第4話:私がここにいる理由

「はあ!ごちそうさまでした!とっても美味しかったです!」

「それは何より」

「マヨイ様も、食べさせて下さって本当に助かりました!感謝します!」

「いい、気にするな」

デザートのヨーグルトも残さず食べ終えて、最後に口元を拭ってもらって、ミッカは食事を終えた挨拶をした。盛り付けも適量で、何より味が良く、ミッカは心から満足したように長く息を吐いた。マヨイはその様子を、ずっと見ていた。マヨイの方をチラリと見ると、まともに目が合ってしまって、慌てて視線を逸らす。見詰められていると自覚したミッカは、そわそわといたたまれないような気持ちになった。

「あの!」

「うん?」

思い切って声を掛けたが、何を話せば良いのか。ミッカは考えあぐねてしまう。

「あの、そう、そういえば……さっきもしたのですけれど、改めてもう一度、マヨイ様に自己紹介を。私、ミツカと申します。ですが、よかったらマヨイ様も、ミッカと。そうお呼びください。みんなそう呼んでくれるんです。日記を書き始めてもすぐに忘れてしまうから、3日も続かないミッカ、だなんて……ふふ!」

そういえばまだマヨイに名前を呼ばれていなかったことを思い出した。冗談交じりにそう言ってはみたものの、マヨイは真面目な顔をしてそれを聞いていた。そして、そうか、とひとつだけ頷くと、真顔のままでミツカの顔を見詰めてから、口を開いた。

「ミツカ」

「!」

愛称で呼ばれるとばかり考えていたミッカは、思わず目を丸くした。心臓が高鳴って、鼓動が速くなる。まさか本名で呼ばれるとは。呼びにくさに関しては自他ともに認める部分なのに。

「ミツカ。そう呼んでもいいか?俺から呼び捨てにされるのは嫌だろうか」

「いえ!構いません、むしろ嬉しいです!でも……呼びにくいんじゃありませんか?」

「いや。他がどう呼ぼうと、俺はそう呼びたいんだ。君の本当の名を。……ミツカ」

名前を呼ばれる度に、心臓が甘く痺れるような感覚が起きる。こんなこと生まれて初めてだ。頬が赤く染まるのを感じ、ギュッと目を瞑って、そっと開ける。

「さあ、食事も終えたし、またベッドに寝かせようか」

そう言って、ミッカを運ぼうとマヨイは立ち上がろうとした。が、ミッカがマヨイの前腕に両手をそっと乗せたので、それに気付いたマヨイは、上げようとしていた腰を下ろし、座り直した。ミッカは間近からその顔を改めてじっと見た。

前髪が長めで、分け目の無い、少しだけツンツンとした黒灰色の髪。キリッとした細めの眉に、少しつり目の、整った顔立ち。向かって左の目の辺りに縦にまっすぐ一本の傷があって、両目の色がそれぞれ違う。傷のある方は髪色と似た銀灰色、傷が無い方は、血のように深く鮮やかな赤い瞳。綺麗だと思った。

マヨイは、ミッカの丸くて大きな深い緑色の瞳に見詰められたまま、その視線から目を逸らさずに見詰め返していた。しばらく、そんな時間が続いた。

「あの……あなたは、どうして私にこんなに親切にしてくれるんですか?」

「…………」

口を開いたのはミッカの方からだったが、マヨイは言葉に詰まったように黙り込んだ。当然の疑問だった。そう問われたマヨイは視線を外し、どこか遠い目で虚空を見た。その横顔は、寂しそうな、辛そうな、そんな表情にも、少し見える。

「……そう、だな。俺は、人に害を与える魔物を狩ることを生業としている。昨夜も森で魔物を狩っていたら、俺の飼い犬が君を見付けた」

「ワンちゃんがいるんですか!?」

「うん。黒い毛並みの」

「わあ!私、動物が大好きで!犬も猫も!」

「ああ……覚えていないかもしれないが、昨夜も君はそう言っていた」

「えへへ、そうでしたか。黒いワンちゃん、会ってみたいなあ!」

「俺以外の誰にも懐かない、気難しい奴なんだ。会ったら唸られて、吠えられてしまうかもしれない」

「いいです!私それでもきっと好きになるから!」

「……いいな」

「えっ?」

「何でもない。この部屋に連れては来れないから、君の体が回復して、自由に歩けるようになったら会いに行こうか。普段は俺の自室か寝室にいるんだ」

「わあ、嬉しいな!ありがとうございます!」

「うん……続きを話そう。君は、魔物に追われ、襲われる寸前だった。見殺しになんて出来なかった。人を助けることに理由なんか無い。必要ない。君を襲おうとしていた魔物は、俺と飼い犬で倒した」

