第2話:星を継ぐものたちの夜明け

🌕 【月・管制室】――静寂の終わり


10万年目のアラートが、冷たい静寂を破った。

プシュウ……という排気音と共に、コールドスリープカプセルのハッチが開く。


「……おはよう。今の『母なる星』の状態は?」


目覚めたばかりの「管理者」の声は、長い眠りで掠れていた。

モニターには、青く輝く母なる星のホログラムが浮かんでいる。だが、その表面には不穏な赤いノイズが走っていた。


『海洋エリアにて水属性マナの過剰供給を確認。このままでは、再びエーテル崩壊を引き起こします』


管理種族(ムーン・キーパー)のオペレーターが、触手でキーボードを叩きながら報告する。

主人公は、映像を拡大した。

海だけではない。地脈のあちこちで、かつての人類の魂が「野生の力」として噴出し、制御を失いかけていた。


「種を撒く時は来たようだね」


主人公は、傍らに控えていた4体の特別な管理種族を見つめた。

背中に属性ごとの光輪ハロレビテーションユニット浮遊装置を装着した、選ばれし使徒たちだ。


「行きなさい。そして、彼らに『知恵』という名の火を灯すんだ」


4つの光が、月から放たれた。


         🌙


🦊 【地上・禁足地】――火の契約

(……場面は、狐と白い毛玉が出会った直後へ戻る)


「契約……?」

若い狐は、目の前に浮かぶ白い毛玉――月の使徒の言葉を反芻した。

使徒は、触手の先から出した光で、空中に文字を描きながら語りかける。


『はい。貴方たちはまだ、力をただ垂れ流している。だから恐怖するのです』


使徒が狐の燃える尻尾を指差した。

今まで狐にとって、この炎は「勝手に出てくる熱いもの」でしかなかった。感情が高ぶれば周囲を焼き、獲物を黒焦げにしてしまう厄介な力。


『制御とは、理解することです。イメージしてください。その炎は、破壊するものではなく、守るものだと』


使徒の瞳が優しく光る。

狐は、自らの内なる熱源に意識を向けた。

(守るもの……闇を照らす灯り……寒さを凌ぐ暖炉……)


するとどうだろう。

荒々しく舞っていた火の粉がスッと収まり、尻尾の先端に、蝋燭の火のように静かで美しい炎が灯った。

熱くない。だが、確かにそこにある力。


「……美しい」

『それが知性です。さあ、貴方がこの力を正しく使うと誓うなら、さらなる叡智を授けましょう』


狐は前足を揃え、深々と頭を下げた。

野生の獣が、誇り高き「火の守護者」へと生まれ変わった瞬間だった。


         🌙


🌍 【世界各地】――同時多発する接触


時を同じくして、世界の別の場所でも、運命の歯車が回り始めていた。


🦫 【地(地下)】――竜の回廊


地の底に広がる、幾何学的な洞窟。

それはかつて人間が掘ったトンネルなどという生易しいものではなく、まるで巨大な鋼の竜が地中を突き進み、そのまま化石になったかのような、滑らかで異質な円筒形の空間だった。


