第9話 女神を殺す武器?④

「カズト! 危ない、離れて!!」


遠くから零の悲鳴のような警告が響く。


「貴様が雷を出す前に、その肉体を塵に換えてやろう」


魔導士がゆっくりと立ち上がると、森全体の風が不自然に止まった。


静寂――その直後、逃げ場のない凄まじい風圧が俺を襲う。


「なっ……身体が、動かない!?」


 魔導士はもはや「風を放つ」のではない。


周囲の気圧を自在に操り、四肢を地面に縫い付けていた。


「『真空の鎖』だ。もがけば空気で引き割かれるぞ」


 魔導士は冷徹な足取りで、俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「終わらせてやる」


 その手元に、極限まで圧縮された風の槍が形作られる。


死神の鎌を突きつけられたような絶望感。


身体強化も、防御への魔力移動でも防ぎきれない。


 魔導士が槍を振り下ろそうとしたその時だった。


 ドォォンッ!!


 カズトと魔導士の間に、凄まじい勢いで「何か」が着弾し、視界を覆い隠すほどの煙幕が広がった。


「……私の『所有物』に勝手な真似しないでくれる?」


 煙の中から現れたのは、狙撃銃を捨てた零だった。


零は俺 カズトの前に立ちはだかり、鋭い魔力を展開する。


その瞬間、周囲の空気がピリリと凍りつくようなプレッシャーに変わった。


「まったく、まだまだ修行が必要みたいね。……私がやるからあんたは後ろで見てなさい」


 零は吐き捨てるように言うと、カズトを背後に追いやり、魔導士へと歩みを進める。


「魔力操作ってのは、こうやるのよ!」


 次の瞬間、零の姿が掻き消えた。


 自分と同じ「魔力移動による身体強化」――。しかし、その精度は次元が違った。


零は移動する瞬間にだけ脚に、殴る瞬間にだけ拳に、そして敵の反撃が来る刹那にだけ防御部位に、淀みなく魔力を流転させている。


それだけじゃない。身体の周りに留めている魔力の濃度も段違いであり、これだけ濃い魔力を飛散させずに素早く移動させることは、まさに神業と言える。


 ドォォォン!!


 零の拳が、魔導士の風の防壁を「叩き割る」鈍い音が響く。


「な……速すぎる……ッ! なんだ、この重さは……!」


 魔導士は風を固めて必死に防御に徹するが、流れるような連撃の前に、防戦一方。


同じ技術を使っているはずなのに、無駄が一切ない零の動きは、まるで完成された芸術品だった。


(……これが、完成形か。あんなに濃い魔力を、細かく、速く、違う……。俺の魔力操作とは、何もかもが)


 自分が必死に右拳に溜めた魔力の「塊」を、零は全身のあらゆる箇所へ、呼吸するように瞬時に、そして最適に送り届けている。


 圧倒的な格の違い。零の瞳には、一切の迷いも容赦もなかった。


目の前で戦う零の背中。


カズトを守るために戦う、華奢なはずの少女の背中が、今はとてつもなく大きく、そして遠くに見えた。


 己の無力さを突き付けられる。これまで必死に修行したつもりが、本物の戦場では足手まといにしかなれなかった事実。


(……悔しい。あんなに大きな口を叩いて、彼女を守るとか言っておいて!このまま零に頼って終わりかよ!)


