第4話 泣きながら土下座されても困るんだけど(困惑

 その盗賊長の名はダリオといった。


 元農民。隣の領地で、麦を作って暮らしていたらしい。


「数年前までは、まだマシだったんです」


 焚き火を囲んで、ダリオは語り始めた。

 仲間たちは地面に座り込んで、俯いている。皆んな疲れ切った顔だ。


「でも、領主が変わってから全部おかしくなった。税が……税が、とんでもないことになって」


「税?」


「はい。今年は収穫の7割以上を持っていかれました」


「……は?」


 俺は思わず声が出た。


 7割? そんなことありえるのか?


 俺の反応を見たダリオが、おもむろに説明を始めた。


「まず『稼得税』。稼いだ分の2割を持っていかれます」


「稼いだら取られる……」


「次に『定住税』。住んでるだけで収入の1割5分。払えなきゃ家を追い出されます」


「住んでるだけで1割5分?」


「それから『売買税』。物を買うたびに1割。所得に関係なく一律で"なにか買う度に"売価の1割分を払います」


 オルファが眉をひそめる。


「まだあります」


 ダリオの声が低くなった。


「『継承税』——身内が死んだら財産のから3割を納めろ。『贈答税』——誰かに物をあげたら届け出て税を払え。『通行税』——街道を使うたびに銅貨を取られる。『所有税』——畑や家、馬車なんかを持ってるだけで毎年取られる」


「……多すぎない?」


「極めつけが2つあります」


 ダリオが苦笑する。笑うしかない、という顔だ。


「『献上税』。領主様への奉仕として、収穫の2割を無条件で納める。理由は——『貴族・領主だから』それだけです」


「……」


「そして『耕作税』。畑の広さで税額が固定せれる。収穫量は関係ない。不作でも豊作でも、決まった額を持っていかれる。去年は不作だったのに、同じ額を要求されて……」


 ダリオの声が震えた。


「種籾すら残らなかった。来年の分がない。それでも払えと言われる。払えなければ——見せしめに、殺されるか奴隷落ちだ。家族ごと」


 言葉が途切れた。


「……俺の弟も、そうだった」


 周りの男たちが、さらに深く俯いた。


「だから俺たちは——盗むしかなかった。他の村から。旅人から。……そうしないと生きられないから」



 俺は黙って聞いていた。


 ……これは酷い。追放貴族の底辺領主の俺から見ても笑えないレベルだ。


 仮にも元貴族だから分かる。税ってのは民から搾り取るものじゃない。領地を回すための仕組みだ。取りすぎれば民が死に、民が死ねば領地が死ぬ。そんなの当たり前のことだ。


 この税制は——あまりにも暴利だ。


 こんなの、民が飢えるに決まってる。何考えてるんだ、隣の……


「なあ、隣の領主って誰だ?」


「バロン=ゲルツ男爵です」


 ダリオの声に、憎悪が滲んでいた。


 バロン=ゲルツ。覚えておこう。


 ……なるほど。だから武器の持ち方が素人だったのか。

 元々は普通の農民で、生きるために盗賊まがいのことをしていた。好きでやってるわけじゃない。



「で、なんでうちに来たんだ?」


「……噂を聞いたんです」


 ダリオが顔を上げた。目に、微かな光がある。


「この領地に、変人領主がいるって」


 変人とは人聞きの悪い。



 ダリオは続けた。

 

 「六属性Fで追放されて捨てられた土地に送られたって…」


 「おまけに今は邪教もいるんだけどね」


 俺はリーシャの方に視線をやった


 「邪教じゃないですよ~」


 リーシャが横から口を挟む。


「ヤルダヴォート教です~。入信しませんか~?」


「……今それ言う?」


 俺がつっこむと、リーシャは「てへ」と笑った。


 ダリオは一瞬キョトンとして、それから小さく笑った。


「変な噂は本当だったんですね……」


「悪かったよ。変で」


「とんでもございません。普通じゃない奴…失礼。御方なら、俺たちを受け入れてくれるかもしれないって思ったんです」


 ダリオが地面に額をつけた。土下座だ。


「頼む。ここで働かせてください。盗みはもうしたくない。……まともに、生きたいんだ」


 後ろの男たちも、次々と頭を下げる。


 10人もの大人が、俺に向かって土下座している。

 正直、居心地が悪い。俺はただの15歳。六属性Fの追放貴族だ。こんな大人たちに頭を下げられる器じゃない。


 でも——




「……なあ」


 俺はダリオの前に行った。


「顔を上げてくれないか」


「え……」


「土下座されても困るっていうか……俺だって余裕があるわけじゃないし。正直、食い扶持が増えるのはキツいんだ」


 ダリオの顔が曇る。


「でもさ」


 俺は続けた。


「しっかり働いてくれるなら、話は別かなって」


 ダリオが顔を上げる。目が、わずかに潤んでいる。


「働けば食える。それだけでいいと思うんだ。難しいことは言わない。畑耕したり、柵作ったり、石運んだりここのためになることならなんでもいい……そういうのはできるか?」


