第5話 はじめての領民ができました(歓喜)

 ドラゴンが、上空を旋回している。


 ダリオたちが猪肉を放り出して逃げ惑う。

 せっかくの宴会だったのに。


「焚き火消せ! 森でも岩でもなんでもいい!とにかく陰に隠れろ!」


 俺は叫びながら、焚き火に土をかけた。

 ダリオたちが慌てて森の中に駆け込む。


「「「「「我らは影に……」」」」」


「今はそれいいから早く隠れてくれ!」


 信徒たちも木々の間に消えた。


 俺たちは息を殺して、木の陰から空を見上げた。


 ドラゴンが旋回している。1周、2周……。

 焚き火の煙を見つけたのか? それとも猪肉の匂いか?


 心臓がうるさい。


 3周目。ドラゴンが高度を下げてきた。

 やばい、見つかる——


 その時、遠くの山でなにかの獣が走り出した。

 ドラゴンの首が、そっちを向く。


 翼を翻し、山の方へ飛んでいった。


「……行った」


 全員が、長い息を吐いた。


「運が良かったですね~」


 リーシャがにっこり笑った。


 信徒が1人森の奥から出てきた。おそらく獣で注意を逸らしてくれたのだろう。


 本当にこいつら何者なんだ。いや、助かったからいいけど。



 それはともかく、厄介なことになった。

 領民が増えたタイミングでこれだ。このままじゃ、いつまたドラゴンが来て焼き払われるか分からない。



「今日は皆んな休もう。見張りは俺の分身がやる」


 そう言うとそれぞれが静かに床に向かった。





 翌朝。


 幸いにもドラゴンは来なかった。

 分身の見張りも異常なし。分身も1人しか出さなければ俺(本体)とほとんど遜色ない。

 

 とりあえず、一晩は乗り切った。



「よし、皆んな今日から本格的に動こう!」


 俺は領民を広間に集めた。全員真剣な顔で俺を見ている。


「畑を広げる。小屋を完成させる。柵を補強する。ドラゴンのことは一旦後で考えよう。まずは生きる基盤を固める」


「……分かりました」


 ダリオが頷いた。



 分身を出した。ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ。


 5人になる。

 最初の頃は5人でもとても使い物にならないアホだったが、今は違う。何度も分身を使って、経験を積んだ。5人程度なら普通に動けるはずだ。


「よし!分身Aお前は東の畑を広げろ。分身B!お前は西。Cは南。お前は見張りだ!」


「把握」

「東だな」

「西、任せろ」

「見張り了解。……眠いけど」


 最後の1人だけ余計なこと言ってるが、まあいい。

 分身がそれぞれの持ち場に散っていく。迷いなく、指示通りに。


 オルファが少し驚いた顔をした。


「……前より動きが良くなってるわね」


「慣れてきたんだと思う。5人くらいなら、もう問題ない」


「成長してるってことね」


 分身の経験が戻るたびに、少しずつ「分身を使う感覚」が身についてきた。

 【分身力】とでも呼ぼうか。要はどう指示すれば通るか、どこまでなら頭が回るかなんかを体で覚えた、って感じだ。固有スキルなのでステータスにAとかBとか反映されないのが残念ではあるが…


 ダリオたちも分身と一緒に作業を始める。

 元農民だけあって、手際がいい。





 昼過ぎ。


 領地が、少しずつ形になってきた。


 畑が4区画に広がったし、小屋も2棟完成した。骨組みだけだったのが、木板の壁と屋根がついた。

 柵が領地をぐるっと囲んだ。


「すげえ……」


 ダリオが呆然と呟く。


「1日でこんなに進むなんて……」


「人手が増えたからね。ダリオたちのおかげだよ」


「いや、アルト様の分身がなきゃ無理でしたよ。休みなく動き続けられるなんて凄すぎます!」 


 確かに開拓には分身はピッタリだ。どういう仕組みか食事も睡眠も必要ないのは大きい。






 夕方。


 作業が一段落したところで、妙な物音が響く。


 カンカンカン。


 金槌の音だ。誰かが建築してる。


 俺は音のする方を見た。


 森の端に、黒ずくめの集団が何かを建てていた。

 リーシャの信徒たちだ。


「リーシャ、あれ何やってんの?」


「えっ?」


 リーシャが振り向く。満面の笑みだ。


「ヤルダヴォート教の本部ですよ~!」


「……本部」


 見ると、もう土台まで出来上がっていた。仕事早すぎないか?


