をオウム返しした。

「その服に合わせた、かわいい髪型にしてあげる!さぁさ、こっちいらっしゃい!」

ダーナの手招きに誘われるがままに、ミッカは一緒に脱衣所まで戻った。


ドライヤーで髪を乾かしてもらった後、ミッカはダーナに髪型を整えてもらっていた。サイドの髪を三つ編みにしてもらい、それを後ろでまとめて束ねる。後ろ髪はそのまま下ろして、清楚なお嬢様といった印象の髪型にしてくれた。手鏡を渡されて、それを見たミッカは目が釘付けになる。

「わあ…素敵!ありがとうございます、ダーナさん!ダーナさんって何でも出来るんですね!」

「あははは!何でもは無理よぉ!でもありがとね!この髪型、気に入ってくれた?」

「はい!もちろん!」

「よかったわあ!アタシがもっと若い頃、よくこんな髪型にしてたのよぉ!ミッカちゃんも似合ってて何よりね!」

ミッカは頷きながら、まだ手鏡の中の自分を見ていた。素敵な服を着て、髪型も整えてもらい、自分が自分じゃないみたいな特別感に心が弾む。胸がときめく。

そこに、閉まっていた脱衣所のドアが突然開いて、あくびをしながらパジャマ姿のマヨイが入ってきた。

「……ん、……あ?」

起き抜けでまだ寝ぼけているのか、マヨイはぼんやりとした顔と口調で、突っ立ったままでこの状況をよく飲み込めないでいるようだった。

「あーら、若様!お目覚めかしら?おはようございます!」

「あー……おはよう。使用中か。すまない、出てく……」

「いーえ、こっちの用は今済みましたから!こっちが出てきますよ!ほら、ミッカちゃん!見違えたでしょう?」

ミッカは照れてしまい、マヨイの顔をまともに見られなかったが、マヨイの方がダーナの後ろにいるミッカを覗き込んでよく見た。

「ああ……かわいいな」

ストレートな言葉で褒められて、ミッカは顔が熱くなるのを感じた。

「まっ!若様でもそんな風に人を褒めることがあるのねっ!よかったわねミッカちゃん!」

「……ありがとう、ございます……」

すっかり照れてしまったミッカは、頬を両手で抑えながら、蚊の鳴くような声で礼を述べた。ダーナは目を糸のように細めながら口角を上げて、若いっていいわぁ!初々しくて眩しいわねー!なんて考えていた。マヨイは特にそれ以上気に止める様子もなく洗面台に向かうと、顔を洗い始めた。

「ああ若様、ミッカちゃんにつける髪飾りなんかがあると良いと思うんですけどね?」

マヨイに新しいタオルを手渡しながら、ダーナがそう尋ねてみた。

「髪飾りか……ミツカの部屋にあるドレッサーの引き出しに入ってなかったか」

「開けていいんですか?」

「ミツカが使うなら、部屋の中のものは自由にしていい。ミツカにもそう言ってある」

ミッカは、そういえば部屋の奥にドレッサーがあったことを思い出した。今朝掃除道具を探した時に見掛けたが、引き出しがいくつもある大きなものだった。

「適当なものが見付からなかったら、今日買ってくるよ」

「あーら、それも素敵ねえ!まあとりあえず、ドレッサーの中を見てみますよ!」

そう言って、ダーナはミッカを連れて脱衣所を出ることにした。ミッカはマヨイにぺこりとお辞儀をした。

「ああ。こんな格好で失礼したな。俺もなるべくすぐに支度して出られるようにするから」

顔を洗って目が覚めたのだろうか。マヨイはさっきよりもしっかりした口調でそう言うと、脱衣所からふたりを見送ってからドアを閉めた。


ミッカの部屋にやって来たふたりはドレッサーの前に行くと、とりあえず1番上の引き出しを開けてみた。そこにはマヨイが言ったように髪飾りが数点と、他にも様々な装飾品がいくつか、綺麗に並べられていた。照明を反射してキラキラと光る石がついているものもあるが、その石が本物の宝石なのか、それともイミテーションなのかは、今のミッカには判断がつかない。しかしどちらにせよ、どれも美しいデザインだと思った。この装飾品のかつての持ち主とミッカは、もしかしたら似たようなセンスを持っているのかもしれない。

