第4話


 けれど、どれだけ経っても水に落ちる衝撃は来ない。

 かわりに強い力で腕を引かれ、かたいものに耳をあてている。

 それは、ドドドドドドド……と速く鳴っていて、私の体は強い力で抱きしめられている。

 

「危ないだろ!!」

 

 初めて聞いた大きな声に、私の体はびくりと跳ねた。

 

「ごめんなさい……」 

「いや、大声を出して悪かった」

 

 アルフレッド様は、悪くない。私が悪い。

 

「急に動いた私がいけないんです。ボートの上だってことを忘れてました」

「……本当に気を付けてくれ」

「はい」

 

 そう返事をしたものの、アルフレッド様はなかなか腕の力を緩めてくれない。

 

「強く引いたが、痛みはないか? どこかぶつけたりは?」

「大丈夫です」

「……嘘だな。ぶつけたのは、足か?」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 

 何で、わかったの?

 安心したら、急に痛くなったけど、この状態なら顔も見えてないのに……。

 

「ずっとカタリナだけを見てきたんだ。このくらいはわかる。すぐに屋敷に帰って医者に見せよう」

「ちょっとぶつけただけなので、大丈夫ですよ」

「駄目だ」

「でも……」

「でもじゃない。俺が怪我をしても、同じことを言うのか?」

「言うわけないです! すぐにお医者様に見てもらうに決まってます」

「だろ? 俺もカタリナが心配なんだ」

「はい……」

 

 何だろう。

 アルフレッド様の言葉が、いつもよりストレートな気がする。

 

「何だ、照れたのか? 可愛いな」

 

 うぐぅ……。あまい。あまあまだ。

 し、心臓がもたない……。

 

「な、何で急に……」

「うん?」

「何でそんなにあまいんですか!?」

 

 色々と気持ちが追い付いていないところに、このあまさ!

 嬉しいし、心臓バクバクだし、胸キュンなんだけど、サービス過多だよ。脳が幸せでショートしちゃいそう。

 

「言わないと伝わらないって、わかったからな」

「え?」

「これからは、言葉にしていく」

 

 あ、あれ?

 もしかしなくても、想像以上に愛されてる? 

 なんて思ったのだけど、現実はそんなものじゃなかった。

 

 ボートは陸地に寄せられ、そこから私は一歩も歩かせてもらえていない。

 

「自分で歩けます!」

「駄目だ。悪化するかもしれないだろ」

「ただの打ち身です。悪化なんかしません!」

 

 お医者さんに診てもらうことは、了承したよ? 同じ立場になったら、心配するって気持ちだって、すごくわかる。

 でもね、お姫様抱っこは別問題!

 いくら言っても聞き入れてもらえない、強制お姫様抱っこ。

 このまま、リリアンナとロバートのところへ行くのは恥ずかしい。

 こうなったら……。

 

「アルフレッド様、見てくださ──」

「こんなところで、スカートをめくるな」

 

 お姫様抱っこから、縦抱きへと変えられる。

 これじゃあ、ぶつけたところを見せられない。

 

「見せなきゃ、打ち身だって信じてくれないじゃないですか!」

「だからって、こんなところで膝を見せるな。誰が見てるかわからないだろ」

「誰も見てませんよ」

「ロバートかリリアンナ嬢が見てるかもしれないだろ。他の人だって、見ていないとは限らない。カタリナは自身の魅力にもっと気が付くべきだ」

 

 私の魅力? そう言われても、私は元悪役令嬢だし……。

 

「私、嫌われ者ですよ?」

「はぁ!?」

 

 えっ……。何でそんなに、じっと見てくるの?

 

「ほら、私ってイジワルですし」

「どこが? 優しいだろ」

「え!? リリアンナにネチネチ嫌味を言ってたじゃないですか。それに、勝手にリリアンナが作ってきたクッキーを食べたりしましたし……」

「嫌味じゃないだろ。あのアドバイスがあったから、リリアンナ嬢は他の令嬢たちから嫌がらせを受けなかった」

「どういうことですか?」

「侯爵令嬢であるカタリナが目をかけている相手に嫌がらせをして、カタリナの不興を買いたくなかったんだろ」

 

 え……。

 周りから見ると、そんな感じだったの?

