第2話 邪教教祖がやってきた(唐突)

 翌朝。


 俺は生きていた。奇跡だ。


 昨夜のドラゴンは、結局こっちに降りてこなかった。旋回して、どこかへ飛んでいった。

 たぶん、こんな痩せた獲物に興味がなかったんだろう。助かった。


 だが、問題は解決していない。


 あいつはこの領地の上空を飛んでいた。つまり、ここは「あいつの縄張り」ということだ。

 いつまた来るか分からない。次は見逃してくれる保証もない。怖。


「……とりあえず、動くしかない」


 俺は分身を出した。


 ボンッ。ボンッ。ボンッ。ボンッ。


 自分(本体)合わせて5人、昨日と同じ数だ。

 頭がふわっと軽くなる。アホ化の予兆。でも、昨日よりはマシな気がする。


「お前らは拠点整備。俺は見張り」


「了解!」

「了解!」

「了解!」

「イーー!」


 今日はちゃんと散った。学習してる。えらいぞ、俺。褒めて遣わす。



 ——2時間後。


「おい、何やってんだお前ら」


 振り返ると、分身たちが全員で同じ石を運んでいた。


「重いから!」

「協力!」

「チームワーク!」

「絆!」


「1人で持てる石を4人で運ぶな! 効率!」


 ……あまり学習してなかった。


 俺は頭を抱えた。

 やっぱり増やすとアホになるのか、こいつら……。



 そのとき——


 空が、暗くなった。


 また、月を遮る影。いや、今は昼だ。太陽を遮っている。


 ドラゴンだ。


「「「「来たぁぁぁ!」」」」


 ドラゴンが旋回し、高度を下げてくる。昨日より近い。明らかにこっちを見ている。


「逃げろ!」


 俺と分身が同時に走り出す。

 方向がバラバラ。それでいい。的を散らせば、狙いにくくなる——はず。


 ドラゴンが咆哮する。

 背後の地面が爆ぜた。ブレス。火球。直撃したら即死だ。


「うわあああ!」

「熱い熱い熱い!」

「死ぬ死ぬ死ぬ!」


 分身が1人、爆風で吹っ飛ばされて——ボンッ。消えた。


 その瞬間、頭の中に記憶が流れ込む。


「っ……!」


 熱い。痛い。怖い。

 分身が感じた恐怖が、そのまま脳に刺さる。


 ——でも、同時に。

 「熱さ」への感覚が、ほんの少しだけ馴染んだ気がした。

 分身が炎に焼かれた経験が、俺の中に残っている。……これが、経験の共有か?


 しかし、相も変わらず情報酔いはやってくる。目眩と吐き気がおぞましい。


 でも今は立ち止まれない。


 俺は森の方へ走った。木の間に入れば、ドラゴンも追いにくい——


「——そこの方!」


 横から、声がした。


 振り向くと、フードを被った少女がいた。

 金髪。赤い瞳。年は俺より少し上か。

 なぜか、満面の笑みを浮かべている。


「禁忌スキル持ちの方ですか!?」


「は?」


「私、ずっと探してたんです! 禁忌スキルを持つ方を!」


 背後でドラゴンが咆哮している。

 状況を見ろ。今それどころじゃない。


「入信しませんか!?」


「いや待て」


 少女はフードを脱ぎ、両手を広げた。


「私、リーシャ=ノクターンと申します! 『ヤルダヴォート教』の……えーと、代表? をやっております!」


 なんだその宗教、聞いたことないぞ。邪教か?。代表というの意味不明だ。教祖的なことだろうか。

 

 しかも一言目から「禁忌スキル」。


 情報量が多すぎる。


「あなたは神に選ばれしお方!女神テミスのビッチ野郎ではなく崇高なヤルダヴォート神に見染められた方なのです!!」


「ヤルダヴォート?」


「というわけで、もちろん入信していただけますよね?(暗黒微笑)」


 いや怖。なんだこれ。もしかして頭おかしい系なんじゃないか?


「いや、そんなことよりドラゴンが——」


「大丈夫です! 信徒たち、出てきなさい!!」


 パパン!とリーシャが手を叩く。


 すると、森の影から黒ずくめの集団がスッと現れた。


 1、2、3、4、5。その数5人だ。


 

 5人かぁ~…


「「「「「我々は影に生きる者……」」」」」


 全員で同じセリフを言うな。しかも5人しかいないくせに声だけは無駄にデカい。


 分身中の俺を俯瞰で見るときっとこうに違いない!


 …なんか小恥ずかしいな。



「こっちです! 逃げ道、用意してあります!」


 リーシャが俺の手を引っ張る。


 考える暇もなく、俺は彼女についていった。

 後ろでドラゴンのブレスが地面を焼く音がする。


 信徒たちが散開し、囮になっている——のか?

