第二十二章 魔王の脅威

魔界——


暗い空の下、黒い城がそびえ立っていた。


魔王城。


魔王ヴェルザードの居城であり、魔王軍の総本山だった。


「報告があります」


黒いローブを纏った魔族が、玉座の前に跪いた。


「何だ」


低い声が響いた。


玉座に座るのは、魔王ヴェルザード。


人型の魔族だが、その存在感は圧倒的だった。紫色の肌、金色の瞳、頭部から伸びる二本の角。五百年前に封印され、近年復活を果たした、この世界最強の存在。


「王都での計画が、ことごとく阻止されております」


「ほう」


「浸透工作は発覚し、工作員は捕らえられ、物資は押収されました。内部崩壊の計画は、完全に失敗しました」


魔王は玉座にもたれかかった。


「何者の仕業だ」


「桐生誠一という男です。元は警備員でしたが、今は『王国守護局』という組織の長を務めています」


「守護局?」


「王国の治安維持を担う新組織です。この組織が、我々の動きを監視し、先回りして阻止しています」


魔王は興味深そうに目を細めた。


「その男——どのような能力を持っている」


「『鷹の眼』と『予兆感知』というスキルを持っています。異常を見抜き、危険を察知する能力です」


「戦闘能力は」


「ほぼ皆無です。剣も魔法も使えません」


「ふむ」


魔王は顎に手を当てた。


「戦えない男が、我々の計画を阻止し続けている……面白い」


「魔王様、如何いたしましょうか」


「放置すれば、人間どもはますます防備を固める。早急に排除すべきだ」


魔王は立ち上がった。


「暗殺者を送れ。最上級の者を」


「しかし、王国守護局の警備網は厳重です。暗殺者が潜入しても——」


「構わん。必要なら、私自ら出向いてもよい」


魔王の目が、危険な光を帯びた。


「桐生誠一を殺せ。あの男さえいなければ、人間どもなど恐れるに足りん」


「御意」


魔族は頭を下げ、退出した。


魔王は窓際に立ち、遠くを見つめた。


人間界の方角だ。


「桐生誠一……」


魔王は呟いた。


「お前は、私の計画を何度も狂わせた。許すわけにはいかん」


魔王の体から、黒い瘴気が立ち昇った。


「お前を殺し、人間どもに絶望を与える。それが、お前への報いだ」


嵐が、近づいていた。


* * *


一方、王都——


誠一は執務室で報告書に目を通していた。


「局長、各支部からの報告が届いています」


エルナが書類を持ってきた。


「どれどれ」


誠一は書類を受け取り、目を通した。


エルステン支部——異常なし。

マルセナ支部——不審者三名を拘束、尋問中。

ノルドハイム支部——物資の不正移動を発見、押収。


「順調だな」


「はい。ただ——」


エルナが少し不安そうな顔をした。


「何だ」


「最近、私の嗅覚に引っかかるものがあるんです」


「どういうことだ」


「うまく言えないんですが……何か、大きなものが近づいている気がするんです」


誠一は手を止めた。


「お前の勘は当たることが多い。具体的には」


「わかりません。ただ、嫌な予感がするんです」


誠一は考え込んだ。


エルナの感覚は、誠一の『予兆感知』とは異なる。しかし、彼女の勘は侮れない。


「警戒を強化しよう。念のためだ」


「はい」


エルナは出ていった。


誠一は一人残り、窓の外を見た。


『予兆感知』を発動させる。


まだ何も感じない。しかし——


「何かが来る」


誠一の直感が、そう告げていた。


それが何なのかは、まだわからない。


しかし、大きな脅威が迫っていることだけは、確かだった。


* * *


その夜、誠一は夢を見た。


暗い空間の中に、一人で立っている。


周囲には何もない。ただ、暗闘だけが広がっている。


「桐生誠一」


声が聞こえた。


誠一は振り返った。


そこに、一人の人影が立っていた。


紫色の肌。金色の瞳。頭から伸びる二本の角。


「お前は——」


「私は魔王ヴェルザード」


魔王が微笑んだ。


「お前に会いに来た」


「会いに来た? これは夢か」


「夢であり、現実でもある。私には、夢を通じて他者と対話する力がある」


魔王は一歩近づいた。


「お前のことは聞いている。私の計画を何度も阻止した、厄介な男だ」


「光栄だな」


「皮肉か?」


「事実だ。魔王に認識されるとは、俺も出世したものだ」


魔王は笑った。


「面白い男だ。恐れを知らないのか」


「恐れがないわけではない。しかし、恐れに負けるわけにはいかない」


「なぜだ」


「守るべきものがあるからだ」


誠一は真っ直ぐに魔王を見た。


「俺は警備員だ。人を守ることが、俺の仕事だ。魔王であろうと、それは変わらない」


魔王は目を細めた。


「お前は、私を止められると思っているのか」


「止める。必ず」


「面白い」


魔王は背を向けた。


「では、試してみよう。私は近いうちに、暗殺者を送る。お前が生き残れれば、認めてやる」


「暗殺者?」


「最上級の者だ。お前のような戦えない男には、手に負えないだろう」


魔王は姿を消しかけた。


「待て!」


「もう一つ、教えておこう」


魔王が振り返った。


「私は、お前を殺すだけでは満足しない。お前の仲間も、お前の守りたいものも、すべて滅ぼす」


「何だと——」


「楽しみにしておけ、桐生誠一。お前の絶望する顔を、見せてもらおう」


魔王の姿が消えた。


暗闘が、誠一を呑み込んだ。


* * *


誠一は目を覚ました。


汗びっしょりだった。


「夢……いや、あれは——」


現実だった。


魔王との対話。暗殺者の予告。


すべてが、現実だった。


「来るのか——」


誠一は窓の外を見た。


夜明けが近づいていた。


新しい一日が始まろうとしていた。


しかし、それは——


最も危険な一日の始まりでもあった。

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