 面倒を見ていたつもりなんか、ないんだけど。

 

「クッキーの件だが、本人は喜んでるんだから、問題ない。あれがきっかけでロバートと親しくなったわけだし」

「へ?」

「カタリナが気に入ったクッキーなら、市場価値があるとロバートがリリアンナ嬢に近づいたんだ」

 

 な、なんてことだ。

 私の行動は、アルフレッド様とリリアンナをくっつけるどころか、ロバートルートを進める手助けをしていたってこと?

 

「そのおかげで、俺はカタリナと二人で過ごせる時間が増えてよかったけどな」

 

 そう言って、アルフレッドは穏やかに微笑んだ。

 金の瞳が優しく細まる。その表情に、好きだ……という気持ちが溢れてくる。

 

「私──」 

「カタリナ様っ! 何かあったんですか?」

 

 心配そうな表情で、リリアンナとロバートが走ってきてくれる。

 

「カタリナが怪我をした。悪いが、先に帰らせてもらう」

「ごめんね。ただの打ち身だと思うんだけど、念のため──」

「大丈夫ですか!? 一刻も早く、お医者様に診てもらわないと……」

「いや、本当にただの打ち身で……」

 

 私の言葉、聞こえてる? と言いたくなるほど、リリアンナは心配してくれて、お弁当も食べずに解散となった。

 

「二人とも、本当にごめんね。ロバート、賭けは負けだから約束は守るわね」

「今回の賭けはなしでいいよ。そのかわり、お医者様に診てもらったら、どうだったかリリアンナに知らせてくれない? ずっと心配するからさ」

 

 ロバートの言葉に大きく頷くと、私とアルフレッド様は馬車へと乗り込んだ。

 リリアンナに手紙を書くのはもちろんだけど、ロバートの実家で装飾品を買おう。

 

  ***

 

 屋敷へと帰りお医者さんに診てもらうと、診断結果は予想通り打ち身だった。

 そのことと今日の謝罪、また一緒に遊びに行きたい旨を手紙に書いて、執事へと渡す。

 

「あの、アルフレッド様……」

「なんだ?」

「どうして、私はアルフレッド様のお膝に乗ったままなのでしょうか?」

 

 最初はは恥ずかしくて仕方がなく、大好きな人が至近距離にいる状況に心臓が壊れるかと思った。

 それでも、この状況が一時間も続くと、さすがに慣れるし、冷静にもなる。

 

「カタリナと一時も離れたくないからだ」

「へっ!?」

 

 熱がこもった声と、金の瞳に、冷静になったと思っていた頭は沸騰し、心臓がダッシュをはじめる。

 

「だって、今までそんなこと……」

「カタリナのイメージを壊したくなかっただけだ。ずっと、思ってたよ。もっとそばにいたいって」

 

 色気のある声が耳に流し込まれ、私はハクリと息を溢すことしかできなかった。

 

「こんな俺は、嫌か?」

 

 壊れたように、ぶんぶんと大きく首を横に振る。

 そうすれば、嬉しそうにアルフレッド様は微笑む。

 

「前世? から、俺のことが誰よりも好きなんだもんな?」

「はひ……」

 

 かっこいいぃぃぃぃぃぃぃぃ。

 ちょっと悪い顔をしたアルフレッド様も、色気のあるアルフレッド様も、不安そうに私を見るアルフレッド様も、ぜんぶ、ぜーんぶかっこいい!!

 

「愛しているんです。誰よりも……」

 

 アルフレッド様の幸せを願っていた。

 今だって、願っている。

 誰よりも幸せになってほしい。

 その気持ちが、永遠にかわることはない。

 だけどね──。

 

「私と一緒に世界で一番幸せになってくれますか?」

 

 できることなら、一緒に生きていきたい。

  

「当り前だ。愛してるよ。カタリナがそばにいてくれたら、俺は世界一幸せだ」

「私もアルフレッド様が一緒にいてくれたら、それ以上の幸せなんてありません」

 

 抱きしめられ、背中に腕を回す。

 あんなにも離縁を願っていた私は、もういない。

 

「私、アルフレッド様の運命の人に、ずっとなりたかったみたいです」

「出会ったときから、カタリナだけが俺の運命だ。言っただろ? 俺の運命は、俺が決めるって」

 

 くっついていた体が少しだけ離れ、小さくアルフレッド様は微笑んだ。

 そして、私たちはどちらからともなく、瞳を閉じた。

 

 ──END──

 


 こちらの物語、カクヨムコンの短編に参加しております。

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元悪役令嬢は、最愛の旦那様と離縁したい うり北 うりこ@ざまされ②書籍発売中 @u-Riko

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