 いや、ただ逃げ回ってるようにみえるが…

 でも、ドラゴンの注意は確実に分散していた。



 10分後。


 岩場の影で、俺は息を整えていた。


 分身は全員解除した。情報酔いで頭がガンガンする。まじに吐きそうだ。


「助かった……のか?」


「助かりました!」


 リーシャが隣で、にこにこ笑っている。


「それで、入信の件なんですけど——」


「待て。まず状況を整理させてくれ」


 俺は額を押さえながら、リーシャを見た。


「だいたい君は…」


「リーシャとお呼びください!」


「あー…リーシャはなんで俺のことを知ってる?」


「噂ですよ~。『六属性Fで追放された貴族の子が、禁忌の疑いがある』って」


 ……もう噂になってるのか。追放されて1週間も経ってないのに。



「し・か・も…追放されて今は悠々自適にお過ごしだとか?!」

 

「悠々自適、ね…まぁ確かに見方によっちゃそうか…」


「はい!! で、馳せ参じた次第であります!」


「なるほど。ところでリーシャたちは教会の人なの?とてもそうは見えないけど…」


「『ヤルダヴォート教』です! ……まだ5人ですけど、これから増えます!」


 リーシャが頬を膨らませる。


 あれ、もしかしてこの少女、見てくれだけは超絶いいのでは…?



「私たちの教義は端的に言うと『禁忌ナニソレ?、能力は自由だ』です!」


「……なるほど?」


「そして…」


 リーシャが急に真面目な顔になった。


「この国の国教であるファルミス教では、6属性で人を評価して、それ以外は不能。さらに説明できない能力は『禁忌』として断罪します。でもそれ、おかしくないですか?」


「……」


「6属性が高ければ偉い。低ければゴミ扱い。禁忌認定されたら、本人だけじゃなく家族まで処刑される。——そんなの、ただの差別じゃないですか」


 リーシャの赤い瞳が、まっすぐ俺を見ている。


「ヤルダヴォート教は、その『差別』に抗う教えです。決められた能力で人を裁くな。禁忌なんて呼ぶな。——私たちは、そう訴えてるんです」


 ……なるほど。これは完全に「邪教」だ。

 国の根幹を否定してるんだから、そりゃ弾圧されておかしくない。


「でもそれって危ない思想なんじゃ?」


「まぁ"国"からみたらそうでしょうね…でも私たちは正当に評価されない人たちを救いたいだけです!」


 リーシャの目が、一瞬だけ揺れた。


「……私も、昔は『禁忌』って呼ばれてたんです」


 金髪が揺れる。赤い瞳が、俺をまっすぐ見ている。


「だから分かります。あなたがどれだけ辛かったか」


「……」


 辛かったか、と聞かれると——一応まあ、辛かった。

 でも今さら同情されても困る。


「で、入信するとどうなる」


「仲間が増えます! あと、私があなたを全力で支援します!」


「支援?」


「はい! 私たちが力になります!あなたの役に立てるようにいろいろ!」


 いろいろ…イマイチ具体性がない。


「……断ったらどうなる」


「悲しいです」

 リーシャは目を伏せる。


 それだけか。


「でも、無理強いはしません。私たちは『自由』を掲げてますから」


 リーシャが立ち上がり、洞窟の入り口を覗いた。


「ドラゴン、いなくなったみたいですね。……あ、でも私、行くとこないんです」


「は?」


「だって、あなたを見つけるためにここまで来ちゃったので。拠点とかないんです」


 俺は嫌な予感がした。


「……まさか」


「というわけで、私、ここに住みます!」


「聞いてない」


「よろしくお願いしますね、アルト様~!」


 リーシャが満面の笑みで手を振る。


 俺は天を仰いだ。

 ドラゴンに加えて、邪教教祖(?)まで居候することになった。


 灰枝グラウエル領の人口がゼロから一気に増加した。といっても確認できたのは6人だが。

 ……いや、これ人口にカウントしていいのか?







 その夜。


 リーシャは信徒たちと一緒に、砦の隅に陣取っていた。

 焚き火を囲んで、なにやら怪しげな儀式をしている。


「「「我らは影に生きる者……」」」


 相変わらずうるさい。



 俺は焚き火の前で、今後のことを考えていた。


 現状、3つの問題がある。


 1、ドラゴン。いつ来るか分からない。

 2、食料。もう数日しか持たない。

 3、リーシャ。何を考えてるか分からない。


 全部重い。どれから手をつけていいのか。


「アルト様~」


 リーシャが近づいてきた。


「何か手伝えることありませんか?」


「……リーシャは何ができるの?」


「なんでもできますよ~。料理とか、掃除とか、暗殺とか」


「…え?」


「なんでもないです~」


 リーシャがにこにこ笑う。


 ……この女、絶対なんかやばいぞ。


 でも、今は人手が欲しいのも事実。


「じゃあ、明日から食料調達を手伝ってくれ。俺の分身と一緒に」


「はい! 喜んで!」


 リーシャが跳ねるように戻っていく。



 俺は空を見上げた。

 月が出ている。今夜はドラゴンの影はない。


「……まあ、なんとかなる、か」


 まぁなんとかしないと、死ぬんだけどね(笑)


 

 いや笑えねぇよ!!!







 その頃——


 リーシャは信徒の1人に、小声で指示を出していた。


「あの人の周辺情報、全部集めて。敵も味方も、障害になりそうなものも」


「御意」


「あと、ドラゴンの生態も調べて。弱点があるはずだから」


「……かしこまりました」


 信徒が影に消える。



 リーシャは、アルトの背中を見つめた。


 ——この方を旗頭にすれば、ヤルダヴォート教は絶対に伸びる。


「……アルト様」


 呟きは、夜風に溶けて消えた。


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