第3話 はじめての"マトモ"な人(多分)
リーシャたちが居候を始めて3日が経った。
驚くべきことに——作業効率が上がっている。
理由は単純。信徒がウソみたいに働くからだ。
あの黒ずくめの5人が、黙々と土地を開拓し、石を運び、柵を組んでくれる。
「「「「「我らは影に生きる者……」」」」」
作業中ことあるごとに唱えてて非常に不愉快極まりないのだが、実際助かっているか今回は目を瞑ることにしよう。
ただ、唱和しながら農業をしているせいで、見た目がどう考えてもカルト集団のソレで非常にコワイ。
もしここに通りすがりの旅人がいたら、確実に通報される絵面だ。早くなんとかしないと…。
「アルト様~!」
リーシャが駆け寄ってきた。
金髪を揺らし、両手にパンを持っている。どこから出したんだろう。
「お昼ですよ~! 信徒たちが作りました!」
「いつの間にかまともな食事が出るようになってる……」
「えへへ~。あと、アルト様用に特製のやつも用意しました!私の愛情入りです!」
「おい…」
「ジョークですよ~」
俺はパンを受け取りながら、領地を見渡した。
少し前と比べれば、確実に進んでいる。
畑らしきものができた。柵もある。井戸も掘り直した。砦の壁も一部だが補修した。
森から切り出した丸太で、小さな小屋も建て始めている。まだ骨組みだけだが、これが完成すれば信徒たちの寝床になる。
ゼロから街づくりっていうのも案外悪くない。目に見えて形になっていくのが面白いのだ。
問題は——俺の分身だ。
現在、俺は分身を4人出している。本体含めて5人体制。
「お前らは水路。俺は見張り」
「了解!」
「りょーかい!」
「任せろ!」
「水路ね!」
散った。今日もちゃんと散った。学習の成果だ。
——と、思ったのだが。
30分後。
「水路掘った!」
「こっちも!」
「完璧!」
「天才!」
「なんで全員同じ場所掘ってんだよ!」
ほとんど学習してなかった。まごうことなきアホである。
全員が「最適な場所」を考えた結果、全員が同じ結論に達し、全員が同じ場所に集合した。
俺は頭を抱える。
「アルト様~、お茶どうぞ~」
リーシャがにこにこしながら茶を運んできた。
「……ありがとう」
「分身さんたち、可愛いですね~。全員アルト様のお顔してますし、全員私の信徒にしたいです~」
「分身に布教は勘弁してほしい」
「え~、でも5人分の愛を注げますよ?」
「コワイ」
——そのとき。
森の方から、人の気配がした。
俺は反射的に立ち上がる。
リーシャの信徒たちも、作業の手を止めた。さっきまで「我らは影に……」とかなんとか唱えていたくせに、急に無言になると逆に緊張が走る。
木々の間から、1人の女が現れた。
赤毛のポニーテール。弓を背負っている。革と金属の軽装鎧、いわゆる「女冒険者あるある」な格好だ。
年は俺より少し上、17か18といったところか。
鋭い目で、こちらを見ている。
「……貴様が、この領地の領主か?」
「そうだけど」
女は一瞬、俺の後ろを見た。
分身が4人、同じ穴を掘っている。
危険はないと判断したのか、黒ずくめの集団が「我らは影に生きる者……」と再開した。
リーシャが「入信しませんか~?」と満面の笑みで近づいていく。
女の顔が、真顔のまま引きつった。
「……なにこの状況」
「説明すると長い」
「いや、説明して」
俺も説明してほしい。毎日これを見ている俺自身が、一番理解できていないんだからな。
30分後。
俺は簡潔に状況を説明した。
女——オルファ=アーチウッドは、冒険者ギルド所属のレンジャーだという。
「禁忌能力者がいる」という噂を確認しに来たらしい。
オルファは頭を抱えていた。
「つまり——六属性Fで追放されて、固有スキル『分身』だけ持ってて、分身すると増えるけどアホになって、邪教教祖が居候してて、ドラゴンが縄張りにしてるこの領地で、なんとか生き延びようとしてる、と」
「そう」
「……帰りたい」
オルファが遠い目をした。分かる。俺も帰れるものなら帰りたい。
「で、どうする? 禁忌認定して通報するのか?」
「……まだ判断できない。正式に禁忌かどうかは、ファルミス教の連中が決めること。私の役目は調査よ」
ファルミス教。国教だ。女神テミスを信仰する。6属性の鑑定もここが取り仕切り、禁忌認定の権限を持っている。
あそこに目をつけられたら、俺は終わりだろう。
「ひとつ聞いていい?」
オルファが立ち上がり、俺の分身を見た。
「なに」
「なんで全員同じことしてるの?」
水路の方を指差す。分身たちが、まだ同じ穴を掘っている。
「アホになるから…?」
「……もっと詳しく」
「まだ自分でもよく理解していなんだけど…分身を増やすと、おそらく知能が分割される。だから、1人1人がバカになる。で、全員が同じことを思いつく」
「それで、全員同じ場所に集まると」
「そう」
オルファが眉をひそめた。
そして——弓を構えた。
「……え?」
矢が飛んだ。
ボンッ。ボンッ。
分身が2人、立て続けに煙になって消えた。
「おい!? 何すんだ!」
「うるさい。黙って見てなさい」
その瞬間——頭の中に記憶が流れ込んできた。
「っ……!」
水路を掘った感覚。土の匂い。疲労感。
分身が経験したことが、全部まとめて脳に突き刺さる。情報酔い。視界がぐらつく。
でも、それと同時に——残った分身の動きが、変わった。
「……あれ?」
残り2人の分身が、別々の場所を掘り始めた。