「そうねぇ…これとか似合うんじゃないかしら?」

ダーナが髪飾りのひとつを手に取り、ミッカの髪に近づけて合わせてみてくれた。

「ああ!やっぱり似合うわ!ミッカちゃんも、これでいいかしら?」

「はい!とっても綺麗!」

それは、繊細な花の形に彫られた台座に、真珠のような白く丸い玉の粒がはめ込まれた上品なデザインの髪飾りで、ミッカはひと目で気に入ってしまった。ダーナは笑って頷くと、ミッカに実際につけてみてくれた。

「ウン、いいわね!よーく似合ってるわよぉ!お買い物の時に買ってもらうのも素敵だったけど、その必要も無いかもねぇ?」

「そうですね……大切にお借りします、ありがとうございます」

ミッカは顔も知らない元の持ち主のドレッサーに向かって、深々とお辞儀をした。黙って拝借することは気が引けるからだ。それを見たダーナは、ミッカちゃんってちょっと変わってるけど丁寧ねぇ、なんて感心していた。

「そういえばミッカちゃん、バッグはどうするの?」

「あ!バッグ……私、ここに来るまでにポーチを身につけてたはずなんですけど……」

「ああ!ミッカちゃんのポーチなら、着替えさせた時に外して、ベッドサイドテーブルの引き出しに入れておいたわよ!ごめんなさいね、伝えるの忘れてたわ!」

「そうだったのですね、ありがとうございます!えーと……ここかな……」

言われた通り引き出しを開けると、見慣れたポーチがそのまま入っていた。ミッカはそれを取り出し、念の為中を確認した。最初から中身がほとんど入ってない小さなお財布に、ハンカチ、手帳、応急手当用の薬や包帯、ガーゼなど一式、その他細かい私物。森に入るまでの所持品と全て一致する。お財布の中身は、森に入る直前に食事代を支払ったのでほとんど入っておらず、確認するまでも無かった。薬やガーゼなど、少しだけ量が減っているものがあるが、欠けているものは無くて、ミッカはホッと胸を撫で下ろした。減っているものは、きっと失った記憶の辺りで、自分で使ったのだろう。よく覚えていないけども。

「全部入ってました!」

「そっ!よかったわぁ!」

ミッカはそのポーチを自分の腰に括りつけた。何年も使い古された、飾り気が無く実用性重視のそのポーチはもうすっかりクタクタだったが、丈夫な作りで、穴も空いておらず、まだまだ使える。もう少し頑張ってもらうね、と、つけ終えたミッカはそのポーチを軽く撫でた。

「忘れ物は無いかしら?」

「はい!持ち歩くものはポーチに入れっぱなしですから!」

「そっ!じゃあ後はリビングで、若様の支度が終わるのを待ってましょうかね!ああ、待ってる間に読む本を持って行ったら?どれくらい掛かるか分からないものねぇ」

「そうします!」

たとえ少ない時間でも読書が出来るのが嬉しいミッカは良い返事をすると、本棚からまだ読んだことのない本を適当に1冊取り出した。本を読むなら、と、ミッカは思い出したようにベッドサイドテーブルの上の眼鏡ケースも手に取って、ダーナと一緒にリビングに向かった。


リビングで、ダーナは翌日ミッカが食べる朝食を準備し始めた。スープ以外なら自分で準備出来ますよ……?とミッカは遠慮がちに申し出たが、夕飯作らないと暇なのよ!今日はアタシが作っとくから!ミッカちゃんはソファで本でも読んでくつろいでなさい!とダーナは笑って返してくれた。ミッカは素直に頷くと、そのご好意に甘えることにして、憧れだったふかふかのソファで読書することにした。ケースから眼鏡を取り出して、髪型が崩れないように慎重に掛ける。座り心地最高のソファでする読書は、案の定とても捗った。しばらくして、ダーナが温かい紅茶を持ってきてくれて、正に至れり尽くせりだった。


その紅茶を半分ほど口にしたところで、着替えやその他諸々の準備を終えたマヨイが、ようやく自室から出てリビングにやって来た。

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