滅びた星の最後の管理人は、月から「けもの」たちに文明を授ける。 ~10万年後の箱庭育成、あるいは愛した過去への挑戦状~

編纂ミネストローネ

第1章:静寂は終わり、毛玉は舞い降りる

第1話:降りてきた白い毛玉


夜の帳が下りた「禁足地」の森。

かつて神々が残した巨大な塔が、朽ち果てた墓標のように月明かりを浴びてそびえ立っている。


その根元、硬質な網の上を、音もなく歩く一匹の影があった。

燃えるような朱色の毛並みを持つ、若い狐だ。

彼は、一族の掟に従い、この危険な熱源地帯を見回る「番人」の任に就いていた。


(……今夜は、風が騒がしい)


彼は立ち止まり、夜空を見上げた。

彼の知能はすでに、単なる獣のそれを超えつつあった。

彼は夜空に浮かぶ白い円盤――「月」を見ると、なぜか胸の奥が焦がれるような、不思議な郷愁を感じるのだった。

古い伝承では、あそこには「全てを見守る瞳」があるという。


その時だ。

月の中心から、一筋の光が地上へ向かってこぼれ落ちた。


流れ星ではない。あれは、意志を持って降りてくる光だ。

狐は本能的な警戒心から喉を鳴らし、全身の毛を逆立てた。周囲に浮かぶ赤い火の粉が、チリチリと威嚇音を立てる。


光は森の奥、開けた広場へと音もなく着地した。

狐は茂みに身を潜め、その正体を凝視する。


光が収束した後に残っていたのは、恐ろしい怪物でも、神々しい巨人でもなかった。


「……毛玉?」


狐は思わず、獣の言葉でそう漏らした。

そこにいたのは、白くフワフワとした、球体に近い生き物だった。

短い4本の足は地面につかず、背中に背負った不思議な輪が発する光で、ふわりと宙に浮いている。

猫のような耳がピコピコと動き、大きな瞳がキョロキョロと周囲を確認している。


そして何より奇妙なのは、その前足の付け根あたりから、長いリボンのような、あるいは触手のようなものが2本、ゆらゆらと伸びていることだった。


(見たことがない生き物だ。敵か?)


狐が身構え、威嚇の炎を吐こうとした瞬間。

その「毛玉」と目が合った。


毛玉は驚く様子もなく、むしろ安堵したように目を細め、触手をこちらへ差し伸べてきた。


『――やっと会えましたね。地上の子よ』


声が、直接頭の中に響いた。

それは不思議と懐かしく、温かい響きを持っていた。


『怖がらないで。私は月から来ました。貴方たちに、火の「正しい扱い方」を教えるために』


毛玉はふわりと距離を詰めると、狐の目の前で静止した。

その小さな体からは、圧倒的だが暴力的ではない、純粋な魔力の波動が溢れていた。

狐の尻尾の炎が、共鳴するように大きく燃え上がる。


「月から……?」

『はい。私の主(あるじ)が、貴方を見込みました。貴方のその賢さと、秩序を愛する心を』


毛玉――月の使徒は、器用な触手の先で、空中に複雑な光の文字を描いて見せた。

それは狐がずっと、喉から手が出るほど欲していた「知識」の片鱗だった。


『私と契約を結びましょう。そうすれば、共にこの星をあるべき姿へ導くことができるのです』


赤い狐は、警戒を解き、ゆっくりと頭を垂れた。

これが、後に「火の賢者」と呼ばれる彼と、月の使徒との長い旅の始まりだった。

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