第8話 女神を殺す武器?③

決戦の朝。


街の外れにある鬱蒼とした森の街道沿い、二人は木々の合間に身を潜めていた。


カズトは地面に片膝をつき、目を閉じて自分の内側と向き合っている。


「……準備はいい?。昨夜教えた通り、あの護衛は風の障壁を張っている。並大抵の物理攻撃や魔法じゃ、触れることすらできないわ」


零は対物ライフルに近い巨大な狙撃銃のボルトを引き、一発の銀色に輝く特殊弾を装填した。


「私がまず、障壁に一点集中の穴を開ける。あんたはその瞬間に突っ込みなさい。……今のあんたには、まだ『強力な雷を身体に纏って維持する』ことはできない。中途半端な雷なら相手が纏う魔力に軽減されてしまうわ」


無言で頷く。


「……でも、ここぞって時の一撃に込める魔力密度があれば、奴を殴り倒す事ができるはずよ。」


自分の手を見つめる。


まだ、全身を強力な雷の鎧で覆いながら戦い続けるような高等技術は習得できていない。


しかし、これまで泥を啜るようにして繰り返した部分強化の修行。

あの一瞬にすべてを懸ける感覚なら、身体が覚えている。


「わかってる。……雷の力を意識するのは一瞬、当てる時だけだ。それまでは脚に魔力を全振りして、一気に距離を詰める」


体内の膨大な魔力を、両足のへと流し込んだ。膨張するような感覚に耐え、意識を研ぎ澄ます。


「……来たわ」


 街道の先、馬車の車輪が軋む音と共に、灰色のローブを纏った男が率いる一団が姿を現した。


「狙いは外さない。行きなさい!」


 バァァァン!!


 鼓膜を震わせる咆哮と共に、零の放った超高速の徹甲弾が、空気を切り裂いて障壁へと激突。


衝突地点から火花が散り、風の壁に大きな穴が空いた。


「うおおおおおっ!!」


 合図と共にカズトは地面を蹴った。


強化された脚力で土を爆ぜさせ、瞬きする間に馬車との距離をゼロにする。


「なっ……何奴だ!?」


 風の魔導士が驚愕に目を見開く。歪んだ障壁の穴へ、カズトは吸い込まれるように飛び込んだ。


(今だ……右手に、すべてを!!)


 加速の勢いすべてを右拳に乗せ、体内の奥底に溜まった雷の奔流を、その一撃に叩きつける。


「喰らえぇ!!」


 バチィィィッ!!

 青白い電光が爆発し、男の顔が戦慄に歪んだ。


 視界が後ろへ流れるほどの高速。


「……何……ッ!? 速い!」


障壁の修復を試みる魔導士は驚愕に目を見開いたが、カズトは既に目前。


走りながら、両足に溜めていた魔力を最短距離で右拳へと移動させた。


腕の筋肉が膨れ上がり、皮膚が魔力の圧力でピリピリと震える。


(この一撃に、全力を込める!)


渾身の右拳が相手の顔面を捉える――そう確信した瞬間だった。


「……速いが、それだけだな」


魔導士が冷徹に呟くと同時に、カズトの拳の周りで空気が異常なほど激しく渦巻いた。


「なっ……!?」


魔力を凝縮させた拳が、相手の鼻先数センチのところで強引に軌道を逸らされた。


まるで目に見えない巨大な滑り台に拳を押し当てられたかのような感覚。


風の力で拳の方向を曲げられたのだ。


魔導士に迫った膨大なエネルギーは、顔のすぐ横の空間を激しく切り裂き、後方の樹木を爆風だけでなぎ倒した。


「直線的すぎる。その程度の攻撃、風の流れを変えるだけでいなせる」


魔導士は避けると同時に、カズトの無防備になった脇腹へ向けて、不可視の風の刃を放った。


(やばっ……!)


咄嗟に、右拳に溜めていた魔力を「腹部」へと瞬時に転位させ、肉体を硬質化させた。


ギィィィン!!


硬質な魔力がぶつかり合う音が響き、そのまま横に数メートル吹き飛ばされる。


部分強化による防御が間に合ったおかげで致命傷は避けられたが、シャツの脇腹部分はズタズタに裂け、皮膚には鋭い切り傷が走り、血が滴っていた。


「カズト! 深追いしないで、一度下がりなさい!」


遠方からの零の鋭い指示が飛ぶ。


痛みを堪えて立ち上がり、低く構え直し、荒い息をつきながら魔導士を睨みつける。


(……今の俺の力だけじゃ、あの『逸らし』に対応できない。もっと、もっと速く、密度のある魔力を動かさないと……)


魔導士は指先で風を弄びながら、冷ややかにカズトを見下ろしている。


「次で終わりだ、羽虫が」


「くそっ……! まともに殴らせてくれないなら、これならどうだ!」


右の拳に溜めていた魔力を、そのまま外側へと一気に「放出」する。


バチバチバチィィッ!!


それは「打撃」ではなく、全方位への無差別な「電撃」の爆散だった。「流れを逸らす」ことができない、面による攻撃。


「ぬうっ!?」


魔導士が咄嗟に風の壁を厚くして身を護る。


身体強化に使っていた魔力を攻撃魔法として転換し、数条の青白い雷を相手に目掛けて奔る。


修行で練習していた「放出して攻撃する」だけの荒削りな雷撃。


それは精密さには欠けるが、魔導士の周囲の風を焼き、空気を激しく膨張させた。


「無駄だと言ったはずだ……ッ!?」


再び風で逸らそうとしてくる。


だが、雷は指向性を持った物理的な弾丸ではない。


空気を伝い、枝分かれしながら襲い来るエネルギーの奔流だ。


風の壁を回り込むようにしてローブの裾を焼き、その肌に微かな火花が散る。


「……なっ、これは!?」


雷の余波による衝撃波と光に、視界と風の操作が一瞬だけ乱れた。


「ナイスよ、カズト!」


ガァァァン!!


魔導士が雷に気を取られたその刹那、再び放たれた狙撃。


ドォォン!!


爆発的な衝撃で、相手の姿勢が大きく崩れる。


(今だ……! 風が止まった!)


大きく地面を蹴る。次はフェイントもクソもない。


魔力のほとんどを右足に溜め、爆発的な踏み込みで懐へ潜り込んだ。


「これなら……どうだッ!!」


相手が風の壁を再構築するよりも早く、全ての魔力を右拳へ移動する。


拳が届く寸前、魔導士の目が鋭く光った。


「……舐めるなよ、子供が!」


指を弾くと、目の前の空気が一瞬で圧縮され、目に見えるほどの厚みを持った「空気の盾」が形成された。


本来なら銃弾をも通さない超高圧の防壁。


ドォォォォン!!


魔力を乗せた一撃が激突する。


爆鳴と共に空気の盾にヒビが入り、その衝撃波は風の防御を突き抜けた。


「ぐはっ……!?」


顔を歪め、後方の森へと数メートル吹き飛ぶ魔導士。


不意を突かれたとはいえ、格下に一撃を通された屈辱。


纏う空気が、一瞬にして温度を失った。


「……認めよう。貴様の魔力、その一撃の重さだけは異常だ。だが、これ以上は遊びにもならん」


 その周囲の空気が、まるで真空へと吸い込まれるように収束を始めた。

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