弟がS級アイドル声優(姫奈)にガチ恋してて辛いので、零戦エースの末裔(幼馴染)と義姉がダンジョン配信で分からせようとした結果

石橋凛

第1話 作戦名『打倒・貴志姫奈』~平和なリビングの空戦(ドッグファイト)~

 週末の昼下がり。  笠置(かさぎ)家のリビングには、男の絶叫が響き渡っていた。


「うおおおおッ!! 姫奈ちゃぁぁぁん!! そこで『死んで償え』は痺れるぅぅぅッ!!」


 高校1年生になったばかりの弟・笠置タケルが、テレビ画面に向かってペンライトを振っている。


 端正な顔立ちに、サッカーで鍛え抜かれた引き締まった肉体。  中学時代は主将として全国大会に出場し、高校でも入学早々レギュラー入りした期待の星。  学校では「王子様」なんて呼ばれて、下駄箱にはラブレターが絶えない完璧超人――のはずなのだが。


「……はぁ。なんで神様は、こいつに『顔』と『才能』を与えて、『まともな性癖』を与えなかったのかしら」


 ダイニングテーブルでノートパソコンを広げていた私――笠置リサは、こめかみをピキピキと引きつらせた。


 こいつは、その高すぎるスペックの全てを、画面の中のS級アイドル声優・貴志姫奈に捧げているのだ。  部活を頑張る理由も「姫奈ちゃんのような強靭なフィジカルを手に入れるため」。  勉強を頑張る理由も「姫奈ちゃんの深遠な騎士道精神(ただの電波発言)を解釈するため」。


 ……救いようがない。


 私の向かいでは、タケルの幼馴染のお兄さんであり、私の家庭教師役でもある**天城恭平(あまぎ きょうへい)**くんが、死んだ魚のような目を向けてくる。


「リサさん。弟の心配をする前に手を動かしてください。この計算式、先週も教えましたよね? 貴女の脳内メモリは揮発性なんですか?」


「うぅ……恭平くぅ~ん! 言い方がキツイよぉ! お礼にハーゲンダッツ奢るから許してぇ~!」


「……はぁ。大学受験を控えた貴重な休日を、年上の大学生に捧げて、報酬がアイス一個ですか。僕の前世は大罪人だったのかもしれませんね」


 恭平くんはため息交じりに、赤ペンで私のレポートを添削していく。  彼は現在、高校3年生。本来なら自分の受験勉強で手一杯の時期だ。


 なのに、現役大学生の私が、年下の高校生に教わっているというこの体たらく。  顔もいいし頭もいい天才肌なんだけど、この冷めた性格と不憫な境遇のせいで、彼の青春は灰色に染まっている気がする。


「――お邪魔しまーす! って、うわ」


 その時、リビングのドアが開いた。  入ってきたのは、恭平くんの妹で、タケルの同級生でもある**天城美緒(あまぎ みお)**だ。


 今年からタケルと同じ高校に入学したピカピカのJK。  しかし彼女は、テレビの前で土下座しそうな勢いのタケルを見て、あからさまに顔をしかめた。


「またアレ見てるの? タケルってば、高校生になってもまだその『露出狂の姫騎士』が好きなわけ?」


「おい美緒、言葉を慎め。あれは露出じゃない、『機能美』だ。姫奈ちゃんの高潔な魂が、装甲の隙間から漏れ出しているだけだ」


「……はいはい。救いようのないオタクね」


 美緒は肩を落として、私の隣に座った。  彼女の家――天城家は、なんでも昔の戦争で凄いエースパイロットを出した家系らしい。  そのせいか、美緒も恭平くんも、どこか一般人とは違うオーラがある。恭平くんは「天才の冷徹さ」、美緒は「好戦的なハンターの目」という感じで。


「ねえリサさん。私、我慢の限界かも」


「奇遇ね美緒ちゃん。私もよ」


 私たちは顔を見合わせた。  テレビの中では、銀色のビキニアーマー(どう見ても痴女)を着た女が、スタジアムの地面を叩き割っている。  世間では「共依存が尊い」とか言われているらしいが、私には「ただの暴力女」にしか見えない。


