恋の芽
大会前の挑戦と恋の芽
夏の大会が近づいていた。グラウンドには部員たちの熱気が漂い、練習の声やボールの音が響く。エースは車椅子でベンチに座りながら、仲間たちを見つめる。かつては自分がマウンドで投げていた場所だ。
「おい、今日の作戦、どう思う?」
キャプテンが近づいて声をかける。エースは一瞬迷ったが、リハビリで鍛えた観察力と判断力を活かし、作戦について意見を出す。部員たちは最初、少し戸惑いながらも、彼の目の輝きと熱意に気づき、自然と耳を傾ける。
「やっぱり、お前が考えると違うな」
キャプテンの言葉に、胸の奥が熱くなる。事故後の自分でも、チームに力を与えられるのだという確かな手応え。
リハビリ室では、理学療法士の指導のもと、より高度な課題が加わっていた。車椅子で素早く方向転換する練習、片手でボールを扱う訓練、短距離の坂道ダッシュ――どれも簡単ではない。何度も転び、痛みや挫折を味わったが、支えてくれる彼女の励ましが力になった。
「大丈夫、焦らないで。できるって知ってるから」
彼女の声に、自然と笑みがこぼれる。心の奥に、ほのかな温もりが芽生え、事故前には気づかなかった感情が膨らんでいく。
大会前日、チーム全員が集まったミーティングで、エースは初めてチームの前で話す。
「俺はもうマウンドには立てない。でも、戦略や声でチームを支えることはできる。みんなの力を信じて、全力で戦ってくれ」
部員たちは一瞬沈黙した後、大きな拍手で応えた。事故前とは違う形で、彼は再びチームの中心になったのだ。
試合当日。グラウンドで汗を流す仲間たちを見ながら、エースはベンチから声を張る。戦略を指示し、相手の動きを読み、必要な瞬間にはチームを鼓舞する。
試合の合間、彼女がそっと肩に手を置いた。緊張で固まった心を、そっと解きほぐす温もり。
「あなたなら大丈夫」
その言葉に、胸が熱くなる。事故で失ったものは大きいが、新しく得たものもまた確かにある――仲間との絆、支えてくれる存在、そして自分を信じる力だ。
試合終了の笛が鳴り、勝利が決まった瞬間、エースは初めて心から笑った。ベンチで飛び上がる仲間たちの中、彼女と目が合い、二人は小さく手を握り合った。
「まだ、始まったばかりだね」
事故後の苦しみと葛藤を乗り越え、彼の新しい日常はここから本格的に動き出す。野球も恋も、リハビリも――すべてが、新しい自分を作っていく物語の一歩だった。
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