壁面は土ではなく、黒曜石のように滑らかで硬い「謎の物質」で覆われている。だが、永遠にも等しい地殻変動の圧力は、その絶対的な装甲にすら亀裂を走らせていた。


頭上から、ガラス質の砂と共に、太古の構造材――巨大な肋骨のようなフレームが崩れ落ちてくる。

一匹のマーモットが、迫りくる天井の圧迫感に震えていた。

逃げ道はない。このまま生き埋めになる――本能が「死」を悟った時。


『諦めてはいけません。土は、貴方を守りたがっている』


黄色い光輪を背負った使徒(ムーン・キーパー)が、瓦礫の隙間からふわりと降りてきた。

使徒は短い触手を天井の黒い壁に押し当てる。すると、ボロボロと崩れかけていた古代の皮膚が、脈打つように光り、ピタリと崩落を止めた。


「キュ……?(魔法……?)」

『いいえ、対話です。岩の「声」を聞きなさい。どこが痛がっているか、どこが支えてほしがっているか』


使徒に促され、マーモットはおっかなびっくり、前足を壁に当てた。

今まで「掘る対象」でしかなかった土から、微かな振動――マナの流れを感じる。

彼は無我夢中で、その流れに自分の魔力を注ぎ込んだ。ただ「崩れないでくれ」と願いを込めて。


その時、彼の肩を覆っていた硬い結晶が、熱を持ったように脈打った。

結晶は琥珀色の流体となって伸び、「結晶の副腕(クリスタル・アーム)」を形成する。

伸びた結晶の指先が天井の「黒い皮膚」に触れると、砕けかけた古代の装甲が脈打ち、琥珀色の光を帯びて再結合した。


それは単なる物理的な補強ではなく、死んでいた「大地という名の機械」を癒やす行為だった。

瞬時にして、崩れかけの空洞が、彼を守る強固なシェルターへと変わる。


「キュイ!(できた!)」

『そうです。壊すのではなく、固めるのです』


それは構造力学などという高度なものではなく、ただ「大地と一つになる」という、極めて原始的で、力強い守りの魔法の目覚めだった。


         🌙


🐬 【水(沈める都)】――記憶の霊廟


青白い光が差し込む海底。

そこには、遥か昔に海へ没した「神々の都」が眠っていた。

建物はすべて、透き通るような白い「永遠の石」で造られており、10万年の水圧にも耐え、珊瑚と一体化しながら神秘的な尖塔群を形成している。


一頭のイルカが、かつて「知識の保管庫」だった場所を回遊している。

壁一面の窪みに、無数の「青く発光する石板メモリークリスタル」が整然と並んでいた。


彼は知っていた。この場所には、何かとても大切な、けれど言葉にできない「想い」が眠っていることを。だが、ただの獣である彼には、それが何なのか理解できない。


『それは「記憶」といいます。かつてこの星にいた者たちが残した、心の欠片です』


青い光輪を背負った使徒が、泡と共に現れた。


『貴方は、彼らの悲しみや願いを「音」として感じ取れるのですね?』


イルカは肯定の意を示す泡を吐いた。文字は読めない。けれど、水に染み込んだ残留思念が、歌のように聞こえるのだ。

使徒は優しく微笑み、泥に埋もれかけた一枚の石板に触れた。石板は主の帰還を喜ぶように明滅し、微かな振動――「音」を奏で始めた。


『私が翻訳しましょう。貴方が受け取ったその「歌」の意味を。そうして語り継ぐのです。この星が忘れてしまった物語を』


イルカは、胸ビレを動かした。

ヒレを覆う光の膜が、ゼリー状の「水流の腕(アクア・ウィング)」となって長く伸び、光る石板を優しく撫でる。

静かに目を閉じると、脳裏にかつてこの都を行き交った人々の風景が、鮮明な映像として流れ込んでくる。


神々の遺物の中で、歴史の語り部が生まれた瞬間だった。


         🌙


🪶 【風(天空の塔)】――天を突く銀の樹


雲海を突き抜け、成層圏に届かんばかりにそびえ立つ「銀色の峰」。

それは山ではなく、かつて人が造り上げた「金属でできた世界樹(軌道エレベーター基部)」の成れの果てだった。

外壁は風化することなく鏡のように空を映し出しているが、内部は空洞化し、風が通り抜けるたびにパイプオルガンのような咆哮を上げている。


割れた窓枠――空気を固めたように透明な「不可壊ガラス」の縁に、一羽のフクロウが留まっていた。

吹き荒れる強風が羽毛を逆撫でし、彼の体を容赦なく吹き飛ばそうとする。眼下の森では山火事が広がり、風に煽られた煙が視界を遮っていた。


(自然には逆らえない。ただ、嵐が過ぎるのを待つだけだ)


彼が諦めの境地で瞼を閉じかけた時、風の流れに逆らわず、ふわりと浮かぶ緑色の光が現れた。

緑の光輪を背負った使徒が、気流のポケットにすっぽりと収まるように、隣の手すりに着地する。


『嘆くことはありません。風は敵ではなく、情報データです』

使徒の声は、風切音に消されることなく鮮明に届いた。

『見ようとしないから、翻弄されるのです』


使徒が触手で差し出したのは、宙に浮く不思議な「光の輪リング」だった。かつて大気の流れを読み取るために使われていた、古代の観測ユニットだ。

フクロウはそれを訝しげに見つめた。翼で持つわけにはいかない。


『心の目を開きなさい。貴方の翼には、風を掴む爪がある』


使徒の言葉に、フクロウは意識を翼の関節へ向けた。

すると、翼の角から圧縮された空気が渦を巻き、不可視の「風切の爪(ウィンド・タロン)」が伸びた。

ガラス細工のように揺らぐ風の指先が、器用に光の輪を摘み上げ、自身の目元へと運ぶ。


カチリ。

輪が生き物のように収縮し、フクロウの片目にピタリと吸着した瞬間、世界が変わった。

ただの暴力的な空気の塊だった「風」が、無数の「光のライン」として可視化されたのだ。


「ホー……(見える。道が見える)」


フクロウは翼を広げた。不可視の爪で気流の手綱を握り、ほんの少し角度を変えて誘導する。

すると、森へ吹き込んでいた突風の軌道が逸れ、火の手が弱まった。


『そうです。力でねじ伏せるのではなく、ことわりを知るのです』


空中で並走する使徒の言葉に、フクロウは短く喉を鳴らして応えた。

賢者が、混沌とした空に秩序を見出した瞬間だった。

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