「あんなのがいいの? タケルは」


「教室でもずっと姫奈の話ばっかり。『MV(メイトバリュー)の高さは、そのまま魂の輝きだ』とか言って、私の新しい制服姿なんて一度も見なかったわ」


 美緒がギリッと奥歯を鳴らす。  MV。  このふざけた世界の指標。  要するに、エロくて強ければ偉いというシステムだ。


「……ふーん。つまり?」


「私たちが姫奈以上にMVを稼げば、タケルの『ロックオン』を強制的に私たちに向けられる……という理論になりますね」


 美緒の瞳が、ギラリと光った。  それはゲーマー特有の「攻略モード」の光であり、おばあちゃん譲りの「敵機捕捉」の目だった。


「……やる?」


「やりましょう。あの鈍感男に、身近な『S級』の凄さを分からせてやりましょう。私の『旋回戦術』で、姫奈なんて撃墜してやるわ!」


 バチバチッ。  私と美緒の間に、火花が散る。  普段はタケルを巡るライバルだけど、今日だけは休戦だ。  共通の敵(ラスボス)、貴志姫奈を倒すために!


「おいタケル! よく聞きなさい!」


 私は椅子を蹴って立ち上がり、仁王立ちして弟を指差した。


「私たちもダンジョン配信を始めるわ! そして、その姫奈とかいう女をランキングから引きずり下ろしてやるから、覚悟しなさい!」


「私もやるわよタケル! 天城家のドッグファイトで、あんたのハートをハチの巣にしてやるんだから!」


 私たちの高らかな宣戦布告。  しかし。  タケルはポテチを齧りながら、チラリとこちらを見て――鼻で笑った。


「は? 無理無理。姉ちゃんたちのMV、いま『5』くらいじゃん。スライムに負けるよ? 姫奈ちゃんは『53万』だぞ?」


「ブチッ(理性の切れる音)」


 上等じゃないの。  その減らず口、MVカンストして塞いでやるわよ!


「……くっ。覚悟の上よ! タケルのためなら、ビキニアーマーくらい着てやるわ!」


「そ、そうよ! エースは退かないのよ!」


 二人は悲壮な決意で拳を握りしめた。  しかし、やる気だけでMV(性的価値)が上がるなら苦労はしない。  彼女たちの作戦には、致命的な欠陥がある。


「……はぁ」


 その時、部屋に深く、重い溜め息が響いた。  恭平くんだ。  彼は掛けていた眼鏡の位置を直すと、パタンと参考書を閉じた。


「見ていられませんね。君たちの計画は穴だらけです。感情論だけで突撃して、撃墜される未来しか見えません」


「うっ……で、でもぉ!」


「黙って聞きなさい」


 恭平くんの瞳の奥で、何かがカチリと切り替わる音がした。  それは、彼の頭の中にある膨大な数字の洪水が、「最適解」を弾き出した合図だ。


「いいですか。現在のMVアルゴリズムにおいて、単なる露出は『下品』として減点対象になり得ます。重要なのは『恥じらい』と『文脈(ストーリー)』の掛け算です」


 彼は立ち上がり、私の襟元に手を伸ばした。  そして、無造作にブラウスのボタンを一つ外す。


「ひゃっ!?」


「リサさん、貴女の武器は『包容力』と『隙』です。胸元を強調するなら、鎖骨のラインを15度見せるのが統計的に最も男性視聴者の滞在時間を延ばします」


 淡々と。まるで野菜の鮮度をチェックするような手つきと口調。  そこには、一ミリの邪念も、色気を感じている様子もない。


「美緒。お前は『幼馴染』という最強の属性を持ちながら、活かしきれていない。タケルへの『照れ』をカメラに向ければ、共感指数は現在の3.5倍に跳ね上がります」


「え、ええ……? お兄ちゃん、なんかキャラ変わってない……?」


 恭平くんは腕まくりをした。  その姿は、受験生ではなく、出来の悪い子供たちを見捨てられない**「オカン」**そのものだった。


「乗りかかった船です。……僕が計算(マネジメント)しますよ。君たちの非効率極まりないMVを、僕の論理で最適化してあげます」


「「ええええええッ!?」」


「ただし! 勉強時間は確保させてもらいますからね。さあ、まずはその非合理的な部屋の掃除からです!」


 こうして。  暴走するブラコン義姉と、空回りするエース幼馴染。  そして、彼女たちを数字で管理するハイスペック・オカンな恭平くん。  私たち一般人による、無謀すぎる「打倒・貴志姫奈」の戦いが、今度こそ幕を開けたのだった。

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