「で、できます……!」


「なら、ぜひここで一生に暮らそう。……まあ、サボったら追い出さざるを得ないけど、その辺は期待してるよ?」


 ダリオの目から、涙がこぼれた。


「ありがとう……ありがとうございます……!」


 周りの男たちも、泣いていた。

 大の大人が皆んなしてボロボロ泣いている。なんだこの絵面。この国ってそんなにヤバいのか…?


「泣かなくていいって。飯の準備するから、今日は休んでてくれ」


 俺がそう言うと、リーシャがすっと隣に来た。


「アルト様、優しいですね~」


「……いや、人手が欲しかっただけだよ」


「ふふ、そういうことにしておきますね~」


 リーシャがにこにこ笑う。

 なんか見透かされてる気がして、ちょっとだけムカつく。



 オルファが近づいてきた。


「いいの? 元盗賊を受け入れて」


「まぁ元農民でもあるしね」


「そうだけど。……危険じゃない?」


「どうだろうな。これから分かるんじゃないか。ダメそうだったらその時考えるよ」


 オルファが俺を見る。何か言いたそうな顔だったが、何も言わなかった。


「……アンタ、変わってるわね」


「最近よく言われるよ」


 追放されてからずっとだ。もう慣れた。






 その夜。


 ダリオたちは、信徒が用意した粗末な食事を、涙を流しながら食べていた。


 石のように硬いパンと、屑野菜のスープ。大したものじゃない。でも、彼らにとっては久しぶりの"まともな"

食事だったらしい。


「美味い……美味いです……」


 ダリオが鼻をすすりながら言う。


「もう何ヶ月も、こんなもの食えてなかったんです。盗んだ食い物は、味もしなくて……」


「……そっか」


 俺は何も言えなかった。


 俺だって追放されて、最初の数日はなものを食ってなかった。でも、この人たちはもっと長い間、そういう生活を強いられていたんだ。


 盗賊になりたくてなったんじゃない。

 税で絞り尽くされて、選択肢を奪われた。


 俺は空を見上げた。星が出ている。静かな夜だ。


 隣の領地では、こうやって星を見る余裕すらなかったんだろうな。



「アルト様~」


 リーシャが隣に座った。


「どうした?」


「あの人たち、なんだか可哀想ですね~」


「……そうだな」


「でも、これで仲間が増えましたね! 私たちの教えを広めるチャンスです~!」


「リーシャは本当にブレないな……」


「えへへ~」


 金色の髪を揺らしながらにこにこ笑う。


 彼女は空気読めないのか、読んでいないのか分からない。でも、こういう時にこういうことを言えるのは、ある意味で強さなのかもしれない。正直こういう状況ではその雰囲気が本当に助かる。


「……まあ、布教は程々にしといてくれよ」


「分かってます~。押し売りはしませんよ~」


 ——さっき早速「入信しませんか」って言ってた気がするけれど...


