第3話 不親切な転移③

 零は、俺の覚醒に感心したのも束の間、すぐに氷のような冷徹な現実を突きつけてきた。


「それから、雷が出せた程度で、唯一無二の存在になれたと思ったら大間違いよ。……見なさい」


 彼女がスッと手をかざすと、周囲の空気が重く軋んだ。


 魔力が恐ろしい密度で収束し、周囲の岩を巻き込んで結晶化していく。

瞬時に形成されたのは、無機質な金属の光沢を持つ1機の小型浮遊砲台ビット。


 それが意思を持っているかのように、俺の周囲を旋回し始めた。


 バチバチッ……!


 砲門の先から放たれたのは、俺の不格好な放電とは比較にならない、鋭く洗練された高圧の電流。それは地面を深々と焦がした。


「雷を生み出すだけなら、私のスキル『アルケミスト(錬金術師)』で電気兵器を作れば済む話なの。作れるものと、使う魔力量は、作るものとその時使う素材にもよるから万能ではないけど、結構なんでも作れるわ。つまり、放電するだけの今のあんたはまだ大した価値はないってこと。わかる?」


 カズトは、自分の指先に残るか細い火花と、零が生み出した圧倒的な「科学の暴力」を見比べ、顔を引きつらせた。


「……おいおい、それ自作したのか? 魔法っていうか、もうSFの世界だろ。と言うかスキル格差にも程があるだろ。俺の雷自体はかっこいいからまぁ良いとしてさ。」


「この世界の連中には変わった魔法に見えるでしょうけどね。……いい、カズト。生身の人間が魔力を雷に変えて操るのと、機械がただ放電するのとでは、決定的な違いがあるわ。それは『応用力』と『意志』よ」


 零が一歩、また一歩と詰め寄ってくる。その細い指先が、俺の胸板を強く、逃げ場を塞ぐように突いた。


「そもそも魔力で作り出した雷は純粋な電気とは違うわ。理屈じゃない応用の仕方も出来るはずよ。

それにあんたの魔力は多い。でも、ただ垂れ流してるだけ。それを神経の隅々まで行き渡らせて、自分自身が雷そのものになるレベルまで研ぎ澄ましなさい。役に立つために、本気で鍛えるのよ。私が作った兵器じゃ届かない領域に、あんたが行くの」


 彼女の瞳は、冗談ではなく本気だった。

 同じ転移者だからこそ、この「地獄」の歩き方を誰よりも知っている。


だからこそ、甘えを許さず、生き残るための「牙」を無理やりにでも授けようとしているのだ。


「死ぬ気でやりなさい。まずはその膨大な魔力を漏らさず留める練習からね。それと、強い痛みにも慣れること。痛くていちいち動けなくなってたら使い物にならないわよ。夜明けまで一睡もさせないから」


「……ラノベの修行シーンって、もっとこう、美少女とイチャイチャするもんだと思ってたんだけどなあ。」


「文句を言う余裕があるなら、出力を上げなさい。……さあ、始めるわよ!」


 零の容赦ない指導が始まった。


 彼女の『アルケミスト』によって次々と練成される訓練用ターゲット。

そして、それらを操りながら放たれる零自身の鋭い格闘。


 一瞬の油断が死に直結する、地獄のトレーニング。


 自分の人生で最も長く、最も過酷な夜を迎えることになった。


 だが、必死に食らいつく俺の視線の先で、零の瞳がわずかに期待を込めて光ったのを、俺はまだ知らない。


「ハァ、ハァ、、俺、もっと緩くてふわっとしたスローライフの異世界生活がよかった……。あとエッチな展開ならなおよし」


 地獄の特訓の合間、力なく吐き出したその言葉に、零は一瞬だけ呆れたように目を丸くした。


だが、すぐにクスクスと意地の悪い笑みを浮かべる。


「……スローライフ? エッチな展開? 鏡を見てから言いなさいよ。この地獄みたいな世界で、そんな甘いこと言ってるやつは真っ先に魔物の胃袋行きか、裏路地で身ぐるみ剥がされるのがオチなの」