「じゃあ、やっぱり……森で魔物から救って下さったのは、マヨイ様だったのですね……!私、そんな大切なことまで忘れてしまっていて……すみません、改めて、お礼を言わせてください!その節はどうも、本当にありがとうございました!!おかげで私、まだこうして生きています!」

ミッカが、また花が咲いたような幸せそうな笑顔で、マヨイに笑い掛ける。

「ああ……。君が生きていてくれて……本当に、本当に……よかった」

それを見たマヨイは、一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべたが、すぐにそれはぎこちない笑顔に変わった。マヨイはミッカの体を抱き締めたくなった。衝動的に。だけど堪えて、自分の腕に乗せたミッカの手に手をそっと重ねて、一度だけ撫でた。ミッカはそれに気が付いて、またマヨイに向かって人懐っこい笑顔でニッコリと微笑んだ。マヨイはそれをじっと見ていた。つられて笑うようなことにはならず、唇を引き結んでいた。それからふと視線を逸らして、また何も無い虚空を見詰め始めた。

「……もう少し続ける。魔物は倒したが、君は負傷していて、体には毒が回り始めていた。君はその影響で高熱が出て倒れてしまった。夜の森だ、そのままにはしておけないから、俺の家へ連れ帰ってきた。解毒薬を与えて、着替えや清拭はダーナに任せた。今、君の体が上手く動かないのは、まだ完全に毒が抜け切っていないせいかもしれない。でもこうして目を覚ましてくれたのだから、もう心配いらないはずだ。解毒薬が効いて、いずれ回復するだろう。体の動かない病人を放り出すようなことはしない。完治するまで、安心してここに居ていい」

「いいのですか……そんな、お世話になりっぱなしで……私、何のお礼も……!手持ちも、全然無くって!」

「金なんかいらない、俺は今金銭には困ってない」

「ほへぇ……」

こんなセリフを一度でいいから言ってみたい。思わずそう考えてしまったミッカは、ポカンと口を開けて、空気が抜けるような変な声を出した。

疑う訳ではないが、マヨイが言ったことは、きっと本当のことなのだろう。この広い部屋やベッド、身なり、家政婦を雇って若様と呼ばれていること。全てが、マヨイは貧困とは無縁の、富める者だと示している。魔物を狩ることで生計を立てているのだとしたら、余程の実力者であることが窺える。もしかしたら、魔物狩りは副業で、本業はまた別の何かをしているのかもしれないが。とにかくマヨイが資産家であるということは、ミッカの目から見ても明白だった。

「君、眠気は?たくさん話して疲れていないか?」

「いえ、大丈夫です!たくさん寝ましたから全然眠くないんです。話疲れも、平気。マヨイ様とこうしてお話してるの、とっても楽しいです!」

気遣ってくれていることが分かって、ミッカは心が温かくなる。

「そうか、よかった。……君の話も、聞きたい」

「はい!喜んでお話させて頂きます!何から話しましょうか?」

「そうだな……2日間も無断外泊をしている訳だが、君のご家族は心配したりしないのか?」

「あ……!そうでしたね……私、家族はいません!まだ生まれて間もない赤ちゃんの時に、両親が事故で亡くなったらしくて、修道院で育ててもらったんです」

「そう、か……辛いことを話させてしまった」

「いえ!物心ついた時から修道院にいましたから、もうそれが自分の中で当たり前になってますし……ご飯も、着替えも、寝るところもあったし、お友達もいて、先生もいて、いろんなお勉強させてもらえたし…辛いと思ったことなんて、そんなに無いんですよ!」

「そうか。君は気持ちが明るく前向きなんだろうな」

「そう……でしょうか?ええ、明るいのは私の取り柄かもしれませんね!」

「ああ。そう思う。君の笑顔は人を惹きつけるような魅力がある」

「ええ!?そんなこと初めて言われました!ありがとうございます!」

「修道院で一緒に育った男共から言い寄られたりはしなかったのか?」

「ああ……その修道院は男子禁制で、男性は特別な理由や立場のある人じゃないと出入り出来ないですから……言い寄られたりなんかしませんよ!……実は私、同年代の男性とこんなにたくさんお話したの、初めてなんです。マヨイ様がお優しい方で、本当によかったです」