 まあいいか。今夜は色々あった。考えるのは明日だ。








 翌朝。


 ダリオたちは、日の出と同時に起きて、働き始めていた。


「すごいな……」


 俺は目を擦りながら、それを見ていた。


 畑を耕している。石を運んでいる。柵を補修している。

 黙々と、手際よく。農民の動きだ。


「元々、働き者だったんでしょうね~」


 リーシャが横で言う。いつの間にか起きていた。


「みたいだね」



 俺は分身を出した。ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ。4人。


「よし、お前らも手伝ってきてくれ」


「了解!」

「任せろ!」

「働く!」

「腹減った!」


 ……1人不安要素はあるが、まあいい。


 分身がダリオたちに混ざって作業を始める。

 最初はダリオたちも戸惑っていたが、すぐに慣れたようだ。


「領主様方、こっちの石運び手伝ってくだせぇ!」


「おう!」

「おう!」

「おう!」

「腹減った!」


 誰かこのバカ、クビにしてくれないかな。







 昼過ぎ。


 畑仕事をしていたら——森の方から、地響きが聞こえた。


「なんだ?」


 振り向いた瞬間、木々を薙ぎ倒しながら巨大な影が突っ込んできた。


 牙の生えた猪。角うさぎの比じゃないデカさ。"魔物"だ。



「「「「「うわぁぁぁ!」」」」」


 ダリオたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


「落ち着け! 散らばるな!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


 猪はこっちに向かってきている。だが、真正面から突っ込んでくるなら——


「分身、左右に散れ! 正面は俺が引きつける!」


「「「了解!」」」


 分身が左右に展開する。俺は猪の正面に立ったまま、ギリギリまで引きつけて——


「今だ!」


 横っ飛びで躱す。猪が俺のいた場所を通過した瞬間、左右から分身が飛びかかった。


「後ろ足だ! 押さえろ!」


「「おう!」」


 2人が後ろ足にしがみつく。猪が暴れるが、動きが鈍る。


 そこへ——


 ヒュン。


 オルファの矢が猪の前足に刺さった。


「ナイス! ダリオ、今だ!」


「任せてくだせぇ!!」


 ダリオが斧を振り下ろした。


 ドスッ。


 猪が倒れる。



「……やった」


「やったぁ!」

「勝った!」

「すげえ、領主様!」


 分身とダリオたちが歓声を上げる。


 オルファが少し驚いた顔で俺を見た。


「……アンタ、意外と度胸あるわね」


「死にたくないだけだよ。逃げ回ってたら全員やられてた」


「まあ、判断は悪くなかったわ」


 珍しく褒められた。


 リーシャがにこにこしながら近づいてきた。


「アルト様~、かっこよかったですよ~!」


「そうか?」


「はい! あと、この猪、食べられますよ~。肉、美味しいんです~」


 ……食えるのか、これ。








 夕方。


 焚き火を囲んで、猪肉を焼いていた。


 脂が滴り、炎が一瞬大きくなる。香ばしい匂いが広がる。


「美味そう……」


 ダリオたちが生唾を飲む。久しぶりの「自分たちで狩った肉」だ。


「よし、焼けた。食たべよう!」


 俺が肉を切り分けると、全員が一斉に手を伸ばした。


「「「いただきます!」」」


 かぶりつく。


「……っ、美味い!」


「美味いです……!」


「肉だ……本物の肉だ……」


 元盗賊たちの目から、涙がこぼれていた。

 隣の領地では、肉なんて贅沢品だったんだろう。


「泣くか食べるかどっちかにしなよ笑」


「すみません……でも、こんな……こんなご馳走久々すぎて……」


 ダリオが俺のところに来た。


「領主様」


「アルトでいいよ。領主様とか慣れてないし」


「じゃあ……アルト様」


 底辺領主の俺に"様"も慣れない気がするが、まあいいか。


「どうした?」


「ありがとうございます。本当に」


 ダリオが深々と頭を下げる。


「俺たち、ここで真面目に働きます。絶対に、裏切りません」


「……助かるよ」


 俺は照れ臭くなって、視線を逸らした。


 こんな風に感謝されることなんて、追放されてから一度もなかった。

 なんか、こういうの悪くない気分だ。



「アルト様~、私にもお礼言ってください~」


 リーシャが横から割り込んできた。


「リーシャは何もしてないだろ」


「えー、ご飯作ったじゃないですか~」


「それ信徒じゃん?」


「信徒は私の手足ですから、実質私です~」


 めちゃくちゃ言うな。でも、まあ——


「……ありがとな、リーシャ」


「えっ」


 リーシャが頬を赤らめて目を丸くした。


「い、いえ、どういたしまして……?」


 なんか動揺してる。珍しいな。


 俺は猪肉を齧りながら、空を見上げた。




 領民が増えた。10人。

 分身と合わせれば、それなりの人数だ。


 これで少しは、領地らしくなるかもしれない。






 ——そう思っていた矢先。


 空に、大きな影が横切った。


 例のドラゴンだ。



「「「「「うわぁぁぁ!」」」」」


 ダリオたちが一斉に悲鳴を上げる。そりゃそうだ。


 俺は溜息をついた。


「……そういえば、あいつのこと忘れてたなぁ...」






どうしよ?!

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