「せっかくアルト様の領地に住まわせてもらってるので、布教活動の拠点を~」


「いや、まあ……別にいいけど、先に言ってくれよ」


「すみません。思いついたら即行動しちゃうタイプで~」


 知ってる。


 オルファが近づいてきて、信徒たちを見た。


「……場所、そこでいいの? 水路の邪魔になるわよ」


「あっ」


 リーシャが固まった。


「「「「「移動します」」」」」


 信徒たちが一斉に建築物を解体し始めた。

 統率取れすぎだろ。そしてこの切り替えの早さ。


「アルト様~、場所どこがいいですか~?」


「んー……畑や水路の邪魔にならないとこなら。……あ、あそこなんてどうだ?」


 小高い丘を指差した。


「最高です! 見晴らしもいいし、神聖な雰囲気もあります!」


「神聖……?」


「はい! ここにアルト様を祀る——」


「勝手に祀らないでくれ」


「——祭壇を建てて——」


「聞けよ」


 リーシャは嬉しそうに丘に向かって駆け出していった。

 ……まあ、悪い奴じゃないんだよな。ちょっと頭の調子がおかしいだけで。





 その夜。


 焚き火を囲んで、全員で食事を取っていた。


 昨日の猪肉の残りと、野草のスープ。

 質素だが、自分たちで作った飯だ。


「アルト様~」


 リーシャが隣に座った。


「どうした?」


「今日のアルト様、かっこよかったですよ~」


「え?……何もしてないけど」


「してましたよ~。みんなに指示出して、領地を作って。すごいです~」


「リーシャたちもよく動いてくれてたじゃん」


「はい! でも、アルト様がいなかったらできませんでした~」


 リーシャがにこにこ笑う。


 ……なんか、照れくさいな。



「まだ始まったばかりだ。これからが大変だぞ」


「大丈夫です~! 私、アルト様についていきますから~!」


「……」


 俺は空を見上げた。

 星が綺麗だ。いい夜だな。


「アルト様~、何見てるんですか~?」


「星。綺麗だなって」


「ロマンチックですね~!」


「いや、そういうんじゃなくて……」


 オルファが近づいてきた。


「ところで、ドラゴンのこと、どうするの?」


「ああ、そうだな。そろそろ考えないと」


 昨夜凌いだとはいえ、あいつはまた絶対に来る。この領地を縄張りにしてるんだから。



「正攻法じゃ無理よね。私の弓じゃ鱗を貫けないし。冒険者ギルドに支援要請出そうか?」


「そんな金ないし、そもそもこんな辺境な土地がどうなっても誰も気にしないんじゃないか?」


「それもそうね…」



 俺は自分の手を見た。

 六属性F。戦闘力は最底辺。

 とはいえ…


「分身があるし。数で押せばいけるか~」


 オルファが呆れた顔をした。


「飛んでる相手にどうやって数で押すのよ」


「うーん……飛ばす? 俺を」


「は?」


「分身を空に投げるとか。巨大パチンコ作ってバチーン…って」


 半分冗談のつもりで言ったのだが、オルファの目が光った。


「……それ、意外といけるかも」


「マジ?」


「明日、ちゃんと作戦会議しましょう。面白くなってきたわ」


 オルファが珍しくニヤッと笑った。

 獲物を見つけた狩人の目だ。コワイな~。

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