「優しい……俺がか?」

「はい!とっても優しくて、親切にしてくれて……私、嬉しいです」

「…………」

マヨイはまた唇を引き結んで、黙り込んでしまった。優しいと言われることがどこか後ろめたいような、そんな表情にも見える。

「マヨイ様……?」

ミッカは小首を傾げて、その様子を不思議そうに見ていた。それに気付いて、マヨイは小さく首を振る。

「いや。ありがとう、そう言ってくれて。……しかしその修道院は、君が連絡もせずに外泊していることを、咎めたりしないのか?」

「ああ、ご心配には及びません!実は私、こう見えて先日成人したばかりなのです。だから、もうすぐ修道院を出て行かなきゃならなくて…今は、職と次に住む場所を探しているタイミングだったのです。職探しをしている子は他にもいて、中には冒険者のパーティーにお試しで入れてもらって、森やダンジョンへ実際に行って何日も過ごしているような方もいらっしゃるみたいです。だから、職探ししている今は、無断外泊を咎められたりしません」

「なるほど。成人したばかりで、職探しの最中か……。成果はどうだ?良い職場は見付かったか?」

「いえ、それが……全然」

ミッカはしおしおと項垂れた。余程見付からないのかもしれない。

「私、回復呪文に特化したヒーラーなんですけど、攻撃魔法や補助魔法はひとつも覚えていなくて……だからどのパーティーからも門前払い状態で」

「君は冒険者のパーティーに入りたいのか?」

「特別そうしたい訳ではないのですけど……でもパーティーに入れてもらえたら、住む場所を考えなくて良くなるでしょう?住む場所探しもまた大変で……まず職か元手が無いと貸せないって物件ばかりで……私、両親がいなくて身寄りが無いですし……。住み込みで働かせてもらえる場所があるなら、それもいいなって、探してるんですけど……なかなか難しくて」

「なるほど」

ミッカの話をじっと聞いていたマヨイは、目を閉じて、軽く上を向き、何か考え事をしている様子を見せた。ミッカはまた、それを不思議そうに見ている。

「……ここに」

「はい?」

「ここに、一緒に住んで……俺の仕事を、手伝ってくれないだろうか」

「……えっ?え、えっ!?えっ!?」

「この部屋で良ければ、何日だって、いや、ずっとだっていていい。住む場所も、食事も、着替えも、その他にも必要なものがあれば、君に与える。生活することに困らせたりしない。給金は……」

「いりません!ここに住まわせてもらえて、お食事も着るものも頂けるなら!お給金なんて必要無くなります!」

「待て、早まるな。まだ仕事の内容も伝えてないのに」

「あ……そうでした。でも!」

「仕事は……そうだな……、人に害をなす魔物を倒すのが俺の生業と言ったが、それを手伝ってもらいたい」

「私の回復呪文が役立つ時が!?マヨイ様がお怪我をされたら、私がそれを治せばよいのですね!?」

ミッカは身を乗り出して目を輝かせた。張り切っているようだ。

「違う!俺と俺の飼い犬には回復呪文は使わないでくれ!体質で、使われると酷く痛むんだ!絶対にやめてくれ!!」

「え……あ……そ、そうなんですか……。ご、ごめんなさい、私、とんだ早とちりを……」

張り切っていたところを真っ向から否定されて、ミッカはまたしおしおと、小さくなるように項垂れた。

「いや、君が謝ることではない。俺達の体質の問題だから。本来ならそれは貴重な魔法だ、誰にでも使えるものじゃない。自信を持ってくれ」

「うう……でも……」

「俺達以外の、怪我をした人達に使ってあげてほしいんだ。魔物狩りの依頼を受ける時は、大抵魔物の被害があった時だ。もちろん、被害防止のために予め狩ることもあるけれど。でも実際に被害が出てから依頼されることが多い。話を聞きに行けば、依頼人が怪我していることも少なくない。見ていて痛々しい。でも、今までの俺にはそれをどうすることも出来なかった。俺は魔物を倒すことしか出来ないからだ。だけど君がいたら、また違うんじゃないか?」

