行間から、火炎放射。
みやっち
ランキング
1.スクロールバーの憂鬱
午前二時、布団の中。
ブルーライトの冷たい光だけが、私の死んだ魚のような目を照らしている。
スマホの画面を親指で弾く。シュッ、シュッ、と小気味よいリズムで画面は流れていくけれど、私の脳みそは一ミリも動いていない。
カクヨムのランキング上位、異世界ファンタジーの新作。
第一話。冒頭、トラック衝突。転生。女神。ここまではいい。様式美だ。歌舞伎で言えば「いよっ、待ってました」ってやつだ。
問題は、この直後。
『――ステータスオープン』
主人公が念じると、画面を埋め尽くす文字の壁が現れる。
【名前】レン・アッシュフォード
【種族】人族(限界突破)
【MP】∞
【スキル】言語理解LvMAX、剣術LvMAX、魔術全般LvMAX、鑑定眼(神級)、アイテムボックス(容量無限)……(以下、画面三回スクロール分)
「……なっげぇよ」
思わず声に出た。
固有スキルの説明文だけで、スマホの画面二ページ分。『次元切断:時空の概念を無視して対象を切断する』。はいはい、すごいすごい。
私はため息をついて、ブラウザバックする。「★」を入れる気にもならない。
読み手としての私は、もう限界なのだ。
設定の洪水。スキルのバーゲンセール。
物語が動き出す前に、百科事典を読まされている気分になる。「この世界がいかに緻密か」を証明するためだけの、文字の羅列。
そんなの、物語の中で徐々に見せてくれればいいのに。なんで最初に全部説明しちゃうの?
そう毒づきながら、私はカクヨムのアプリを閉じ、ドキュメントアプリを開く。
そこには、私が執筆中の新作小説の原稿がある。
タイトル『蒼穹のアルカディア』。
まだプロット段階の、第一話の書き出し。
『――ステータス、表示』
私の指が止まる。
画面に並んでいるのは、こんな文字列だ。
【魔力循環効率】ランクS(通常の魔術師の50倍)
【保有魔素量】4.5ギガ・エーテル
【固有魔術体系】多重詠唱術式(マルチプル・キャスト・システム)
※解説:通常、一人の魔術師が同時に展開できる術式は一つだが……
「…………」
私はスマホを布団に投げつけた。
特大のブーメランが後頭部に突き刺さった音がした。
2.恐怖という名の防具
分かっている。
自分が一番嫌いな「設定モリモリ小説」を、自分自身が書こうとしている矛盾。
読み手としては「うげっ」と思うのに、書き手になった瞬間、この「設定の羅列」がとてつもなく魅力的な、いや、「必要なもの」に見えてくる。
なぜか。
怖いからだ。
もし、私がこの設定を全部消して、シンプルに書いたとしよう。
主人公が手をかざすと、火の玉が出た。敵が燃えた。勝ちました。
するとどうなるか。
脳内のネガティブシミュレーターが、コメント欄の地獄絵図を映し出す。
『これ、ドラクエのパクリ?』
『魔法の原理が書かれてないからご都合主義に見える』
『なんで主人公が強いのか説得力がない』
『既視感すごい。〇〇(有名作品)の劣化コピー』
背筋が寒くなる。
だから、私たちは「設定」という鎧を着込む。
ただの火魔法じゃないんです。『大気中の酸素濃度を局所的に操作し、分子運動を加速させる
ほら、違うでしょ? 他の作品とは違うでしょ? ちゃんと理屈があるんです! パクリじゃないんです!
そうやって、必死に言い訳を並べているのだ。
「設定」は、物語を面白くするためのツールじゃない。
「私は考えて書いてますよ」という、書き手のアリバイ作りになってしまっている。
「……ダサい」
天井のシミを見つめながら呟く。
本当にダサい。
読み手としての私が、書き手としての私を嘲笑っている。
独自性を出そうとすればするほど、設定は複雑怪奇になる。
結果、出来上がるのは「誰も読みたくない設定資料集」だ。
でも、怖い。
この鎧を脱いでしまったら、私の書く物語なんて、どこにでもある「ありふれたゴミ」だとバレてしまうんじゃないか。
設定という厚化粧の下にある私の「素の文章力」が、白日の下に晒されるのが怖いのだ。
3.破壊衝動
起き上がって、机に向かう。パソコンを開く。
スマホでちまちまやるのはやめだ。
エディタのカーソルが点滅している。
『多重詠唱術式(マルチプル・キャスト・システム)』
この文字を見つめる。
三日かけて考えたシステム。
でも、これを読んだ読者はどう思う?
「すごい」と思うか? 違う。「長い」と思うだけだ。さっきの私と同じように。
指が、バックスペースキーに伸びる。
タン。
一文字消えた。
タン、タン。
さらに消える。
一度消し始めたら、もう止まらなかった。
ダダダダダダダッ!
