第8話:理由と約束

「……君に、確認したいことがあったんだ」

ベッドの近くに転がっていたペット用のおもちゃのひとつを手に取り、ダスクに向かって遊ぼうと誘うように振ってみるが、そっぽを向かれて完全に無視されてしまい、ガックリと肩を落としているミッカを見詰めていたマヨイが、そう声を掛けた。

「はい、なんでしょう?」

「君は、夜の森へ行ったことは覚えているんだよな?どうしてそんなことをした?身を守る術を持たず、丸腰の君が夜の森へ入るなど、自殺行為に等しいと……今まで修道院の外へあまり出る機会が無かったとしても、それくらいはさすがに知っていただろう?」

「うっ……。……うう……はい、存じております……。修道院でも、危ない場所には決して近付かないようにと、散々言い聞かされて育ちましたから……」

「そうだろうな。この世界の常識だ」

「はい……」

ミッカは反省するように項垂れている。それは分かっていたけど、分かった上で、何か理由があってそうしたに違いないと、マヨイは察した。ダスクがマヨイのベッドにピョンと飛び乗って横になると、リラックスした表情でマヨイの膝に顔を乗せた。

「どうしてそんなことをしたんだと、そうやって叱りたくて君にこんなことを尋ねているんじゃない。ただ、その理由が知りたいだけなんだ。そこが分からないと、君はまたそんな無茶をするかもしれないから」

ダスクの頭を撫でながら、マヨイは、自分に出来る限りの穏やかな口調で、優しく諭すようにそう聞いてみた。ミッカが、今にも泣きそうな表情になってしまっていたから。

「……うう……。わ、分かりました、正直にお話します……」

ミッカは、後ろめたそうに軽く顔を背けている。マヨイが頷いて、先を促す。ダスクの耳が、ピクピクと動いている。

「こ、子猫が……」

「猫?」

「はい……。子猫が、小さいコウモリ達に……いじめられてるのを、見てしまったのです……」

それからミッカは、ぽつりぽつりと、その時の状況を話し始めた。

その日の夕方、職と住む所探しを一通り終えたミッカは、芳しくない結果に落胆しながら、飲食店で夕飯を食べた。修道院の夕飯の時間には、どう急いでも間に合いそうになかったからだ。食べ終えたミッカは、家路を急いでいた。急げば修道院の門限にはまだ間に合う、はずだった。だけどその帰り道の途中で、1匹の子猫が複数のコウモリの魔物達に襲われている場面に遭遇してしまった。子猫の、助けを求めるような必死な鳴き声を耳にしたミッカは、見過ごす訳にはいかなくなってしまった。コウモリ達を追い払い、子猫は逃げ出して、無事に親猫と再会出来たようだった。よかったと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は餌を失って怒ったコウモリ達に、ミッカが狙われるようになってしまった。餌として血が吸えるなら、猫でも人間でも何でもいいらしい。戦う術を持たないミッカは当然逃げ出そうとしたが、コウモリは仲間を呼んで、ミッカを的確に追い詰めていった。数を増やして逃げ道を塞ぎ、森の中にあるのであろう、自分達の狩り場へと誘導するように。気が付けば完全に日は沈み、夜の森の中へ迷い込んでしまっていた。

「……なるほど。子猫を庇って、か。動物が好きな、実に君らしい理由だ」

「はい……」

「……でも、もうそんな無茶なことはしないと、約束してくれ。誰かの為に、君が命を落とすなど……あってはならない」

「うう……はい」

「それでも、自分の身を犠牲にしてまで、誰かを助けたい気持ちは……俺にだって分からなくもない。そんな場面があったら、考えるより先に衝動的に行動してしまうだろうと思う」

「マヨイ様にも、そんな状況が?」

「例え話だよ。でもきっと、そうすると思う。だけど、今なら。君はもう、身を守る術を持ってる」

「え?……私が?今?」

あの夜の森以降、武器や攻撃魔法を新たに取得した覚えなど無いミッカは、首を傾げた。そんなミッカを、マヨイはじっと見詰めている。ミッカと目が合っても、マヨイは視線を逸らさずに、真面目な顔で、こう言った。

「ああ。……俺が、君の隣に……いる」

「!!」

ミッカは驚いて、目を丸くし、絶句した。思ってもみないことを、面と向かって言われたからだ。

「君が武器を持たないなら、俺がその武器になろう。君が誰かを助けるのに力が足りないと言うなら、俺が足りない力を補ってやる。だから、困った時は俺を頼ってくれ。俺は君の隣にいて、いつでも君に力を貸すから」

「……どうして?」

力無く首を振るミッカは、身に余るような嬉しい言葉を次々に与えられて、とても嬉しかったけど、だけどまだ、信じ切れなかった。だってまだ、この目の前にいる男性とは、出会って数日しか経っていない。自分のどこに、そんな価値があるというのだろう?そんな価値を、見出してくれたというのだ。

どうして?と、そう問われたマヨイは、かつて自分が、過去に誰かから言われた言葉を、何となく思い出していた。

(――そんなの決まってる。……俺が君を、気に入っているからだ。好きだからだ。愛していると言っても過言じゃない程に――)

