第4話 不親切な転移④
修行開始から一週間。
拠点の小屋の側で、カズトは自身の限界という壁に体当たりを続けていた。
零は近くの岩場に腰掛け、鋭い視線でカズトの挙動をミリ単位でチェックしている。
「……ふぅ、ふぅ……ッ!」
意識を集中させると、身体の表面を青白い火花がパチパチとはぜ、薄い光の膜となって彼を包み込んだ。
雷の魔力を利用した、彼なりの身体強化だ。
しかし、その輝きは一定ではなく、呼吸に合わせて激しく明滅しては霧散しそうになる。
「甘いわね。魔力を固定しきれてないわ。意識の偏りがそのまま隙スキになってる」
零の冷ややかな指摘通り、カズトの強化はいまだ未熟だった。
全身を意識して魔力を留めているときはいいが、どこかに力を込めれば固めた魔力が飛散してしまう。
「言うのは簡単だけどさ……! これ、凄い集中力使うんだよ!普通もっとスマートにやれるもんじゃないのか!?」
「私達異世界人は魔力のない世界で生まれてるから、この世界の人間とは感覚に違いがあるわ。これは慣れるしかないの。……ほら、さっさと動く!」
カズトは毒づきながらも前方へ飛び出し、訓練用の丸太に拳を叩き込んだ。
「雷の魔力」を乗せた一撃。
バリバリという鼓膜を裂くような音と共に、太い丸太の表面が焦げ、内側から爆ぜるように大きく抉り取られた。
肩で息をしながら、拳の痺れを誤魔化すように尋ねる。
「……なあ零、改めて聞くけど。なんで俺は武器を使っちゃダメなんだ? 零みたいに銃とか剣を使えば、もっと効率よく戦えると思うんだけど……」
零は静かに立ち上がり、土埃を払った。
「理由は簡単よ。あんたの場合、まず雷の魔力自体が生き物相手には驚異的な武器になるから。それに、魔力による身体強化こそがすべての基礎。武器に頼れば、あんたはその武器の限界までしか成長できない。銃が壊れれば、あんたの価値はゼロになる」
彼女は一歩、距離を詰めてくる。
「そもそも銃だってそんな簡単に扱えるものじゃないのよ。でも、魔力操作を極めれば、、雷の魔力そのものを纏ったあんた自身がこの世界で最強の『兵器』になれる。……私の隣で戦うなら、中途半端な道具に頼る奴は要らないわ。必要なのは、折れない牙だけよ」
零はスッと構えを取った。
その瞬間、彼女の小柄な体から放たれる殺気が、物理的な圧力となって肌を刺す。
「さあ、休憩はおしまい。次は私の攻撃に三分間耐えてみなさい。一発でもクリーンヒットをもらったら、今日の夕飯は抜きよ」
「おい待て、それは修行じゃなくてただの虐待だろ! 」
「問答無用! 行くわよ!」
零の体が魔力の光に包まれ、次の瞬間、彼女の姿は視界から完全に消え去った。
「――っ! 右か!?」
必死に感覚を研ぎ澄まし、体内の魔力を無理やり活性化させる。
この一週間、何度も死の淵を覗いた。
そのたびに「不親切な世界」への文句を燃料にして、彼は食らいついてきた。
その結果、カズトの体つきは見違えるほど引き締まり、瞳から弱気な色は消え、代わりに生存への執着が宿りつつあった。
(……飲み込みは早いわね。これなら、明日の任務に予定通り連れて行けるかしら)
嵐のような連撃を繰り出しながらも、零は心のどこかで彼の成長を認め始めていた。
それはかつて、自分がこの地獄で生き残るために捨て去った「希望」に、ほんの少しだけ似た感情だった。
〜
その日の夕食は、修行の疲れを癒やすような穏やかな匂いに満ちていた。
だが、カズトの心には、明日から始まる「実戦」への重い不安が影を落としていた。
「なあ、零。あんたが所属する『百足ムカデ』って、どんな組織なんだ? いわゆる悪の組織ってやつなのか?」
手元のスープを混ぜながら、ずっと胸に支えていた疑問を口にした。
「俺、人殺しとかしたくないんだけど……。零は、その、殺しとかするのか?」
零はゆっくりと振り返った。
その瞳には、暖炉の火に照らされてもなお消えない、底知れない闇が宿っている。
「組織のこと? そうね、世間一般の物差しで言えば、間違いなく『悪の組織』でしょうね。暗殺、強奪、破壊工作。組織からの依頼があれば何でもする。……殺さなきゃ、殺される。奪わなきゃ、飢える。それだけの話よ」
「人殺しをしたくない」というカズトの青臭い言葉に、零は自嘲気味な笑みを浮かべて歩み寄った。
「……優しいのね、カズト。でも、その優しさがこの世界では一番早く人を殺すのよ」
彼女はカズトの胸ぐらを掴み、逃げ場を塞ぐように至近距離で鋭く言い放った。その細い指先からは、鉄と血の匂いがした。
「私が殺しをするかって? 愚問ね。この六年、私がどれだけの血を浴びて、今の『幹部』という席を手に入れたと思ってるの?」
冷たい声が、岩壁に反響する。
「いい? 明日の任務、ターゲットは組織の邪魔になる商人よ。その護衛には家族を守るために雇われた傭兵もいるかもしれない。それでも、邪魔なら排除する。……あんたが手を汚したくないなら、私の後ろで震えていなさい。」
「……」
言葉に詰まる。
平和な日本で生きてきた自分にとって、命のやり取りはあまりに現実味がない。
けれど、目の前の少女が背負ってきたものの重さだけは、痛いほど伝わってくる。
「……はぁ。安心しなさい。いきなりあんたに『トドメ』は刺させないわ。それは私の役目よ」
零は溜息をつくと、少しだけ掴んでいた力を緩めた。
「あんたはただ、私の道を塞ぐ奴らを、その雷で『無力化』だけすればいい。……でもね、カズト。誰かを守るためには、誰かを傷つける覚悟が必要なの。それを忘れないで」
零はパッと手を離すと、少し寂しそうな、けれど決然とした表情で告げた。
「嫌なら、今すぐここから逃げなさい。追いかけはしないわ。私一人でも、任務は遂行できるから」
重苦しい沈黙が流れる。しかし、カズトの出した答えは、零の予想に反するものだった。
「今の俺に、一人で生きていく力はない。……それに、零には恩もある。少なくとも、俺は零を死なせたくはないんだ」
「…………っ」
カズトの言葉を聞いた瞬間、零の瞳がわずかに揺れた。
「自分を守る」のではなく、「零を死なせたくない」。
それは、裏切りの絶えない裏社会で、利用し利用されることだけを教えられてきた彼女にとって、もっとも聞き慣れず、もっとも胸に深く刺さる言葉だった。
「……馬鹿じゃないの。あんたみたいな素人が、私を心配するなんて、百年早いわ」
零はそっぽを向き、赤くなった耳を隠すように乱暴に髪をかき上げた。
だが、その声は先ほどまでの冷徹な響きを失っていた。
「……冷める前に食べなさい。明日は、早いんだから」
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