「私の魔法が……お役に立てる……!?」

「きっとそうなる。だけど大変かもしれない。怪我をしているのは、依頼人1人だけじゃないかもしれない。1人を救えば、被害に遭った人達全員を救いたくなるだろう、きっと。君は、そういう人だと思う。魔法は使えば使うだけ、おそらく疲れていくはずだ。全員の怪我を治す頃には君は、疲れ果ててボロボロになっているかもしれない」

「……なんて、素敵」

「……うん?」

「私の魔法がお役に立てるなら、疲労なんて怖くありません!それに私、回復魔法ならたくさん使えるんです!全然疲れません!疲れたとしても、一晩ぐっすり寝たら治ります!きっと大丈夫です!」

ミッカは、無意識に早口で捲し立ててしまっていた。その勢いに、マヨイは気圧されているようだ。ミッカはそこで一区切りし、スーッと息を吸い込んだ。

「だからお願いします!私に、マヨイ様のお仕事のお手伝いをさせてください!お願いします!!」

マヨイに向かって、大きく、ハッキリとした声で、ミッカはそう言って深く頭を下げた。ここで、この場面で、人生の今後が決まるかもしれない。一生の話になるかもしれない。だからミッカは、必死だった。

「頭を上げてくれ。頼んでいるのはこちらの方だ」

「え……それでは……」

「ああ。これからよろしく、ミツカ」

握手しようと手を差し伸べられて、ミッカは一瞬驚いた顔をした後、パアッと音が聞こえてきそうな、背景に満開の、色とりどりの数々の花が咲いているのが見えるくらい、心から幸せそうな笑顔になって、その手を両手で包み込んで握った。

「よろしくお願いしますね、マヨイ様!」

「うん」

ミッカのこの、あまりにも嬉しそうな笑顔には、見ているマヨイも引っ張られるようにして、自然と笑顔になっていた。なんて素敵な笑顔を見せてくれる人なのだろうと、ミッカは思った。また胸が高鳴る。あまり笑った顔を見せない人だと思っていたが、そんなことも無いのかもしれない。何故なら今、こんなにも自然に笑ってくれている。

しばらく微笑んで見詰め合った後で、それからマヨイは何かを思い出したような顔をした。

「……で、給金は……」

こそっと、マヨイがミッカへ耳打ちする。

「……これくらいでどうだ、足りそうか?」

提示したのは、ダーナに渡している給金の半分くらいだった。住み込みで、食費などを引くとこのくらいが妥当かと思ったが、少な過ぎるかもしれないな、とマヨイは少し考えていた。だが。

「多過ぎます!!1桁減らしてください!!」

ミッカはそれにとんでもないことを返してきたので、マヨイは目を見開いた。

「1桁!?10分の1にしろってことか!?少な過ぎるだろ、子供の小遣いか!?」

「それくらいで構いません!私、欲しいもの全然無いんです、困りません!」

「〜〜〜!」

修道院育ちなら、質素な生活にも慣れているのかもしれない。物を欲しがることすら奪われて生きてきたのかもしれない。マヨイは、そんな少女に様々なものを与えて、その反応を見てみたくなってしまった。

「……分かった、給金を与えた上で、君には現物支給もすることにする」

「現物支給……ですか?」

「俺が買ってきたものを、受け取ってくれ」

「ええ……?とてもありがたいですけれど……よろしいのですか?お給金も頂いた上で……?」

「俺がそうしたくなったんだ。君の体が自由に動くようになったら、一緒に買い物に行こう。欲しいものが無いなんて、きっとそんなことは無いはずなんだ。一緒に食事もしよう。全快祝いに、ごちそうを食べようじゃないか」

「ごちそう……!」

ミッカが目をキラキラと輝かせる。物欲は無くとも、食欲は旺盛で、美味しい食べ物には興味関心があるようだ。何よりなことだ。どんな食べ物を食べさせたら、この少女は美味しい、と笑ってくれるだろうか。そんなことばかり考えてしまいそうになる。

「そう、ごちそう。だから、よく休んで、早く良くなってくれ」

「はい、マヨイ様!」

「じゃあ、今夜はもう休むといい。眠くなくても我慢してくれ」

「ええ、体を治すことが今の私の最優先事項ですものね!」

「そうだな。じゃあ、ベッドに寝かせよう」

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

ミッカは張り切っている。こんなに興奮していたらなかなか寝付けないかもしれないな、と苦笑しながら、マヨイは立ち上がり、ミッカの体をひょいと抱き上げた。

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