第十九章 王の謁見

王都防衛戦から一週間が経った。


誠一の傷は癒え、日常業務に復帰していた。城門警備隊の詰め所は、以前と変わらぬ雰囲気だった。しかし、何かが少しずつ変わっていた。


「誠一さん、お茶をどうぞ」


エルナがカップを差し出した。


「ありがとう」


誠一はカップを受け取り、一口飲んだ。温かい紅茶が、疲れた体に染み渡る。


「今日も巡回ですか」


「ああ。復興作業で人の出入りが多い。警戒を緩めるわけにはいかない」


「私も行きます」


「頼む」


誠一は立ち上がり、制服を整えた。


そのとき、詰め所の扉が開いた。


「桐生誠一はいるか」


声の主は、騎士団の伝令だった。


「私が桐生誠一です」


「国王陛下より、謁見の命が下された。本日午後、王城に参内せよ」


「国王陛下から?」


誠一は驚いた。


「内容は聞かされていない。しかし、遅刻は許されない。時間厳守で参内せよ」


伝令は言い残して去っていった。


「国王様が誠一さんを呼んでるって……」


エルナが目を丸くした。


「何事でしょうね」


「わからない。しかし、呼ばれた以上は行くしかない」


誠一は詰め所を出て、王城へ向かった。


* * *


王城の謁見の間は、壮麗な空間だった。


高い天井、大理石の床、壁に掛けられた王家の紋章。室内には数十人の貴族や騎士が並び、厳かな雰囲気が漂っていた。


誠一は赤い絨毯の上を歩き、玉座の前で跪いた。


「城門警備隊、桐生誠一。参上いたしました」


「顔を上げよ」


低く、威厳のある声が響いた。


誠一が顔を上げると、玉座に一人の男が座っていた。


国王オスヴァルト四世。


五十代半ばの堂々たる体躯。白髪交じりの髪と、鋭い目。その存在感は、部屋全体を圧倒するほどだった。


「お前が、桐生誠一か」


「はい、陛下」


「話は聞いている。王都防衛戦において、お前が果たした役割を」


国王は玉座から立ち上がった。


「城門の警戒強化、市民の避難誘導、群衆のパニック抑制——すべてお前の功績だと聞いた」


「私一人の功績ではありません。城門警備隊の仲間たち、そして騎士団の——」


「謙遜するな」


国王が遮った。


「お前がいなければ、王都の被害はもっと大きかった。それは事実だ」


誠一は黙った。


国王は階段を降り、誠一の前に立った。


「お前は異世界から来た者だと聞いた」


「はい。元の世界では、警備員という仕事をしていました」


「警備員——人を守る仕事か」


「はい」


「この世界では、警備は卑しい仕事とされている。しかし、お前はそれを誇りに思っているようだな」


「誇りに思っています。人を守ることに、貴賤はありません」


国王の目が、わずかに細められた。


「面白い男だ」


国王は踵を返し、玉座に戻った。


「桐生誠一、お前に提案がある」


「何でしょうか」


「王国守護官という役職を新設する。お前を、その初代に任じたい」


謁見の間がざわめいた。


「王国守護官だと?」


「警備員風情を——」


「静まれ」


国王の一声で、室内が静まり返った。


「王国守護官は、騎士団とは別系統の組織を率いる。騎士団が『剣』であるならば、守護官は『盾』だ。外敵と戦う騎士団に対し、守護官は内なる脅威から王国を守る」


誠一は息を呑んだ。


「具体的には、王都および王国各地の警備・治安維持を統括する。城門警備隊を母体として、新たな組織を立ち上げる」


「私に——そのような大役が務まるでしょうか」


「務まるかどうかは、やってみなければわからん。しかし、お前以上の適任者はいない」


国王は誠一を真っ直ぐに見た。


「どうだ、桐生誠一。引き受けるか」


誠一は考えた。


これまで、自分は城門警備隊の一員として働いてきた。小さな組織の、小さな仕事。しかし、それでも人を守ることはできた。


しかし、国王が求めているのは、もっと大きなことだ。王国全体の治安維持。それは、自分一人では到底成し遂げられない規模の仕事だ。


しかし——


「お引き受けします」


誠一は頭を下げた。


「ただし、条件があります」


「条件?」


「私の仲間たちを、新組織に加えることを許可してください。城門警備隊の隊員たち、そしてリーゼロッテ殿——彼らなしでは、私は何もできません」


国王は少し驚いた顔をした。そして、微笑んだ。


「よかろう。人選はお前に任せる」


「ありがとうございます」


「それから、もう一つ」


国王は侍従に合図した。


侍従が、何かを載せた盆を持ってきた。


盆の上には、金色のバッジがあった。


「これは、王国守護官の紋章だ。これを持つ者は、王国のどこでも警備・治安維持の権限を持つ」


「権限——」


「そうだ。お前はもう、『権限なき私人』ではない。王の名のもとに、人を守る権限を持つ者となる」


誠一は紋章を見つめた。


金色に輝く紋章。その中央には、盾の意匠が刻まれていた。


「謹んでお受けいたします」


誠一は紋章を受け取り、深々と頭を下げた。


こうして、「王国守護局」という新たな組織が誕生した。


そして誠一は、その初代局長となった。


* * *


謁見が終わった後、誠一は王城の廊下を歩いていた。


「おめでとう、誠一」


リーゼロッテが追いかけてきた。


「ありがとう。しかし、これからが大変だ」


「新組織の立ち上げか」


「ああ。人員、予算、組織体制——すべてをゼロから作らなければならない」


「私も手伝う。副局長として」


「頼む。お前の力が必要だ」


二人は並んで歩いた。


「誠一、一つ聞いていいか」


「何だ」


「謁見のとき、お前は少しも迷わなかった。なぜだ」


「迷わなかったわけではない。しかし——」


誠一は立ち止まり、窓の外を見た。


王都の街並みが見えた。復興作業が進み、瓦礫は片付けられ、建物は修復されつつある。


「俺には、守りたいものがある」


「守りたいもの?」


「この街。この国。そして、ここに住む人々」


誠一は振り返った。


「俺は警備員だ。人を守ることが、俺の仕事だ。それが城門の前であろうと、王国全体であろうと、やることは変わらない」


リーゼロッテは黙って誠一を見つめた。


「……お前は、本当に変わった男だな」


「よく言われる」


「褒め言葉だ」


リーゼロッテは微笑んだ。


「一緒にやろう、誠一。王国を守るために」


「ああ。よろしく頼む」


二人は握手を交わした。


新たな戦いが、始まろうとしていた。

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