第3話 初配信の報酬は「笑顔」と「泥」

「……疲れたぁ」


 ダンジョンからの帰還後。  リサと相棒の美緒は、天城恭平が用意した安アパートの一室(兼、配信スタジオ)で、泥のようにへたり込んでいた。


 文字通り、全身泥まみれである。  スライムの粘液を浴び、泥人形の土埃にまみれ、カビたキノコの胞子が髪に付着している。  キラキラしたダンジョン配信者とは程遠い、ドブさらいでもしてきたかのような惨状だった。


「ねえ恭平君。これ、本当に配信されてたの? 視聴者なんてゼロ人じゃない?」


 リサがタオルで顔を拭きながら恨み言を言うと、PCに向かっていた恭平が眼鏡の位置を直し、淡々と答えた。


「同接数は最大で12人。底辺配信としては妥当な数字です。……ただし」 「ただし?」 「そのうちの1人が、タケルでしたよ」


「えっ!?」


 リサが弾かれたように飛び起きた。  横でスポーツドリンクを飲んでいた美緒も、「えっ、タケル君が見てたの!?」と目を丸くする。


「う、うそでしょ!? 私、あんな泥まみれで、除草剤まき散らしてる姿を義理の弟に見られたの!? 終わった……姉としての威厳も、恋の可能性も全部終わった……!」


 リサが頭を抱えてのたうち回る。  義理の弟であるタケルは、学業優秀でサッカー部のエース、おまけにイケメンだ。  一つ屋根の下で暮らす「家族」から「異性」に昇格するため、美しいヒロインになりたかったのに。これではただの「汚い業者」だ。


 その時だった。  リサのスマホが震えた。メッセージアプリの通知だ。  表示された名前は――『バカ弟(タケル)』。


「ひぃっ! き、きた! タケルからメッセージが!」 「な、なんて書いてあるの、リサ姉?」


 美緒が心配そうに覗き込む中、リサは震える指で画面をタップする。  そこには、興奮気味の長文メッセージが表示されていた。


『お疲れ! 配信見たぞ! リサ姉も美緒ちゃんもすげーな!!』


「……え?」


 予想外の賞賛に、リサの思考が停止する。  続けて、タケルの熱いメッセージが届く。


『お前らが大量にゲットしてたその泥! それ「高濃度マナ肥料」だろ!? 園芸部が欲しがってたやつだ!』 『俺さ、今度の試合に向けてグラウンドの芝の状態が気になってたんだよ。ボロボロでさ。でもその肥料があれば、一晩でフカフカの芝生が復活するんだ!』 『頼むリサ! 今日、家に帰ったらその泥、俺に譲ってくれねえか!? マジで困ってたんだ! 姉貴が女神に見える!』


 文章からでも伝わってくる、タケルの興奮と切実さ。  それを読んだリサの頬が、カァーッと赤く染まっていく。


「……女神」 「え?」 「タケルが……私(の泥)を、女神だって……! 私の力がサッカー部の役に立つ……!」


 リサの瞳孔が開き、脳内フィルターが都合よく変換を行う。  タケルにとってリサは「便利な肥料供給源」に過ぎないかもしれない。だが、リサにとっては「愛する彼を支えるマネージャー」のような気分だった。


「やったぁあああ! 見た!? 見たでしょ美緒ちゃん! タケルに頼られちゃった! 私、サッカー部を救っちゃう!」 「う、うん……。まあ、グラウンド整備員としてだけど……でもタケルちゃん、喜んでるね。よかったね、リサ姉」


 幼馴染の美緒は、歓喜するリサに苦笑いで付き合ってくれている。  その横で、美緒の実兄である恭平は冷めたコーヒーを啜りながら、スマホで計算機を叩いていた。


「(……あいつ、相変わらずサッカーのことになると周りが見えなくなりますね)」


 幼馴染の単純さを呆れるように笑うが、その目は笑っていない。  恭平はドライに利益計算を終えると、ビジネスライクに口を開いた。


「リサさん、いいカモ……いえ、顧客が見つかりましたね。学校への納入業者として販路を開拓できそうです」 「えっ、なになに? デートの誘い!?」 「いえ。もっと実益のある話です。美緒、お前もデータの整理手伝え」 「えー、お兄ちゃん人使い荒いー」


 妹に雑用を振る恭平を無視して、リサは画面をスクロールする。


「あ、タケルから追伸がある!」


『追伸:今日の20時から貴志姫奈(きしひな)ちゃんの配信があるから、リサたちも絶対見ろよ! 姫奈ちゃんマジ天使だから! 勉強になるぞ!』


「…………」


 リサの表情がスッと真顔に戻った。  貴志姫奈。  いま話題沸騰中の、S級美少女ダンジョン配信者。  タケルが崇拝する「推し」であり、リサにとっては絶対に勝てない恋のライバルだ。


「……ふん。姫奈ちゃんがなんだっていうのよ。あの子は芝生を直せないわ」 「張り合うところが違うよ、リサ姉」


 リサはスマホを握りしめ、泥だらけの顔で立ち上がった。


「恭平君! 除草剤追加! タケルのために、もっと泥を掘りに行くわよ! グラウンドを日本一フカフカにして、姫奈ちゃんより役に立ってやるんだから!」 「……はいはい。在庫処分が捗りますね」


 リサは輝く笑顔で宣言した。  タケルの「推し」にはなれなくても、タケルの「役に立つ姉」にはなれる。  一般人の少女の恋は、今日も泥臭く、そして健気だった。

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2026年1月18日 18:45
2026年1月19日 18:45
2026年1月20日 18:45

弟がS級アイドル声優(姫奈)にガチ恋してて辛いので、零戦エースの末裔(幼馴染)と義姉がダンジョン配信で分からせようとした結果 石橋凛 @Tialys

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