 零は不敵な足取りで歩み寄った。小柄な体から放たれる圧倒的なプレッシャーに、カズトは思わず後ずさりし、冷たい岩壁に追い詰められる。


「でも……そうね。あんたが私の言う通りに動いて、戦力として一人前になれたら……ご褒美くらいは考えてあげてもいいわよ?」


 零は目の前でぴたりと足を止めると、いたずらっぽく顔を近づけた。


 至近距離で見つめる彼女の瞳は、吸い込まれそうなほど綺麗で、同時に射抜かれるほど鋭い。


 心臓の鼓動が、特訓の疲労とは別の理由で速くなる。


彼女はそう言いながら、カズトの胸板に細い指を這わせ、わざとらしく首筋に熱い吐息をかけた。


胸元がわずかに強調されるように身を乗り出し、動揺を指先で楽しんでいる。


「……っ! 急にキャラ変わってないか!?」


「ふふ、飴と鞭よ。私は効率主義なの。あんたのやる気が出るなら、女の武器だって利用するわ。……ただし!」


 零はパッと身を引き、再び冷徹な指導者の顔に戻った。


「それはあんたが、私の横で戦えるようになった時の話。今はその力を完璧にコントロールすることだけに集中しなさい。……ほら、続きよ!」


「鬼だ……! この女、絶対どSだ……!」


 悲鳴を上げながらも、零が時折見せる「甘い罠」に、悔しくも期待を抱いてしまう。


 不親切な世界の、不親切な師匠。


 しかし、その誘惑に釣られたカズトの体中の魔力は、皮肉にも先ほどより激しく、熱く活性化していくのだった。


〜休憩中〜


「そういえば、零っていくつなんだ?」


「…18歳よ」


 ふとした休息の間、カズトが投げかけた問いに、彼女は短く答えた。


「へー、地味に年下だな。俺は20歳だ。……なぁ、お兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」


 自分より少し年下の彼女を見つめ、少しばかり緊張が解けたこともあって、軽い冗談を口にした。


「……ふぅん。お兄ちゃん、ね」


 零の動きが、ピタリと止まった。


 その場の空気が一瞬でマイナスまで冷え込んだのを、肌が敏感に察知する。

生存本能が脳内で最大級のサイレンを鳴らし始めた。


 ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳は、もはや獲物を見る肉食獣ですらなく、害虫を駆除する瞬間の冷徹な執行者のそれだった。


「あんた……今なんて言った? 『お兄ちゃん』?」


「いや、ほら、年齢的に言えばそうかなって。。ちょっとした冗談だよ、ジョーダン! 本気にすんなって!」


「冗談? 私はね、あんたが平和に遊んでた時から、このクソみたいな世界で、返り血で顔を洗うような毎日を送ってきたの。年齢なんて、この世界じゃただの数字よ。積み上げてきた『死線の数』こそが上下関係なの。まだわかってないみたいね」


 次の瞬間、零の姿が視界から掻き消えた。

 脳が反応するより早く、強烈な衝撃が腹部を襲う。


「がはっ……!?」


「魔力操作による身体強化もまともにできないくせに、口だけは達者なのね!」


 衝撃で吹き飛ぼうとするカズトの襟首を、零は強引に掴んで引き戻した。


そのまま地面に叩き伏せ、容赦なく馬乗りになる。


彼女の細い膝が胸骨を圧迫し、逃げ場を完全に塞いだ。


「いい?この世界で私より偉そうにしていいのは、私より強い奴だけ。あんたは私の『所有物』。家畜以下の存在なの」


 至近距離で睨みつける零の顔は、驚くほど整っていて美しい。


けれど、その美しさは剥き出しの刃物の鋭利さそのものだった。


「……す、すみませんでした……零様……」


「……よろしい。次にそんな口叩いたら、風穴開けるからね」


 零はフンと鼻を鳴らして立ち上がると、乱れた髪を乱暴にかき上げた。


「……はぁ。あんたのせいで調子が狂ったわ。今日の修行はここまでよ。……ほら、さっさと立って夕飯の準備。あんた料理はできるんでしょうね? できなくてもやってもらうけど」


 ――それから数十分後。


 小屋の中に、この世界にはおよそ似つかわしくない香ばしい匂いが立ち込めた。


「はい、お待たせ。『特製オムライス』だ」


 カズトが差し出したのは、現地で調達した謎の卵と、それっぽいスパイスを調合して作り上げた一皿。


 さっきまで殺し屋の目をして俺を組み敷いていたはずの零が、その皿をじっと見つめている。


差し出された皿の上には、小屋の薄暗い灯りを反射して黄金色に輝くオムライス。


零は「見た目だけは一人前ね」と、相変わらずの調子で毒づきながらスプーンを口に運んだ。


「………………っ!!」


 一口食べた瞬間、零の瞳が大きく見開かれた。


 濃厚な卵の甘み、絶妙な塩加減のチキンライス。

 そして、不親切なこの世界には存在しないはずの、懐かしい故郷の記憶を呼び起こすような深い味わい。


 六年間、生きるために泥を啜るような思いで刃を振るってきた彼女にとって、身近な人の手料理。それは脳を直接揺さぶるような、衝撃的な「幸福」の味だった。


「……な、何これ。……美味しい。というか、意味がわからない。こんな食材で、どうしてこんな……」


 それからの彼女は無我夢中だった。


 いつもの冷徹な『百足』の幹部の顔はどこへやら。頬をパンパンに膨らませ、一心不乱にスプーンを動かすその姿は、十八歳の、いえ、転移当時の十二歳の少女に戻ったかのようだった。


 完食し、満足げに「ふぅ」と息をついた零。


 ふと我に返り、カズトが自分を観察していることに気づくと、彼女は耳まで真っ赤にして派手な咳払いをしてみせた。


「……まあ、悪くないわね。あんた、剣や魔法の才能は今のところ絶望的だけど、この『料理』っていう特技だけは評価してあげるわ」


「それは光栄です、零様」


「……様、はやめなさい」


 零はそっぽを向いて、落ち着かない様子で指先でテーブルをトントンと叩いた。


「様をつけられると、なんだか私がすごく年寄りみたいに聞こえるから。……普通に、零でいいわ。その代わり、明日からの修行を一秒でもサボったら、その時は指を一本ずつ折るからね」


「……結局怖いのは変わらないんだな。わかったよ、次はデザートも作れるように工夫してみるよ」


「デ、デザート? ……別に、欲しくなんてないけど……」


 零は一度言葉を切り、喉元まで出かかった期待を飲み込むようにして続けた。


「材料、何が必要かリストアップしておきなさい。明日までに揃えてあげるから」


 カズトの料理によって、零の心の鎧にほんのわずかな隙間が生じた。


 殺し合いと憎しみだけの地獄のような異世界で、二人の間に「食卓」という名の小さな平穏が生まれた瞬間だった。

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