第二十三章 予兆、そして対峙

魔王との夢での対話から三日が経った。


誠一は極度の緊張状態にあった。


『予兆感知』を常に発動させ、周囲の異変を監視し続けていた。


「誠一さん、大丈夫ですか」


エルナが心配そうに声をかけた。


「大丈夫だ」


「でも、三日も寝てないじゃないですか」


「寝ている場合じゃない」


誠一は窓の外を見た。


「何かが来る。もうすぐだ」


「暗殺者ですか」


「ああ。魔王が直々に送ると言っていた。最上級の暗殺者だ」


「……怖いですか」


「怖くないと言えば嘘になる。しかし——」


誠一はエルナを見た。


「俺が逃げたら、誰を守るんだ」


エルナは黙った。


「お前は下がっていろ。危険だ」


「嫌です」


「何?」


「私は誠一さんの弟子です。誠一さんを一人にはしません」


「エルナ——」


「私にできることは少ないです。でも、誠一さんの役に立ちたい」


エルナの目には、強い意志が宿っていた。


誠一は少し考えて、頷いた。


「……わかった。ただし、俺の指示には必ず従え」


「はい!」


そのとき——


『予兆感知』が叫んだ。


最大級の警告。


今までに感じたことのない、強烈な殺意。


「来た」


誠一は立ち上がった。


「エルナ、皆を呼べ。全員に警戒態勢を」


「はい!」


エルナは駆け出した。


誠一は執務室を出て、外に出た。


空は晴れていた。


しかし、誠一の目には、黒い影が見えた。


遠くから——何かが近づいてくる。


「あれは——」


黒いローブを纏った人影だった。


ゆっくりと、しかし確実に、こちらに向かってくる。


「暗殺者……」


誠一は身構えた。


人影は守護局の建物の前で立ち止まった。


「桐生誠一か」


低い声が響いた。


「そうだ。お前は」


「名乗る必要はない。お前を殺すために来た」


暗殺者はローブを脱ぎ捨てた。


その姿は——人間に似ていたが、人間ではなかった。


灰色の肌。黒い瞳。両腕には、鋭い爪が生えている。


「魔族か」


「上級魔族だ。魔王様直々に命じられた、最強の暗殺者」


暗殺者が一歩踏み出した。


「覚悟しろ。苦しまずに殺してやる」


* * *


誠一は後退した。


戦っても勝ち目はない。それはわかっている。


しかし、逃げるわけにもいかない。


「時間を稼ぐ」


誠一は心の中で呟いた。


仲間が来るまで、持ちこたえる。


「逃げるな。無駄だ」


暗殺者が動いた。


信じられない速度だった。一瞬で距離を詰め、爪を振り下ろす。


誠一は『予兆感知』で軌道を読み、身をかわした。


爪が空を切る。


「避けたか。なかなかやる」


「お前が遅いだけだ」


「強がりを」


暗殺者が再び攻撃を仕掛けた。


連続攻撃。爪が縦横無尽に振るわれる。


誠一は必死にかわした。『予兆感知』がなければ、一撃目で死んでいただろう。


しかし、限界があった。


「ぐっ——」


肩を掠められた。鋭い痛みが走る。


「そろそろ終わりだ」


暗殺者が笑った。


「お前の『予兆感知』は確かに厄介だ。しかし、体が追いつかなければ意味がない」


「……」


「さらばだ、桐生誠一」


暗殺者が最後の一撃を放とうとした。


そのとき——


「そこまでだ!」


複数の声が響いた。


暗殺者が振り返ると——


リーゼロッテ、ゴルド、ガルバス——守護局の仲間たちが、武器を構えて立っていた。


「遅かったか」


「誠一、無事か」


リーゼロッテが駆け寄ってきた。


「なんとか」


「傷を負っているな。下がれ、ここからは私たちが」


「しかし——」


「お前は戦えない。それはお前自身が一番わかっているだろう」


リーゼロッテは剣を構えた。


「お前は、別の戦い方をしろ」


誠一は頷いた。


「……任せた」


誠一は後退した。


リーゼロッテたちが、暗殺者と対峙する。


「三人か。面白い」


暗殺者が笑った。


「しかし、私を止められると思うな」


「やってみろ」


リーゼロッテが突撃した。


激しい戦いが始まった。


* * *


誠一は建物の影から、戦いを見守っていた。


リーゼロッテの剣技は見事だった。ゴルドの斧も、ガルバスの槍も、的確に暗殺者を攻撃している。


しかし——


「押されている……」


暗殺者は、三人を相手にしても余裕を見せていた。


攻撃をかわし、反撃を繰り返す。その動きは、人間の限界を超えていた。


「くっ——」


リーゼロッテが吹き飛ばされた。


「リーゼロッテ!」


「大丈夫だ……まだ戦える……」


リーゼロッテは立ち上がったが、顔には苦悶の表情が浮かんでいた。


「このままでは……」


誠一は考えた。


戦闘では勝てない。暗殺者の力は、仲間たちを上回っている。


では、どうする。


「考えろ……俺にできることを……」


誠一は周囲を見回した。


建物、路地、広場——地形を把握する。


「……あれだ」


誠一は一つのアイデアを思いついた。


「リーゼロッテ! 暗殺者を西の広場に誘導しろ!」


「何?」


「いいから、やってくれ!」


リーゼロッテは一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。


「わかった! 皆、西へ!」


三人は後退しながら、暗殺者を西の広場へ誘導し始めた。


暗殺者は追いかけてきた。


「逃げても無駄だ」


誠一は別のルートで広場に先回りした。


広場には、井戸があった。


誠一はその蓋を外し、中を覗いた。


深い。十メートル以上ある。


「これでいい」


誠一は井戸の周りに、いくつかの仕掛けを施した。


やがて、仲間たちが広場に到着した。


暗殺者が追いついてくる。


「ここで終わりだ」


暗殺者が最後の攻撃を仕掛けようとした。


そのとき——


「今だ!」


誠一が叫んだ。


リーゼロッテたちが一斉に横に飛んだ。


暗殺者は勢い余って、前に踏み出した。


その足元が——崩れた。


「何——」


誠一が仕掛けていた罠だった。


井戸の周りの地面を弱くし、暗殺者が踏み込んだ瞬間に崩れるようにしていた。


暗殺者は井戸に落ちた。


「がっ——」


深い井戸の底に叩きつけられる音が聞こえた。


「今だ! 蓋を!」


誠一の指示で、ゴルドとガルバスが重い石の蓋を井戸に被せた。


「これで——」


しかし、誠一は油断しなかった。


「まだだ。中から脱出する可能性がある」


「どうする」


「水を流し込め。溺死させる」


リーゼロッテが頷いた。


近くの水路から水を引き、井戸に流し込む。


井戸の中から、暗殺者の悲鳴が聞こえた。


やがて、悲鳴は止んだ。


「……終わったか」


誠一は息を吐いた。


「終わった。暗殺者は倒した」


リーゼロッテが言った。


「いや、俺じゃない。皆のおかげだ」


「お前が作戦を立てた。お前の勝利だ」


誠一は首を横に振った。


「俺一人では、何もできなかった。皆がいたから、勝てた」


仲間たちが、誠一を見つめた。


「それが——俺の答えだ」


誠一は言った。


「俺は戦えない。しかし、仲間と一緒なら、何でもできる」


全員が頷いた。


「異常なし」


誠一は空を見上げて言った。


「本日も、ご安全に」

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