第7話 女神を殺す武器?②
街へ出ると、そこは昼間とは打って変わって、魔石の灯りが煌々と輝く不夜城だった。
華やかなドレスを纏った零は、カズトの腕にぴったりと身を寄せながら、耳元で熱い吐息と共に囁いた。
「いい、カズト。ターゲットは奥にいる奴隷商のバルトロ。今回はあくまでも情報を得ることが目的よ。遠目に観察するだけだから、変なことはしないでよね? 本人の姿と周りの護衛の確認だけできればいいわ」
「わかってる。……目立たないように、だな」
二人はカクテルを注文し、何気ないカップルを装ってフロアの奥に視線を向けた。
中央の円卓で、ふんぞり返ってカードをめくっている男がいた。
肥満体型に派手な指輪をいくつもはめた男――奴隷商バルトロ。
そして、目に付いたのはその「背後」だった。
(……あいつ、ただの護衛じゃないな)
バルトロの背後に立つ、灰色のローブを纏った男。微動だにせず、鋭い眼光で周囲を射抜いている。
男の周囲の「空気」が不自然に歪んでいるように見えた。
「(小声で)気づいた? 右後ろの男よ。結構な使い手ね。おそらく風属性。結界を張って、バルトロへの物理攻撃を常に遮断してるわ」
「ああ。でも、あいつ、さっきからこっちを探ってる気がする」
零はカズトの腰に手を回し、さらに密着した。
「緊張しないで。そう、ただの酔っ払ったカップルに見えればいいの」
肩に顔を寄せてくる零。彼女の髪から漂う甘い香りと、ドレス越しに伝わる体温。
魔力操作とは別の意味で、心臓の鼓動を制御するのが難しくなる。
「(小声で)顔が赤いわよ。でも、いいわ。その動揺のおかげで、逆に『ただの素人』っぽさが出てて、あっちの警戒が解けたみたい」
数分後、バルトロが席を立ち、護衛と共に奥のプライベートルームへと消えていった。
任務完了、そして……
「……よし、撤収よ」
ふぅっと、安堵して息を吐いく。しかし、VIPルームを出る直前、例のローブの男が一度だけ足を止め、こちらの背中をじっと見つめていたことに、零だけが気づいていた。
宿への帰り道、人気の少ない裏通りを歩きながら、零はいつもの冷徹な「任務モード」の顔に戻った。
「本番は明日よ。街を出て、森の中を移動しているところを狙うわよ。あのバルトロ、表向きは真っ当な奴隷商だけど、実態は商品の為に人攫いを平気で行うクズよ。」
(真っ当な奴隷商ってなんだ、、?)
零の隣を歩きながら、ずっと気になっていたことを口にする。
「そもそも、なんであいつを狙ってるんだ? ただの悪徳金持ち強奪作戦じゃないんだろ?」
零は足を止め、月を見上げた。
「まあ、あいつが悪いやつかどうかなんてのはどうでもよくて、今回はあいつが手に入れた『荷物』が狙いよ。噂レベルだけど、女神に対抗できる隠された力がある武器かもしれないの。神代の失われた力。……女神をこの世界から引きずり下ろすための、鍵になるかもしれないわ」
女神の名を出したとき、彼女の拳が強く握りしめられた。
彼女が抱え続けてきた憎しみの深さを改めて思い知る。
「……女神を殺せるかもしれない武器、か。なんとなく聞かなかったんだけど、零は女神のことを恨んでるんだよな」
「当然でしょ? こんな世界にいきなり転移させられて放置よ? 必ずぶっ殺してやるわ」
〜
宿の部屋に戻ると、零は窮屈そうにドレスのファスナーを自分で下ろそうとして苦戦していた。
「……っ、この服、作る時ちょっとタイトにしすぎたわ。カズト、立ってないで手伝いなさい」
え、いいの?と戸惑いながらも、月光に照らされて剥き出しになった彼女の白い背中に指をかけた。
指先に触れる肌は驚くほど滑らかで、けれどその下には、数多の修羅場を潜り抜けてきた強靭な筋肉が潜んでいる。
慎重に、ゆっくりとファスナーを下ろすと、零は「ふぅ」と深く吐息をつき、拘束から解放された安堵感からか、そのままベッドに腰掛けた。
「……ありがと。少し……疲れたわね、やっぱり。慣れない服なんて着るもんじゃないわ」
ドレスの肩紐をゆるりと落とした彼女は、先ほどまでの冷徹な暗殺者ではなく、どこか幼さの残る、疲れ果てた一人の少女に見えた。
「女神、か……」
カズトが漏らした独り言に、零の肩が微かに跳ねた。
「零。その荷物が、本当に女神を殺せるようなものだったら……あんたはどうするんだ? もし本当に復讐が終わったら、その先はどうするつもりなんだよ」
零は膝を抱え、視線を床の木目に落とした。
「……考えたこともないわ。私は、女神を殺すためだけに今日まで生きてきたの。復讐が終われば、私の存在理由なんて、この世界には残らない。だから……」
彼女はそこで言葉を切り、ゆっくりとこちらを見上げた。その瞳には、今まで見せたことのない「迷い」と「微かな光」が混じり合っている。
「……だから、その時まで。あんたが私の隣にいなさい。復讐が終わった後のことなんて、その時にあんたが一緒に考えてくれればいいわ」
それは、彼女とって最大限の「信頼」の言葉だった。 零の隣に腰を下ろし、そっとその小さな肩に手を置いた。
「わかった。……約束するよ。零が女神を殺す時も、その後のことも。俺がずっと見ててやる」
「馬鹿ね。相変わらず甘いんだから」
零はそう言いながらも、こちらに肩をコテリと頭を預けた。
明日には、また血生臭い戦場へ向かう。女神に対抗する武器を巡る、死闘が始まる。
けれど、今この瞬間だけは。二人の間に、不親切な異世界では決して得られない、穏やかな時間が流れていた。
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