第2話 命の値段とポーションの相場

「――いっけぇえええ! 私の初魔法、『ファイアボール』!!」


 薄暗い洞窟の入り口付近。  湿った空気が漂うFランクダンジョン『はじまりの洞窟』で、リサの叫び声がこだました。


 彼女が握りしめているのは、木の枝のような杖だ。  天城恭平から「とりあえずこれを持っていてください」と渡された、何の飾り気もない棒切れである。


 目の前には、ファンタジーの定番にして最弱のモンスター、スライム。  ぷるぷると震える青いゼリー状のボディは、まさに初心者の練習台にふさわしい。


 リサはタケルを守るため、血の滲むようなイメージトレーニングを積んできた。  私の熱い想いを炎に変えて! 燃えろ!


 ボッ。


 杖の先から、ライターの種火のような、頼りない赤い光が一瞬だけ灯り――そして、虚しく消えた。


「……あれ?」


 スライムは無傷だ。  それどころか、あくびをするように身をよじると、リサたちに興味を失った様子でプイと横を向いてしまった。


「ちょ、ちょっと!? 無視しないでよ! 私、今攻撃したんだよ!?」 「リサ姉、全然効いてないよ! っていうか火、出てなかった!」


 隣で短剣を構えていた相棒の美緒が、半泣きでツッコミを入れる。  リサは慌てて耳元のインカムを押さえた。


「も、もしもし恭平君!? 聞こえてる!? 魔法が出ないんだけど! 不良品つかませた!?」


『……感度は良好です。叫ばなくても聞こえていますよ』


 インカムの向こうから返ってきたのは、恭平の冷静すぎる声と、猛烈な勢いでキーボードを叩くカチャカチャカチャッという打鍵音だった。


『説明しましたよね。現在の貴女たちのメイトバリュー(性的価値)は、ダンジョンシステム的に「村人A」以下だと』 「む、村人以下って……!」 『この世界の魔法機構は、生物としての魅力、つまり「種を残したいと思わせるフェロモン」を魔力に変換する仕組みです。スライムが貴女たちを無視したのは、食っても美味くないし、襲う興奮もないと判断したからですよ』 「モンスターにまでナメられてるの!?」


 リサは愕然とした。  クッコロ系の女騎士たちがスライムごときに執拗に絡まれるのは、彼女たちが「イイ女」だからなのだ。  一般人であるリサたちは、モンスターの視界にすら入らない。安全と言えば安全だが、配信者としても冒険者としても致命的だ。


「ど、どうすればいいのよ! このままじゃタケルの隣に立つどころか、スライムのおやつにもなれない!」 『いえ、おやつにはならなくて結構です。……チッ、動きましたか』


 恭平の声のトーンがわずかに下がる。  インカム越しに、複数のモニターの通知音がピロンピロンと鳴り響くのが聞こえた。


「え、なに? スライムが攻撃してくる?」 『違います。ロンドン市場です。「魔石(小)」の先物価格が急落しました。大口のヘッジファンドが売り浴びせてきたようですね』 「ろんどん……?」 『リサさん、そのスライムを殴らないでください。スライムが落とす「魔石(小)」は今、ゴミ同然の価格です。貴女たちが持っているその杖の耐久度を減らす方が赤字になります』


 カチャカチャカチャカチャッ! ッターン!  恭平のタイピング音が激しさを増す。


『今、買い支えのアルゴリズムを組んでいますから30秒待機してください。僕がエンターキーを押す前に余計なことをされると、貴女たちの今日の稼ぎが消し飛びます』 「私たちの命と相場、どっちが大事なのよ!」 『相場ですね。貴女たちは逃げれば助かりますが、こっちは数億飛びますから』


 即答だった。  リサと美緒は顔を見合わせる。  私たちの司令塔、今まさにダンジョン攻略より大事な戦いをしていないか?


『よし、処理完了。……で、何でしたっけ? ああ、敵ですか』


 ふぅ、と息を吐いた恭平が、ようやくリサたちのカメラ映像に意識を戻したようだ。


『スライムは無視して、右の通路に進んでください。そこに「腐った泥人形(マッドドール)」がいるはずです』 「ええー……あれ臭いし汚いからイヤなんだけど」 『我慢してください。マッドドールが落とす「汚染土」は今、魔法植物の肥料として需要が急増しています。東南アジア市場で高騰中なんです。スライムを10匹倒すより、泥人形を1匹狩るほうが効率がいい』 「世知辛い! もっとこう、夢のある冒険がしたいのに!」


 文句を言いながらも、リサたちは右の通路へ走る。  そこにはドロドロとしたヘドロの塊のような魔物がいた。


「うわ、ほんとにいた……。でも魔法も使えないのにどうやって倒すの?」 『ポケットに入れてある「除草剤」を使ってください』 「えっ、これ?」 『ホームセンターの在庫処分で、1本50円で仕入れた物です。泥人形は植物属性の魔力で動いていますから、それをかければ即死します。魔法適性ゼロの貴女たちでも扱える「特効アイテム」ですよ』


 リサは半信半疑で、泥人形に向かってスプレーを噴射した。  プシュー。  シュワワワワ……!


 効果は劇的だった。  泥人形は苦悶の声を上げることもなく、あっという間に乾燥して崩れ落ち、あとにはキラキラと光る土が残った。


「うそ……一瞬?」 『今の相場で、その土ひとつで3000円にはなります。原価50円で利益2950円。……悪くない利回りですね』


 インカムの向こうで、恭平が淡々と呟く。  リサたちは、泥まみれの地面に落ちた「商品」を拾い上げながら、複雑な表情を浮かべた。


「ねえリサ姉。私たち、冒険者っていうか……」 「うん。なんか、廃品回収のバイトしてる気分……」


 けれど、ドロップ品回収の通知音が、スマホに軽快に響く。  成果が出ていることだけは確かだった。


『さあ、次です。今のうちに在庫を捌きますよ。次は「カビたキノコ」の群生地へ向かってください。製薬会社がアレルギー薬の原料として探しています』 「また汚そうなやつー!?」


 薄暗いダンジョンの中、リサたちの悲鳴と、恭平の冷徹な打鍵音が響き渡る。  憧れのタケルに近づくための第一歩は、なんとも泥臭く、そして経済的な一歩だった。

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