連携が取れている。同じことを繰り返していない。
「アンタの話を聞く限り、数を減らせば1人あたりの知能が上がる。当然でしょ」
オルファは弓を下ろした。
「アンタの才能は数じゃなくて、運用よ」
「……」
言われてみれば、当たり前のことだ。
でも、俺は「増やせば強い」としか考えてなかった。
「増やすだけがスキルの使い方じゃない。状況に応じて増減する。それが管理よ」
オルファが俺を見る。目が、妙に鋭い。
「アンタ、頭は悪くないでしょ。分身してないときは」
「……どうだろ」
正直、自信はない。
「じゃあ、分身してないときに計画を立てて、分身してるときは実行だけさせる。そういう運用が良さそうね」
なるほど。
事前に計画を立てて、分身には単純作業だけやらせる。
アホになっても、指示通りに動くだけなら問題ない——指示通り動けば、だが…
「……君、頭いいな」
「オルファでいいわ。このくらい少し考えればわかると思うけれど」
辛辣。でも、正論だ。
「オルファさん~! 入信しませんか~?」
リーシャが横から割り込んできた。
「否だ」
「え~、でも素敵な教えですよ? 『禁忌ナニソレ、能力は自由だ』って——」
「興味ない」
「そんなぁ~」
リーシャがしょんぼりする。演技っぽい。
オルファがリーシャを見た。目が、さっきより鋭くなっている。
「……この女」
「はい?」
「……いや、なんでもない」
オルファが視線を逸らした。
なんだ今の。明らかに何か引っかかってる顔だったが。
その日を境に、オルファも領地に滞在することになった。
「監視よ。禁忌かどうか、もう少し見極める必要がある」
建前はそうだ。
でも、彼女は俺の分身管理を手伝い始めた。
「増えすぎ。減らして」
ボンッ。ボンッ。
「はいはい、処理落ちしてる。……削るよ」
ボンッ。ボンッ。ボンッ。
容赦なく分身を消していく。
最初は「もったいない」と思った。
でも、結果的に作業効率は上がっている。
適正な数。適正な運用。
オルファの言葉が、少しずつ理解できてきた。
夜、焚き火の前で。
「ところで」
オルファが俺を見た。
「この領地、住民ゼロで本当にやっていくの?」
「……今のところ、俺と分身と、リーシャの信徒だけだな。まぁなんやかんや10人ちょっとか」
「信徒は住民にカウントしていいの?」
「正味わからん…」
オルファがため息をついた。
「領地として機能させるなら、人が必要よ。農民、職人、兵士。分身だけじゃ限界がある」
「分かってる。でも、こんな辺境に来る奴なんて——」
そのとき。
森の方から、物音がした。
俺とオルファが同時に立ち上がる。
リーシャも、いつの間にか隣にいた。当たり前のように気配を消すな。
「……人の気配ですね~」
木々の間から、複数の人影が近づいてくる。
武装している。剣、斧、槍。
10人はいそうだ。顔は険しい。目つきが悪い。
——盗賊か?
オルファが弓を構える。俺は分身を出そうとして——
「待って」
リーシャが、俺の腕を掴んだ。
「あの人たち、盗賊じゃないです」
「は?」
「見てください。武器の持ち方。素人ですよ」
言われてみれば——確かに、構えがぎこちない。
本職の盗賊なら、もっと手慣れているはずだ。
……なんでリーシャがそんなこと分かるんだ? いや、今はいい。
人影のリーダーらしき男が、俺たちの前で立ち止まった。
顔は汚れている。服はボロボロ。目の下には濃いクマ。
明らかに、長いことロクな生活をしていないことが一目でわかる。
「……あんたが、この領地の領主か?」
「そうだけど」
先頭の男が一歩踏み出した瞬間——オルファの矢が地面に刺さった。
「動くな」
冷たい声。男の足が止まる。
俺も分身を出した。ボンッ、ボンッ、ボンッ。
4人の俺が、男たちを囲むように散開する。
「「「「動くなよ~」」」」
……間抜けた声だ。緊張感が台無しになる。
でも効果はあった。10人もの男たちが、完全に足を止めている。
そこへ——
「「「「「我らは影に生きる者……」」」」」
リーシャの信徒が、いつの間にか背後に回っていた。
黒ずくめの5人が、男たちの退路を塞いでいる。唱和はやめてほしい。
「……っ」
男たちの顔から血の気が引く。
そりゃそうだ。四方を囲まれて、しかも片方はカルト集団みたいな連中だ。俺だって引く。
「早く武器を捨てろ…さもないと」
オルファが淡々と言う。男たちは顔を見合わせて——やがて、剣や斧を地面に落とした。
カラン、カラン。金属音が響く。
抵抗する気力もなかったのか、あっさりしたもんだ。
「よし。……で、お前ら何者だ」
俺が聞くと、リーダーらしき男が膝をついた。
「俺たちは——」
男の声が、震えていた。
怒りじゃない。恐怖でもない。
もっと別の——縋るような、祈るような。
「隣の領地から逃げてきた。……助けてくれ」
その目には、疲労と、絶望と、かすかな希望が混じっていた。
俺は分身を解除した。ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ。
情報酔いで少しクラッとしたが、今は大丈夫だ。
オルファを見る。弓は下ろしているが、警戒は解いていない。
リーシャは……相変わらずにこにこしている。
「……とりあえず話を、聞こう」
俺がそう言うと、男の目から、涙がこぼれた。
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