初体験は年上のお姉ちゃん

村の中心から少し外れたルシカ姉ちゃんの店は、雑貨屋と食堂、宿屋を兼ねた村唯一の商店だった。

ただし、冒険者すら寄り付かないこの村では、手広くやってもルシカ姉ちゃん一人で十分回ってしまうほど閑散としている。

いつも閑古鳥が鳴いている、という表現がぴったりだ。


「お姉ちゃん、遊びにきたよー!」


フレアが元気よく扉を開けた。


「フレアちゃんたち、いらっしゃい」


カウンターの向こうで、ルシカお姉ちゃんが柔らかく微笑んだ。

店内は右手が食事処、左手が日用品・雑貨の棚。

食事処の方が少し広めで、お姉ちゃんはいつも正面のカウンターに座っている。

二階が宿泊部屋で、店の裏が彼女の住まいだ。


「キトンがどんなところか知りたいなーって!」


フレアが早速切り出した。


「ああ、来年行くのね」


ルシカお姉ちゃんは優しく頷きながら、出迎えた。


主にフレアがあちこち脱線しながらも、祝福の儀の話を聞き出すことができた。

キトンの街の賑わい、教会の厳かな雰囲気、儀式の後の進路相談……。

フレアは目を輝かせ、ノアは静かにメモを取るような真剣な顔で聞いていた。


「ところで、お姉ちゃんの適性ってなんだったの?」


フレアが無邪気に聞いた。


「『大商人』、だって言われたわ」


「えー! 商人よりすごーい!」


フレアの目がキラキラ輝く。


「ありがとう。でも、こんなところで商売してるけどね」

ルシカお姉ちゃんは少し自嘲気味に笑った。

確かに。もう1時間近くいるのに、誰も入ってこない。


「えー! もったいないよ。大商人なら王都の学校だって行けたのに……あっ」

フレアはハッとして、慌てて口を押さえた。

流石のフレアも自分の失言に気づいたようで、バツが悪そうな顔になる。

思ったことをすぐ口に出すのが、彼女の悪い癖だ。


ルシカ姉ちゃんは静かに目を伏せた。


「……タイミングが悪かったの。

両親が流行病にかかってしまって。

私が看病してお店を継がないと、誰もいないから」


言葉の端に、重い過去がにじむ。

献身的に介抱したのに、二人は今年の春に亡くなってしまった。

それ以来、彼女は一人でこの店を切り盛りしている。


「お姉ちゃん、ごめん……」


フレアが小さく謝った。


「いいの、いいの。気にしないで。

フレアちゃんに悪気がないのはわかってるから」


ルシカ姉ちゃんはすぐに笑顔に戻り、棚の奥から果物が詰められた瓶を取り出した。

「廃棄になっちゃう物があるの。

せっかくだから、みんなで飲もう?」

そう言って、果物のはちみつ漬けから、冷たい果実水を作って出してくれた。

こういう気遣いができるのが、大商人の性質なのか、それともルシカ姉ちゃんなのか。

ぼんやりと思いながらグラスを受け取った。


そのあとは祝福の儀から離れて、村の無駄話をして過ごした。

その結果、長居をしすぎた。空が暗くなり始めていた。

村には街灯なんて無く、夜は月明かりだけが頼りになる。

暗くなる前に帰らないと危ない。


「そろそろ帰ろうか。

ほら、ルシカ姉ちゃんだって宿屋の支度もあんだろうし」


立ち上がろうとした瞬間、ルシカ姉ちゃんが呼び止める。

「あ、待って。リューセーくんだけ、少し借りていい?」


「仕事なら、私たちも手伝うよ?」

フレアが即座に言ったが、ルシカ姉ちゃんは首を振った。


「ありがとう。でも女の子が遅くなると、ご家族が心配するでしょ。

リューセーくんだけで大丈夫。

暗くなりすぎたら、灯り持たせるって、リューセーくんのご両親に伝えてくれる?」


「ん、わかったよー!」

フレアは元気よく返事する。


「飲んだ分、働いてこい。アレ、多分高い」

ノアが小声で教えてくれる。

いや知ってるし、……おかわりするほどがぶ飲みしたのは君らだけだよ、と思ったが、口に出さなかった。


「お姉ちゃん、またねー!」


