全ステFの最弱領主、禁忌スキル【分身】で無限に増殖!?〜数の暴力で世界を詰ませます!〜

@oddman

第1話 落ちこぼれの俺は増えたところでやっぱり無能でした(真理)

「火」F。「水」F。「雷」F。「風」F。「土」F。「光」F。


 六連続F。クソ雑魚役満。人生終了のお知らせである。




 この国では、十五歳になると「六属性鑑定」を受ける。


 火、水、雷、風、土、光——どの属性に適性があるかで、騎士になるか、魔法使いになるか、官僚になるか。人生のすべてが決まる仕組みだ。


 便利だよな。本人の意思なんて、最初から計算に入ってない。



 俺——アルト=ヴァルディス。15歳。ヴァルディス侯爵家の長男。

 肩書きだけなら勝ち組だ。周囲の期待値は高かった。


 大聖堂の水晶板に手を置くまでは、俺だって「まあ、うちの血筋なら火か光でAくらい出るだろ」とか思ってたんだよ。


 思ってたの。人間、希望があると前向きになれるじゃないですか。



 で、結果がこれだ。


 聖堂内が、文字通り「しーん」となった。

隣の貴族の咳払いだけが、やけに大きく響く。誰も笑わない。笑うと自分に飛び火しそうだからだ。王都の社交界は、いつだって保身が上手い。



「固有スキル」


 祭司の声に、空気が変わった。



 ——固有スキル。


 生まれつき持っていなければ絶対に使えない、特別な能力。

 かつての勇者も、聖女も、魔王ですら、歴史に名を残した者は必ず固有スキルを持っていた。

 つまり、これ次第ではまだ逆転がある。六属性がゴミでも、固有スキルが強ければ——


 水晶板に、短い文字が浮かんだ。


 固有スキル:【分身】


「……分身?」


 俺は首を傾げた。祭司も首を傾げた。周囲の貴族も首を傾げた。

 全員が同じ反応をしているのが、逆にシュールだった。


「あの、これ、何ですか」

「……存じ上げません」


 祭司の顔が「業務範囲外です」と言っている。

 つまり、誰も知らない。前例がない。説明できない。


 この世界では、「説明できない」は「危険」とほぼ同義だ。


 禁忌。王国と教会と魔法協会が「制御不能」と判断したものは、存在ごと消される。本人だけじゃない。家族も、使用人も、ついでに近所も燃える。


 俺の固有スキルは、その「禁忌」一歩手前ということだ。


 まぁ端的に言えば「ハズレスキル」なのである。


 ……おい神様、もうちょっと手心ってもんがあるだろ。





 帰りの馬車で、父は一言も喋らなかった。

 母は何か言おうとして、全部喉で引っかかった。


 屋敷に戻ると、俺の後ろには次男の弟がいた。鑑定は来年のはずなのに、なぜか今日この場にいる。


 弟は俺の鑑定書を一目見て、口角を上げた。


「兄上、六属性すべてFって……逆にすごいですね。才能では?」


 母が「やめなさい」と叱るが、弟の目はすでに「家督」の二文字を見ている。

 貴族の家庭教育は、こういう方向にだけ優秀だ。


 父が椅子に座る前に、結論を言った。


「アルト。お前は家督を継げない」


 知ってた。六属性Fの当主とか、家紋が泣く。


「それと——」


 父の眼光がさらに険しくなる。


「固有スキルの件がある。お前がこの屋敷にいるだけで、家が燃えるかもしれんのだ」


 なるほど。俺の存在自体がリスクということか。


「死んでもらうのが一番早い」


 父がさらっと言った。母が息を呑む。

 家令は無言で紅茶に砂糖を追加した。殺人会議に砂糖を足すな。


「ただし、条件がある」


 父は地図を広げ、端っこの灰色のシミみたいな場所を指で叩いた。


灰枝グラウエル領。名ばかりの領地だ。税収ほぼゼロ、住民もろくなのがいない、当然、魔物も出る。……ここをお前にやる」


「くれるの?」


「"隔離する"だ。言い方を間違えるな」


 つまりこうだ。

 ——殺すのは後味が悪い。だから「死ぬまで引きこもって二度と出てくるな」プラン。


 俺は一瞬だけ「その条件でどう生きろと」と思ったが、交渉できる立場じゃない。死ぬか、消えるか。二択なら、消える方を選ぶ。


「……分かった。二度と戻らない」


 父は頷いた。安心した顔だった。

 息子を追い出して安心する父。これが貴族の美学らしい。


 出発は即日。荷物は鞄1つ。見送りは最小限。

 門が閉まる音が、妙に綺麗に響いた。


 ——こうして、無事追放完了。俺の人生の第一部が幕を閉じたわけだ。








 馬車に揺られて5日。


 道は石畳から土に変わり、土からただの轍に変わり、最後は「これ道って言っていいの?」ってレベルになった。


 そして到着した灰枝グラウエル領は——


 想像以上にボロかった。


 崩れた石壁。半分埋まった井戸。枯れかけた畑の跡。人影ゼロ。鳥の声すらケチっている。


 護衛の傭兵が、俺の鞄を馬車から放り投げた。


「ここだ、底辺領主さん。砦の跡があるだろ、あれがお前の"城"だ。じゃあな」


「え、ここから先は?」


「先? 先は魔物と風と絶望だ。俺らの契約はここまで。達者でな。……いや、死んでも別にかまわんか」


 馬車は土埃だけ残して去っていった。


 俺は1人になった。静かすぎて、自分の心臓の音がうるさい。



 現状整理。


 六属性F。住民ゼロ。税収ゼロ。食料なし。希望もなし。


 ……あれ、これ結構詰んでないか?



 風が冷たい。腹が鳴る。

 ここで取れる選択肢は2つ。


 1:泣く。

 2:足掻く。


 俺は鑑定書の写しを取り出し、「固有スキル:分身」の文字を睨んだ。


 誰も知らないスキル。説明書もない。使い方も分からない。

 でも、これしかない。


「……分身」


 ボンッ。


 煙の中から、俺が現れた。

 まったく同じ顔。まったく同じ服。まったく同じ情けない面をしていやがる。


「おい」

「おい」

「いや、返事すんなよ俺」

「返事すんなよ俺」


 ……これ、俺だ。完全に俺だ。


「もう1回」


 ボンッ。ボンッ。ボンッ。


 5人になった。


 そしてその瞬間——頭の中が、妙に軽くなった。


 普段なら「優先順位」「危険度」「効率」って言葉が脳内で整理されるはずなのに、今は「なんかいける気がする!」が先に来る。



「よし、作業だ! お前は水を探せ! お前は薪! お前は食料! お前は見張り! 俺は拠点確認!」


「了解!」

「了解!」

「了解!」

「了解!」


 散った。

 ……はずだった。



 五分後。


「水見つけた!」

「俺も見つけた!」

「俺も!」

「俺も!」

「俺も!」


「全員同じ水たまりに集合してんじゃねえ!」



 分身が増えると、全員の思考がほぼ同じになるらしい。

 同じことを思いつき、同じ場所に向かい、同じ報告をする。

 便利なようで、めちゃくちゃ不便だ。


 ……これ、増やすとアホになる仕様か?