 胸の奥で、膨大な魔力がドロドロと熱く煮え立ち始める。


それは怒りでも、恐怖でもなく、彼女の隣に立ちたいという、剥き出しの「渇望」だった。


 震える手で地面を掴み、無理やり体を起こす。


真空の鎖によるダメージを、放出する魔力で強引に押し流した。


「終わりよ」


 零が右手に魔力を極限まで集中させ、防壁ごと魔導士を貫こうとしたその時。


「零ッ!」


 零が魔導士を仕留めようと跳躍した瞬間、カズトの声が響く。


「……代わってくれ! そいつは……俺がやる!」


 零は空中で一瞬だけ驚いたように目を見開き、カズトの顔を見た。


そこには、先ほどまでの絶望した少年の顔はなかった。


自分の限界を認め、その上でそれを越えようとする、戦士の瞳。


「……あんた、死んでも知らないわよ」


 零はふいっと身を翻すと、魔導士の目前から離脱した。


「……ハァ、ハァ……。代わるだと? その死に損ないに、何ができる!」


 魔導士が激昂し、最大火力の風の槍を練り上げる。


 カズトは一歩前へ出た。


今度は脚に魔力を溜めるのではない。


体内の膨大な魔力を、全身の筋肉に流し込み始めた。


 理解していた。零のように淀みなく濃い魔力を流転させるには、まだ経験が圧倒的に足りない。


ならば、技術を補うのは「覚悟」しかない。


 目を閉じ、雷に変換した体内の膨大な魔力を全身の神経に無理やり叩き込むイメージだ。


「『雷装(らいそう)』……強制駆動!」


 バリバリバリィィィッ!!


 次の瞬間、カズトの全身から激しい青白い放電が巻き起こった。


それは、これまで練習していたような穏やかな膜ではない。


雷の魔力を、自らの神経系に直接流し込むが如き、禁忌の加速。


「が……あ、ああああッ!!」


 口から悲鳴が漏れる。


無理やり雷を流された身体は千切れんばかりに収縮し、視界は真っ白に明滅する。


内側からは焼き焦げるような激痛が自身を襲うが、同時に、世界が止まったかのように「遅く」なった。


「狂ったか! 」


 魔導士が放った最大火力の風の槍。


しかし、加速したカズトの目には、その軌道が止まっているも同然だった。


(……見える……!)


 地面を蹴った。一歩踏み出すごとに足の皮膚が弾け、血が蒸発するが、その速度はもはや常人の域を超えている。


 魔導士の視界から、カズトが消失した。


「なっ……どこへ――後ろか!?」


 魔導士の真後ろ。


振り向きざまに風の障壁を張ろうとする奴よりも速く、右拳を突き出した。


今度は「逸らし」などさせない。


再び全魔力を一点に凝縮し、さらに加速を上乗せしたまさに文字通りの「雷撃」。


 ドォォォォォォン!!


 拳が、魔導士の腹部を貫くような衝撃を与える。


凝縮された雷が奴の体内で爆発し、風の防壁ごと粉砕した。


「が……はっ…………馬、鹿な…………」


 魔導士の体は森の奥深くまで吹き飛び、大木を数本へし折って沈黙した。


「……はぁ、……っ、がはっ……!」


 カズトは膝から崩れ落ちた。


 全身の服はボロボロに裂け、肌からは焦げた煙が立ち上っている。


 強制的な加速の代償で、腕や足の筋肉は激しく痙攣し、意識が急速に遠のいていく。


「……カズト!!」


 零が駆け寄り、倒れ込む俺を抱きとめた。

 彼女の手が震えているのが、微かな意識の中でもはっきりとわかった。


「バカじゃないの!? あんなの、一歩間違えればあんた丸焦げだったわよ!」


 怒鳴りながらも、零は回復薬を俺の口に流し込んでくる。

 俺は彼女の膝の上で、血の混じった笑みを浮かべた。


「俺だって、ちょっとはやるように、なっただろ……」


 その言葉を最後に、意識は完全に途絶えた。


 魔導士を倒した爆音と衝撃が収まったあとの街道は、ひどい静寂に包まれていた。


 奴隷商人バルトロは、2人の次元を超えた戦いに腰を抜かし、護衛も商品もすべて放り出し、なりふり構わず森の奥へと逃げ去った後だった。


 零は周囲の安全を素早く確認すると、放置された豪華な馬車へと歩み寄った。


馬車の奥には、厳重に鍵をかけられた黒い木箱が鎮座している。


 零が蓋を開けると、そこにはボロボロの、「折れた剣の柄」が一本、横たわっていた。


「……これね。見た感じはただの折れた剣ね。呪いの剣のはずだけど、、所詮は噂だったってことかしら?」


 零は眉をひそめながらも、それをマジックバッグに放りこみ、後始末をしてから拠点へと戻った。

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