幼馴染たちが手を振って去っていく。

俺も一緒に手を振って見送った。


「ルシカ姉ちゃん、何を手伝えばいい?」


「んー……愚痴、かな。

今日はお泊まりやご飯のお客さん、誰も来ないのよ」


ルシカ姉ちゃんはカウンターに頬杖をつき、ため息をついた。

お姉ちゃんの予想外の一言に俺は、グッと生唾を飲み込んだ。


==========


店を閉めて、裏の家に呼ばれた。

台所で料理してるお姉ちゃんを、俺はぼんやり眺めてる。

16歳で死んだ俺にとって、15歳のルシカお姉ちゃんは同級生みたいなもんだ。

すごく親近感がある。

フレアやノアも可愛い美少女だけど、お姉ちゃんは年相応以上に大人っぽい。

美女って呼ぶには少し幼さが残ってるけど、大人びた美少女って感じでもない。

とにかく……美人だ。


翔兎とイモのスープを作ってくれた。

香草でほのかに香り付けしてあって、兎の肉と根菜から出るあっさりした出汁がすごく美味い。

ここら辺の郷土料理で、味噌汁みたいなもん。

付け合わせのパンを浸して食べると、もっと美味くなる。


食べながら、当たり障りのない話をした。

愚痴じゃなくて、ただの他愛ない会話。

会話が途切れて、微妙な間が一瞬流れる。

「あ、食べクズ……」


そう言って、お姉ちゃんの手が俺の頭の後ろに回ってきた。

なぜ後ろにっと、不思議に思った次の瞬間──唇を奪われた。


柔らかくて、温かくて、少し震えてる。


「嫌だった?」


「……嫌じゃないです」


赤面する。

だって童貞だもん。

前世でも、こんな経験なかったんだから!


「知ってるよ。私を見てる時、いつも鼻の下伸びてるもん」

ルシカお姉ちゃんはくすっと笑って、耳元で囁いた。

えッ!? めっちゃ恥ずかしい。 


「リューセーくんって、エッチな目で私のこと見るよね」

ドクンとさっきより、心臓が跳ね上がった。

紳士として振る舞ってきたけど、スケベな事が看破されていたことに

動揺を隠せない。


「大人の遊び方を知ってるなら、続きは……ベッドでね」


お姉ちゃんに導かれるように寝室へ。

ここからの詳細は省くけど──

初体験は、最高だった。

ライフイズビューティフル、って本気で思った。



しかし、事後ってのは、甘々だけじゃなく、

苦いこともあるとは知らなかった。


お姉ちゃんは俺に背中を向けて、

少し震える声で言った。


「ごめんね。かわいい幼馴染もいるのに……

リューセーくんの初めてが、私で」


背中からじゃ表情は見えない。

ただ、俺はギュッとお姉ちゃんの背中を抱きしめることしかできなかった。

お姉ちゃんも、俺の手を握り返してくる。


「……頑張ってきたけど、お店が赤字続きで。

もうお店を畳もうかなって思ってるの。

行商人の伝手で、街の商会で働けることになったんだ」


家族想いなお姉ちゃんのことは、よく知ってる。

両親が亡くなってから、一人で店を守ってきた。

でも、赤字が続けば限界が来るのも当然だ。


村を出るってことは、近い将来、この店を取り壊すか、誰かに譲るか。

思い出の店が無くなるルシカ姉ちゃんの気持ちを思うと、胸が痛い。


俺は、気休めみたいな言葉しか言えなかった。


「近くでダンジョンが見つかるとか……

街道ができて人が増えるとか……

お父さんとお母さんとのお店を諦めるには、まだ早いよ。

俺も、空き時間にルシカ姉ちゃんを手伝うから」


「そんな奇跡、起きないよ……

ありがとね、リューセーくん。

顔もいいけど、優しいところも、お姉ちゃん好きだったぞ」


俺は握り返された手を、さらに強く握る。

窓に浮かぶ月に、ルシカお姉ちゃんの幸せを祈る。

強く願えば、叶いそうな気がしたから、俺は強く月に願った。

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