第2話 不親切な転移②

彼女の歩く速度は速く、迷いがない。

 

 必死に足をもつれさせながら、その後を追いかけた。


 ふと視界に入る彼女の背中は、記憶にある日本の女子高生と何ら変わりない。

 身長は150cmほどの、どこまでも華奢で小さな背中だ。


 だが、その背負っているものの重さは、計り知れなかった。

 

一体どれほどの修羅場を潜り抜ければ、これほどまでに無機質な歩き方ができるようになるのだろうか。


「言っておくけど、私の所属している『百足(ムカデ)』は真っ当な組織じゃないわ」


 前を向いたまま、零が突き放すように言った。


「あなたみたいな素人を連れて帰ったら、即座に処分よ。だから……しばらくは私の『所有物』として扱わせてもらうわ。文句、ないわね?」


「し、所有物……?」


 思わず変な声が出た。


 文字通りの意味なら、ラノベ的にはご褒美かもしれないが、彼女の口調からは色気なんて微塵も感じられない。

 あるのは、淡々とした響きだけだ。


「……あのさ、無理に連れて行ってもらうのも悪いし。普通に近くの街まで送ってくれるだけでも、十分助かるんだけど」


 そう提案すると、零は足を止め、肩越しに冷ややかな視線を投げかけてきた。


「街まで送る? 甘い、甘すぎるわ。今のあんたは、お金もない、力もない、常識もない、文字も読めない赤ん坊同然なのよ」


 一言一言が、カズトの心にグサリと突き刺さる。


「放り出した瞬間にカモにされて、身ぐるみ剥がされて、最後には死体すら残らないのがオチね。ここが日本だと思っているなら、今すぐその脳みそを入れ替えることね」


「……そんなにかよ」


 絶望的な事実を叩きつけられ、言葉を失った。


 駅のホームにいたはずの自分が、今はまともに生きていけるかも怪しい無理ゲーに放り込まれている。そんな実感が、じわじわと嫌な汗となって背中を伝う。


「でも、だったら余計に、あんたみたいな強い人のところにいるのは場違いな気がするんだけど。……足手まといになるだけじゃないか?」


 それは、カズトなりの気遣いであり、同時に本音だった。


零はそこで立ち止まり、ゆっくりとこちらに向き直った。


 西日に照らされた彼女の瞳には、冷徹な打算と、観察対象を見るようなほんの少しの好奇心が宿っている。


「私はタダで助けるほどお人好しじゃないの」


 彼女はカズトの顔をのぞき込むように、至近距離で言い放った。


「転移者ってことは、あんたも何かしら『特殊な力』を持ってるんでしょ? だったら、その力、私のために使ってもらうわ」


 有無を言わせない口調でそう告げると、彼女は再び歩き出した。


(もしかしてあるのか!?チート能力!)


 ようやく来た異世界のお約束に心が躍る。


 案内されたのは、森の奥深く、小屋のような簡素な秘密拠点だった。


そこには必要最低限の生活用品が並んでいる。


「私は女神を殺すために、利用できるものは何でも使う。それが同郷のあんたであってもね」


 零は椅子に腰を下ろし、慣れた手つきで銃のメンテナンスを始めた。


「……あ、勘違いしないで? 『所有物』って言ったのは、私の手元で駒として育てる方が将来的に『得』だと思ったからよ。しばらくはここで私の身の回りの世話をしながら、この世界の戦い方を叩き込んであげる」