破壊の音が部屋に響く。
スキルの詳細解説、消去。
魔法のランク制度、消去。
世界の歴史年表、消去。
主人公の生い立ちの長ったらしい回想、消去。
消して、消して、消しまくる。
画面が白くなっていくたびに、心臓がバクバクとうるさく鳴る。
恐怖?
いや、これは興奮だ。
全部消した。
画面は真っ白になった。
鎧は脱ぎ捨てた。今の私は素っ裸だ。武器は、私の指先と、脳みそにあるイメージだけ。
「やってやるよ」
私は、新しい行に文章を打ち込み始めた。
ステータス画面は出さない。
スキルの説明もしない。
理屈なんてこねない。
書くのは「現象」と「感情」だけだ。
『「――燃えろ」
短く呟くと、指先から小さな火花が散った。
派手な魔法陣も、長い詠唱もない。ただ、胸の奥で燻っていた怒りを、そのまま形にするように。
湿った空気が爆ぜ、雨粒を一瞬で蒸発させる。
目の前の怪物が、その熱量に怯んだのが分かった。』
書いていて、脳汁が出るのが分かる。
説明なんていらない。
「酸素濃度操作」なんて理屈よりも、『皮膚が焦げ付くような熱波とともに、視界が紅蓮に染まる』と書かれた方が、読み手としての私は「熱い」と感じる。
パクリだと言われるのが怖いから、設定で武装する。
それは結局、自分の描写力への自信のなさの裏返しだ。
「炎」を、誰かの真似ではない、私だけの「炎」として描写する覚悟がないから、理屈に逃げるのだ。
逃げんなよ、私。
この指先だけで、読者の五感をジャックしてみせろ。
キーボードを叩く速度が上がる。
八千文字。一気に書き切った。
推敲? 誤字脱字のチェックだけだ。この荒々しい勢いを殺したくない。
タイトル入力。
あらすじ入力。設定語りは一切なし。
公開ボタンをクリック。
『公開されました』
私は大きく息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。
窓の外はもう明るい。
清々しい気分だった。結果がどうあれ、私は「逃げなかった」のだから。
4.宣戦布告
翌日の放課後。
教室の隅で、私はスマホを取り出した。
カクヨムのマイページを開く。
心臓が少し痛い。
PVは……二桁。
まあ、昨日の今日だ。そんなもんだろう。
だが、通知欄に赤いマークがついている。
「レビューがつきました」
きた。
指が震える。
深呼吸をして、タップする。
表示されたのは、二件のレビュー。
一件目。
『★1 意味不明』
『設定がスカスカ。魔法の原理も書いてないし、主人公がいきなり強すぎてご都合主義。これなんてなろう小説のパクリ? 時間の無駄でした。地雷です』
予想通りの罵倒。
「地雷」とまで書かれた。
胸の奥がチクリと痛む。やっぱり、今のWeb小説界隈で「設定なし」は罪なのか。
しかし、二件目。
星の数は、やっぱり少ない。★2。
でも、コメントの文面が私の目を釘付けにした。
『★2 設定は雑だけど』
『世界観の説明もスキルの詳細もなくて不親切すぎる。ストーリーもよくある復讐もの。
でも、炎魔法の描写だけはエグかった。
文字を読んでるだけなのに、マジで火傷するかと思うくらい熱を感じたし、敵が燃える時の臭いまで漂ってきそうで、ちょっと吐き気がした。
文章の圧がすごい。設定ちゃんと練ればいいのに。惜しい』
私は、そのコメントを二度、三度と読み返した。
「エグい」。
「火傷するかと思うくらい熱を感じた」。
「吐き気がした」。
……ふっ。
口の端から、乾いた笑い声が漏れた。
「設定が雑」「不親切」。
ああ、そうだろうね。書いてないんだから当たり前だ。
でも、こいつは感じたんだ。
私が理屈を捨てて、感覚だけで叩きつけたあの「熱量」を。
私の文章だけで、生理的な嫌悪感を催すほどに想像力をハックされたんだ。
私の勝ちじゃん。
教室の喧騒の中で、私はスマホを握りしめたまま、ニヤリと笑った。
クラスメイトが見たら引くくらいの、獰猛な笑みだったと思う。
落ち込む? まさか。
逆だ。火がついた。
説明不足だと? 地雷だと?
上等だ。
だったら、次はお前らが「設定がどうこう」なんて理屈を考える余裕もなくなるくらい、圧倒的な描写力でぶん殴ってやる。
Wikiみたいな設定資料なんてなくても、たった一行の文章で、お前らの脳髄を焼き尽くすことはできるんだ。
それを証明してやる。
「見てろよ、アンチども」
私はカバンからノートPCを取り出した。
ホームルーム? 知るか。
エディタを開く。
バックスペースキーはもういらない。
これから打ち込むのは、すべて敵(読者)を刺すための、鋭利な言葉の弾丸だ。
さあ、第二ラウンドの開始だ。
私の「素手」の戦争は、まだ始まったばかりなんだから。
行間から、火炎放射。 みやっち @miyacchi_novel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます