第十四章 誰も信じない警告
騎士団主力が出発してから三日が経った。
東部戦線からの報告は芳しくなかった。魔王軍は予想以上に手強く、防衛線は押し込まれつつあった。レオンハルト団長は援軍を求めているが、王都から追加で送れる兵力は限られていた。
その間、誠一は王都の警備強化に奔走していた。
城門警備隊の巡回頻度を上げ、不審者の監視を強化した。エルナの聴覚とゴルドの経験を活かし、これまで見落としていた死角をカバーした。
しかし、『予兆感知』の警告は日増しに強まっていた。
「何かがおかしい」
誠一は詰め所で地図を広げ、これまでの情報を整理していた。
ここ数日で発見した不審な点。城門を通過した商人の中に、以前と同じパターンの偽装が見られる者が複数いた。スラム街での人の動きが活発化している。倉庫街で、夜中に物資を運び込む集団が目撃された。
「点と点を結べば——」
誠一は地図上に印をつけていった。
不審な動きが報告された場所。工作員らしき人物が目撃された場所。そして、以前の事件で発見された魔王軍の拠点。
すべてが、ある一点を中心に広がっていた。
王城だ。
「狙いは王城か——いや、違う」
誠一は地図をさらに見つめた。
王城を中心にして、放射状に配置されているように見える。しかし、実際の目標は——
「城門だ」
誠一は気づいた。
工作員たちは、王都の四つの城門の近くに集中している。もし彼らが一斉に動けば——
「城門を内側から開けるつもりか」
騎士団主力が不在の今、城門が開けば、魔族の先遣隊が容易に侵入できる。王都は内側から崩壊する。
「ハインリッヒ副団長に報告しなければ」
誠一は詰め所を飛び出した。
* * *
騎士団本部に着くと、ハインリッヒは会議中だった。
誠一は無理を言って会議室に入れてもらった。
「何事だ、警備員」
ハインリッヒが不機嫌そうに言った。会議室には数人の騎士が座っており、全員が誠一を怪訝な目で見ていた。
「緊急の報告があります。魔王軍の工作員が、城門を内側から開ける計画を進めています」
「何だと?」
「ここ数日の調査で判明しました。工作員らしき人物が、四つの城門の近くに集結しています。彼らが一斉に動けば、城門は内側から突破されます」
ハインリッヒは鼻で笑った。
「また根拠のない予測か」
「根拠はあります。不審者の目撃情報、物資の移動、パターンの分析——すべてが一つの結論を指し示しています」
「パターンの分析? 警備員風情が軍事戦略を語るな」
「これは軍事戦略ではありません。治安維持の問題です」
誠一は冷静に反論した。
「魔王軍は正面からの戦争と同時に、内部崩壊を狙っています。騎士団主力を東部に引きつけておいて、手薄になった王都を内側から攻撃する。それが奴らの計画です」
「証拠はあるのか」
「状況証拠なら——」
「状況証拠? そんなもので騎士団は動けん」
ハインリッヒは立ち上がった。
「いいか、警備員。我々は今、東部戦線の支援で手一杯だ。王都の守備兵力も限られている。お前の妄想に付き合っている暇はない」
「妄想ではありません!」
誠一も声を荒げた。
「私の『予兆感知』が警告を発しています。何かが起ころうとしている。今すぐ対策を——」
「うるさい!」
ハインリッヒが机を叩いた。
「お前は警備員だ! 騎士ではない! 戦略を語る資格などない!」
「資格? 命がかかっているのに、資格の話ですか!」
「黙れ! これ以上騒ぐなら、牢に放り込むぞ!」
会議室が静まり返った。
誠一は唇を噛んだ。これ以上言っても、無駄だ。ハインリッヒは聞く耳を持たない。
「……失礼しました」
誠一は頭を下げ、会議室を出た。
廊下を歩きながら、誠一は拳を握りしめた。
わかっていた。警備員の言葉など、騎士には届かない。しかし、それでも——言わずにはいられなかった。
「どうする……」
誠一は立ち止まった。
騎士団が動かないなら、自分たちで何とかするしかない。しかし、城門警備隊だけで魔王軍の工作員に対抗できるのか。
戦闘能力がない自分に、何ができる。
——いや、戦う必要はない。
誠一は思い直した。
自分の仕事は、戦うことではない。守ることだ。
敵を倒せなくても、人々を守ることはできる。
「守りを固める。それしかない」
誠一は詰め所へ戻った。
* * *
「隊長、緊急事態です」
詰め所に戻った誠一は、ガルバスに状況を説明した。
「騎士団が動かない?」
「ハインリッヒ副団長は、私の報告を妄想扱いしました」
「畜生、あの石頭め」
ガルバスは舌打ちした。
「で、どうするつもりだ」
「城門警備隊だけで、できる限りの対策を取ります」
誠一は地図を広げた。
「まず、四つの城門すべてに警戒態勢を敷きます。工作員が動いた場合に備えて、警報を鳴らす手順を確認します」
「警報を鳴らしたところで、騎士団が動かなければ意味がない」
「いえ、意味はあります。市民に避難を促すことができます。城門が突破されても、市民が安全な場所に逃げていれば、被害は最小限に抑えられます」
「避難? どこに」
「王城です。王城には予備の騎士団が詰めています。王城周辺に市民を集めれば、ある程度の防御ができるはずです」
ガルバスは考え込んだ。
「……無茶な計画だが、他に手はないか」
「残念ながら」
「わかった。隊員を集めろ。作戦会議だ」
城門警備隊の全員が詰め所に集まった。
ジョルノ、カルロ、ドルフ、そして新しく加わった数人の隊員たち。エルナとゴルドも参加している。
「状況を説明する」
誠一が立ち上がった。
「魔王軍の工作員が、城門を内側から開ける計画を進めている可能性がある。騎士団は動かない。我々だけで対処しなければならない」
隊員たちがざわめいた。
「俺たちだけで? 無理だろ」
「戦えないぞ、俺たちには」
「落ち着け」
ガルバスが声を上げた。
「誠一、続けろ」
「我々の役割は、戦うことではありません。守ることです」
誠一は地図を指さした。
「各城門に二人ずつ配置します。工作員の動きを監視し、異変があればすぐに警報を鳴らす。警報が鳴ったら、市民の避難誘導を開始する」
「避難誘導って、どうやって」
「巡回で培った知識を使います。各地区の通路、広場、死角——すべて把握しているはずです。市民を安全な場所へ導く。それが我々の仕事です」
誠一は全員を見回した。
「正直に言います。これは危険な任務です。工作員と鉢合わせになる可能性もある。しかし——」
誠一は言葉を区切った。
「我々がやらなければ、誰がやる。騎士団は動かない。王都の市民を守れるのは、我々だけです」
沈黙が流れた。
やがて、ゴルドが口を開いた。
「やるしかねえだろ」
「ゴルド?」
「俺は元傭兵だ。戦うことしか知らなかった。だが、誠一と一緒に働いて——守ることの大切さを学んだ。ここで逃げたら、俺は何のために生きてきたんだ」
ゴルドは立ち上がった。
「俺はやる。お前らはどうだ」
「俺もだ」
ジョルノが立ち上がった。
「年寄りだが、まだ足は動く。逃げ道くらいは教えられる」
「俺も……」
カルロが渋々ながら立った。
「死にたくはねえが、誠一の言う通りだ。俺たちがやらなきゃ、誰もやらねえ」
一人、また一人と、隊員たちが立ち上がった。
エルナも立った。
「私も行きます。誠一さん、私の耳と鼻、使ってください」
誠一は全員を見渡した。
胸が熱くなった。
「……ありがとう。みんな」
「礼はいい」
ガルバスが言った。
「さあ、準備を始めろ。時間がない」
* * *
その夜、城門警備隊は各持ち場についた。
誠一は南門の担当となった。エルナが同行している。
「誠一さん、緊張してますか」
「少しな」
「私もです」
エルナは耳をピクピクと動かした。
「でも、誠一さんと一緒なら、大丈夫な気がします」
「そうか」
誠一は微笑んだ。
「お前も、強くなったな」
「誠一さんのおかげです」
二人は城門の影に身を潜め、周囲を監視した。
夜は深まり、街は静まり返っている。月明かりが石畳を照らし、風が時折吹き抜けていく。
『予兆感知』は、依然として警告を発し続けていた。
まだ遠い。しかし、確実に近づいている。
「来るぞ」
誠一は呟いた。
「誠一さん?」
「もうすぐだ。何かが起こる」
誠一は立ち上がった。
「エルナ、耳を澄ませろ。何か聞こえたら、すぐに教えてくれ」
「はい」
エルナは目を閉じ、聴覚に集中した。
数分が経った。
「誠一さん」
エルナが囁いた。
「何か聞こえます。足音——たくさんの足音です」
「どっちから」
「城壁の内側……いえ、街の中からです」
誠一の体が緊張した。
来た。
「方向は」
「こっちに向かっています。数は……十人以上」
「武装は」
「わかりません。でも、金属が擦れる音がします」
武器を持っているということだ。
誠一は笛を取り出した。警報用の笛。これを吹けば、他の門にも合図が届く。
「誠一さん、どうしますか」
「待て。まだ確認できていない。相手が本当に工作員かどうか——」
そのとき、街の方角から火の手が上がった。
「火事!」
「いや、違う——放火だ」
誠一は顔をしかめた。
火は複数の場所で同時に上がっていた。これは偶然ではない。計画的な放火だ。
「始まった」
誠一は笛を口に当てた。
鋭い音が夜空に響き渡った。
同時に、街のあちこちで叫び声が上がり始めた。
混乱が、始まっていた。
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