随分昔に言われたような気がするから、誰に言われたのかは、もう覚えていない。だけど、頭の片隅にその言葉がずっと残っている。そして今、その言葉が、この状況にピッタリと当てはまっているように思う。この言葉をそのまま口に出すなんて愚かなことは、さすがにしないけれども。

「どうして、か。……そうだな。俺は、君のことを気に入っているからだ。……とても、気に入っている」

「!」

目を見ながら、そんなことを言われて、ミッカは目眩がするような気分になった。

生まれてから一度も、誰かからこんな風に強く慕われたことなど、無かったように思う。

自分も、この人のことを。好きになってしまいたくなる。いや、本当は。もうとっくに、好きになっているのかもしれない。嬉しくて、幸せで、感激して、胸が一杯になる。だけど、どうしようもなく不安にもなる。

ミッカは何も言えなくなって、黙ったまま俯いた。目が潤んで仕方がなかった。

「……すまない。急にこんな好意を押し付けても、君を混乱させるだけだったな。だけど、俺が君を気に入っているというのは、本当なんだ。気に入った相手だから、簡単に死んでほしくなんかない。……それは、当然のことだろう?」

「はい。……分かります」

「よかった。今はそれだけ伝わればいいんだ」

「……はい」

「君の隣に、俺がいることを。ミツカ。君は、許してくれるだろうか」

「……はい!私も……私も、あなたの隣に、いたいです!そんな人に、なりたい!」

ミッカが思わず顔を上げて、勢いよくそう言うと、それを聞いたマヨイは、笑ってくれた。笑顔を見せてくれた。

「もうなってる」

「え?」

「もうなってるよ、ミツカ。俺の隣にいたいと願ってくれるなら、もうそれは……叶ってる」

ぎこちないけど、嬉しそうな顔で笑ってくれる。マヨイが見せてくれるこの表情が好きだと、ミッカはこの時初めて意識するようになった。胸が高鳴って、頬が赤く染まる。それはもう、どうしようもなく。

「嬉しいです。マヨイ様から、こんなに嬉しいことを言ってもらえるなんて。……だけど、私は……こんなに幸せで、いいのでしょうか……?まるで、夢を……見ているみたいなんです……」

「夢なんかじゃない」

はっきりと否定してもらえて、感激したミッカは、思わず泣きたい気持ちになってしまった。この胸の甘い痺れに、心地良さを感じながら。

「……ミツカ」

愛しげに名前を呼ばれて、胸がつまる。また泣きたくなる。ギュッと目を瞑り、ぐっと堪えて、軽く首を振り、ミッカはこの話の結論を述べることにした。

「分かりました。もう、ひとりで……危ない場所へ、近付いたり……しません。大丈夫です、お約束します。そんな場所へ行かなければならなくなったら、マヨイ様。どうかあなたを頼らせてください。あなたと一緒なら、きっと怖くなくなるから」

「ああ。そうしてくれ。分かってもらえて嬉しいよ」

「はい!」

「……うん。それじゃあそろそろ、俺は眠たい」

マヨイは軽く顔を背け、口元を手で隠しながら、あくびをした。

「あ!ごめんなさい、気が付かなくて!私、部屋に戻りますから!」

慌てて部屋を出て行こうとして立ち上がろうとするミッカを、マヨイはそっと手で制して引き止めた。そのまま手で合図して、またミッカを椅子に座らせる。

「すまない、まだ話はある。君の朝食を、ダーナが用意してくれている。ダイニングに行けば分かるはずだ。この部屋を出て、廊下の突き当たり。そのままそこで食べるといい。飲み物も、温め直すのも、あればおかわりも、自由にしていい」

「わあ!朝食!嬉しいな、ありがとうございます!」

「昼にはダーナが来てくれるから」

「はい!」

「あと、それから……俺が今から寝て、起きたら……一緒に買い物に行こう?君に必要なものを買い揃えなければ」

「必要なもの……」

そう言われても、ミッカは咄嗟には何も思い浮かばなかった。

「豪勢な食事も、しよう」

「ごちそう!!」

途端に身を乗り出したミッカの目が輝く。ミッカにとっては買い物よりも、食事の方が余程楽しみなようだ。マヨイが面白そうにフッと笑う。

「そうだ。ダーナに、今日の夕食は俺もミツカもいらないと、伝えておいてくれないか?」

「はい!承知しました!」

「うん……今から俺は寝るから……出掛けるのは、夜になる。ミツカ。君はこれから、なるべく日がある内に寝て、夜に備えておいてくれ。夜中でもあまり眠たくならないように」

「ああ……はい!分かりました!お昼寝しておきます!」

「そうしてくれ」

ぷうぷうと寝息を立てているダスクを起こさないように気を付けながらそっと立ち上がると、マヨイは、またミッカの頭を撫でた。自然な手つきで、優しく。ミッカはそれに目を細める。

「じゃあ……そろそろ限界だ。俺は寝るから」

ミッカの手を取って椅子から立ち上がらせると、マヨイはドアの近くまで一緒についてきてくれた。

「はい!おやすみなさい、マヨイ様。ダスクさまも、おやすみなさい」

「おやすみ、ミツカ」

微笑みながら挨拶をして、ミッカは部屋から出て行った。パタンとドアを閉めると、マヨイはまたあくびをして目を擦りながら、寝支度を調える為に部屋の奥へと向かった。

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