第十三章 魔王軍、動く

王女暗殺未遂から二週間が経った。


表向きは平穏が続いていたが、水面下では緊張が高まっていた。騎士団は魔王軍の残党を追い続け、誠一たち城門警備隊も警戒を強化していた。


そんなある日、緊急の知らせが飛び込んできた。


「魔王軍が動いた」


リーゼロッテが詰め所に駆け込んできた。


「何だと?」


誠一は立ち上がった。


「国境付近で大規模な軍勢が確認された。数は推定で一万以上。魔王軍の本隊と思われる」


「一万……」


誠一は顔をしかめた。


「ついに、正面からの侵攻が始まったのか」


「団長が緊急会議を召集している。お前も来い」


誠一はリーゼロッテに従い、騎士団本部へ向かった。


会議室には、主要な騎士たちが集まっていた。重苦しい空気が漂っている。


「状況を説明する」


レオンハルトが地図を広げた。


「二日前、東部国境のエルステン峠で、魔王軍の大軍勢が確認された。斥候の報告によると、数は約一万二千。先鋒はすでに峠を越え、王国領内に侵入している」


「迎撃は?」


ハインリッヒが尋ねた。


「東部守備隊が防衛線を敷いているが、数で劣っている。援軍が必要だ」


「騎士団主力を投入すべきでしょう」


「そのつもりだ。明日、私自ら主力を率いて東部へ向かう」


誠一は地図を見つめながら、考えた。


東部国境。王都から馬で三日の距離。騎士団主力が移動すれば、王都の防備は手薄になる。


——待て。


誠一の中で、警報が鳴った。


「団長閣下、一つ質問があります」


「何だ」


「この侵攻は、陽動ではありませんか」


会議室が静まり返った。


「陽動だと?」


「魔王軍は、これまで正面からの攻撃を避けてきました。浸透工作、テロ計画、暗殺——すべて裏からの攻撃です。なぜ今になって、正面からの侵攻に転じたのでしょうか」


「魔王が復活の力を得たからではないのか」


「それにしても、変です。一万二千という数は、王国軍全体を相手にするには少なすぎる。本気で王国を滅ぼすつもりなら、もっと大軍を動かすはずです」


レオンハルトは腕を組んで考えた。


「お前の言いたいことはわかる。しかし、だからといって侵攻を無視するわけにはいかん」


「もちろんです。しかし、王都の警備を手薄にすべきではありません」


「提案があるのか」


「はい。騎士団主力が東部へ向かう間、王都の警備を強化してください。特に王城と主要施設には、予備兵力を配置すべきです」


ハインリッヒが鼻で笑った。


「警備員が戦略を語るとはな」


「事実を述べているだけです。魔王軍の目的が王都の内部崩壊だとすれば、今こそ最大のチャンスです。騎士団主力が不在の間に、工作員が一斉蜂起すれば——」


「そんなことはさせん」


レオンハルトが言った。


「お前の懸念は理解した。ハインリッヒ、お前は王都に残れ。予備部隊を指揮し、警備を強化しろ」


「私が残る? しかし——」


「お前には不服か」


「いえ……承知しました」


ハインリッヒは渋々ながら従った。


「誠一、お前も王都に残れ。城門警備隊と連携し、内部からの脅威に備えよ」


「了解しました」


レオンハルトは全員を見回した。


「明日から、我々は二正面作戦を展開する。東部での敵軍迎撃と、王都の内部防衛。どちらも失敗は許されない。各自、全力を尽くせ」


「はっ!」


騎士たちが一斉に敬礼した。


* * *


会議が終わった後、誠一はリーゼロッテを呼び止めた。


「お前は、東部へ行くのか」


「ああ。団長の直属として、前線に出る」


「気をつけろ」


「お前もな」


リーゼロッテは小さく笑った。


「正直、お前の読みは当たっていると思う。この侵攻は何かおかしい。魔王軍には裏の狙いがある」


「だからこそ、王都を守らなければならない」


「ああ。お前に任せる」


リーゼロッテは手を差し出した。


誠一はその手を握った。


「必ず戻ってこい」


「当然だ。私を誰だと思っている」


リーゼロッテは胸を張った。しかし、その目には不安の影があった。


誠一は何も言わなかった。ただ、彼女の手を強く握り返した。


翌朝、騎士団主力は東部へ向けて出発した。


王都から約三千の騎兵と歩兵が出陣していく。レオンハルト団長を先頭に、王国最精鋭の戦力が街道を進んでいく。


誠一は城門の上から、その行列を見送った。


「行ってしまいましたね」


エルナが隣に立っていた。


「ああ」


「誠一さん、大丈夫ですか」


「何が?」


「なんだか、心配そうな顔をしています」


誠一は苦笑した。


「そうか。そう見えるか」


「はい」


「……正直に言うと、不安だ。この状況は、何かおかしい」


「おかしい?」


「魔王軍の動きが、あまりにも露骨すぎる。まるで、わざと騎士団を王都から引き離そうとしているように見える」


「じゃあ、やっぱり罠なんですか」


「おそらく。しかし、罠とわかっていても、侵攻を無視するわけにはいかない。だから騎士団は出撃した。そして俺たちは、残された王都を守る」


誠一は城壁の上から王都を見下ろした。


平和な街並み。行き交う人々。何も知らずに日常を過ごす市民たち。


この平和を守るために、自分は何ができるのか。


「エルナ、巡回を強化する。お前の耳と鼻をフル稼働してくれ」


「はい!」


「ゴルドにも連絡だ。隊員全員に警戒態勢を敷く」


「わかりました!」


エルナは駆け出した。


誠一は一人、城壁の上に残った。


『予兆感知』を発動させる。


まだ遠い。まだ曖昧だ。しかし、確かに何かが近づいている。


大きな嵐が。


「来るなら来い」


誠一は呟いた。


「俺は、逃げない」


風が吹いた。


東からの風だった。


戦場からの風。


そして——嵐の前触れだった。

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