 とはいえ、腹は減る。


「食料探しだ。何か狩れるもの探せ」


「了解!」

「了解!」

「りょーかい!」

「任せろ!」


 今度はバラけた。学習してるのか、たまたまか。


 10分後。


「見つけた!」


 分身の1人が、茂みの向こうを指差している。

 覗いてみると——角の生えたうさぎがいた。

 普通のうさぎより1回り大きい。初めて見たけど多分魔物だ。


「囲め!」


「「「「おう!」」」」


 分身が四方から飛びかかる。


 ボフッ。


「捕まえた!」

「捕まえた!」

「俺が捕まえた!」

「いや俺!」


「全員で捕まえたんだよ! ……っていうか、早く締めろ!」


 分身が押さえつけている間にナイフで仕留めた。

 押さえ役と締め役。分身がいると役割分担ができてなかなか便利だ。



 さて、問題は火だ。


「火、つけろ!」


「「「「無理!」」」」


 全員一致で無理。当たり前だ。俺は火属性F。魔法で火なんか出せるわけがない。


「物理でやるしかないぞ!」


 そのへんの枯れ木と石を集めて、擦り合わせる。


「こうか?」

「違う、もっと速く!」

「いや、角度が悪い!」

「お前がやれよ!」

「お前がやれ!」


 全員で同じ石を奪い合う。見苦しいことこの上ない。


 30分後。


「……つ、ついた……」


 奇跡的に火種ができた。5人がかりで息を吹きかけ、なんとか焚き火になった。

 六属性Fでも、物理でゴリ押せば火はつく。覚えたぞ。


 串に刺して焼く。

 シンプルな調理だが、空腹と苦労の後には最高のご馳走だった。


「うめぇ……」


 肉汁が口の中に広がる。角うさぎ、多少獣臭さは残るが美味い。

 分身も一緒に食べている。……分身って飯食えるんだな。消化はどうなるんだろう。考えないことにした。


「よし、次は拠点だ。あの砦を——」


 そのとき、背後で「ゴン」と地面が鳴った。


 振り向くと、崩れた石壁の影から——石の腕が、ぬっと出てきた。


 次に胴体。次に無表情の顔。


 ゴーレムだ。


「「「「「うわぁぁぁ!」」」」」


 叫び声が揃うのやめろ。怖さが増す。


 ゴーレムが腕を振り下ろす。地面がミシッと鳴る。

 俺たちは本能的に「当たったら死ぬ」と理解して、死にそうなテンションで走り回った。


 走り回った結果、互いにぶつかり、ぶつかった勢いでゴーレムの足元に転がり込む。


「結果オーライ!」

「結果オーライ!」

「結果オーライ!」

「うるせぇ!」


 分身の1人が上着を脱いでゴーレムの顔に被せた。目隠し——いや、こいつ目あるのか? でも動きが一瞬止まった。


 2人が縄を巻いて引っ張る。俺は足元に転がっていた木の楔を拾い、関節部分に叩き込んだ。

 分身の1人が後ろから「ナイス俺!」と叫んでいる。働け。


「お前らもっと引っ張れェ!!」

「引っ張ってる!」

「限界!」

「もっとだ!」

「無理って言ってんだろ!!」


 縄が軋む。腕が痺れる。でも、止めたら死ぬ。


 ギシッ——ゴーレムの膝が、嫌な音を立てた。


 傾いた。


「——今だッ!!」


 全員で縄を引く。


 ゴーレムの巨体が、ゆっくりと、前のめりに——


 ズドォォン!!


 地面が揺れた。土煙が舞い上がる。


「……勝った?」

「勝った」

「勝ったぁ!」

「マジで!?」

「おおおお!!」


 五重の勝利宣言。統一感ゼロ。でも今は、それでいい。


 勝因は分からない。たぶん、数で絡みついて、関節を壊したから動けなくなった——のか?

 正直、何が起きたのかよく分かってない。分身中は頭が回らなすぎる。


 俺は分身を解除した。


 ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ。


 4人が煙になって消え——


「——ッ!」


 頭の中に、大量の記憶が流れ込んできた。


 分身Aが見たもの。分身Bが感じたこと。分身Cがやったこと。分身Dが考えたこと。

 全部が一気に、脳に突き刺さる。


「うっ……」


 視界がぐにゃりと歪む。胃がひっくり返る。

 立っていられない。膝をついた。


 これ、副作用か?情報が戻りすぎて、頭がパンクしてる。


 ふらつきながら、俺はゴーレムの胸を見た。

 淡く光る小さな魔石。核だ。

 手を伸ばして、掴む。温かい。微かではあるが鼓動みたいに脈打っている。


 これは——たぶん、次に繋がる何かだ。


「……最悪のスタートだけど」


 俺は息を整えながら、崩れた砦を見上げた。


「やれることは、ある」


 分身。増やすとアホになる。解除すると頭が痛い。

 でも、数がいれば——なんとかなる、かもしれない。



 その夜。


 焚き火の前で、俺は核を眺めていた。

 これを使えば、何かできるかもしれない。まだ分からないけど。


 明日からやることは決まっている。

 水の確保。食料の確保。拠点の整備。

 全部、分身でやる。アホになっても、数でゴリ押す。


「……まあ、やるしかないか」


 そう呟いた瞬間——


 月が、翳った。


 雲じゃない。

 何かが、月を遮っている。

 巨大な、翼の影。


 風を切る音。

 遠くから響く、咆哮。


 俺は焚き火の前で固まった。


 影が旋回し、砦の上空を通過する。

 まるで——「見つけた」と言わんばかりに。


 ドラゴン。


「……マジかよ」


 領主(笑)就任初日。歓迎の花束はなく、代わりに空から死が来た。


 咆哮がもう1度、夜空を裂く。


 5人が限界だった。

 ゴーレム相手でギリギリだった。

 ドラゴン相手に、何ができる?


 俺は核を握りしめたまま、唾を飲み込んだ。


「……増やすしかない、か」


 でも増やしたらアホになる。

 アホになったら作戦が立てられない。

 作戦がなければ死ぬ。


 詰んでる。完全に詰んでる。


 ——でも。


 このままで終わる気は、ない。


「次は……もっと上手くやる」


 遠くで、ドラゴンの影が旋回している。


 俺の辺境領主生活は、開始1日目にして早くも存亡の危機だった。

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