 彼女の視線が、再びこちらを射抜く。

 それは、拾ってきた野良犬のしつけを始める飼い主のようでもあった。


「……さて、カズト。あんたの『スキル』は何? さっさと見せなさい。使い物にならないなら、捨てるわよ」


「スキルって言われても、本当にさっきこの世界に来たばかりで何もわからないんだが……」


 カズトは戸惑いながらも、ずっと気になっていた疑問を口にした。


「女神とかもよくわからないし。零は女神に会ったことがあるのか? 普通ラノベなら、真っ白な部屋で女神に見送られてから異世界に来たりするもんなんだけどなあ」


 半ば冗談めかして言ったその瞬間、部屋の空気が一変した。


 零が手にしていた金属製のパーツが、パキッ、と嫌な音を立てて歪む。


「……女神」


 彼女の口から漏れたのは、祈りの言葉などではない。喉の奥で煮え切ったような、呪詛に近い響きだった。


「そんな親切なもの、この世界のどこにいるの?いいから、さっさと立ちなさい。転移者ならスキルはあるはずよ。自覚がないだけ。この世界に来た時に、魂に刻まれるはずなんだから。……わからないなら、身体に訊くしかないわね」


 零がニヤリと、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。


 理知的だったはずの瞳には、戦いを渇望する狂気にも似た光が混じっている。


「私、格闘なら誰にも負けない自信があるの。あんたが死に物狂いになれば、その眠ってる『力』も目を覚ますでしょ? さあ、立って。今から私の気が済むまで、死なない程度にボコボコにしてあげる。外に出なさい。」


「いわ待て待て待て! いきなり実戦かよ!? さっきからあんた、やってることが全然『同郷のよしみ』じゃないだろ!」


「甘えてんじゃないわよ。死にたくなければ、私を驚かせてみなさい!」


 小屋のすぐ隣の開けた場所で、零が拳を握ると、身体の周囲が淡い光に纏われた。


 小柄な体からは想像もできないほどの、圧倒的なプレッシャーが放たれる。


 ――ッ!


 空気を切り裂く轟音。零の拳が、俺の顔面の数センチ横を通り過ぎた。


 背後の岩壁にめり込んだその拳は、重機でも通ったかのように、あっさりと硬い岩を砕いてみせた。


「ほら、どうしたの!? さっきまでの威勢は!? 避けてばっかりじゃ、そのうち腕の一本くらい持っていかれるわよ!」


「無茶言うな! 反撃する余裕なんて……っ!」


 必死に逃げ回るが、少女の姿をした怪物が放つ連撃は、素人の俺を確実に追い詰めていく。


「多少の怪我ならファンタジーな薬で治るから安心しなさい!」


 無茶苦茶なことを言う零を相手に、次第に逃げ場を失い背中に冷たい岩の感触が当たった。詰んだ。


 零の鋭い前蹴りが、容赦なく俺の脇腹を狙って空気を切り裂いた。


(死ぬ……本当に死ぬ……!)


 思考が白く染まり、死の恐怖が心臓を突き刺したその瞬間――。


 全身の血管を火花が駆け巡るような、激しい刺激が走った。


 バチッ……!

 鼓膜を揺らす放電音。


 俺の手の平から溢れ出した青白い雷光が、零の蹴りを強引に弾き飛ばした。


 零は目を見開き、数メートル後ろに飛び退くと、自身の痺れた足を一瞥して信じられないといった声を漏らす。


「……雷? 嘘でしょ、この世界でその属性は数百年前に失われたはず。それに今の出力……あんた、魔力量だけは馬鹿みたいにあるわね」


 俺は、自分の手を見つめて震えていた。

 手のひらが熱い。いや、全身が内側から膨大なエネルギーに焼き尽くされそうな、底知れない高揚感と恐怖が渦巻いている。


「今の、俺がやったのか……? なんだこれ、電気が……」


「……ふーん。『失われた魔法』に、底なしの魔力。……面白いじゃない」


 零が再び口角を上げた。


 魔力による身体強化を最大まで引き上げ、周囲の空気を震わせる。


「合格よ。殺すのはもったいなくなったわ。……でも、その出力の制御もできてない素人を外に出すわけにはいかない。いい? 今から徹底的に、その『雷』を私のために磨き上げてもらうわよ」


 零は俺の胸に指先を突きつけ、有無を言わせぬ断定的な口調で告げた。


「あんたは、私の最強の『駒』になりなさい」

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