第九章 城門警備隊の改革

騎士団との協力体制が確立されてから、誠一の立場は微妙に変化した。


相変わらず城門警備隊の一員だが、時折、騎士団からの依頼で情報収集や分析を行うようになった。リーゼロッテが窓口となり、週に数回の定期報告会が開かれるようになった。


「お前、出世したな」


ガルバスが皮肉っぽく言った。


「出世などしていません。仕事が増えただけです」


「仕事が増えたなら、給料も上げてもらえ」


「それは難しいでしょうね」


誠一は苦笑した。騎士団との協力は無報酬だ。城門警備隊の薄給は変わらない。


しかし、誠一にとって重要なのは金ではなかった。


より広い視野で、より多くの情報を得られるようになった。それが、守るべき人々を守るために必要なことだった。


「ところで、隊長」


「なんだ」


「そろそろ、本格的な改革に着手したいのですが」


「改革?」


「城門警備隊全体の、業務効率化です」


ガルバスは眉をひそめた。


「お前、まだそんなことを考えていたのか」


「もちろんです。むしろ、今がチャンスだと思います」


「なぜだ」


「騎士団との協力体制ができた今、城門警備隊の価値を示す必要があります。『警備員は使えない』という偏見を覆すためにも」


ガルバスは腕を組んで考えた。


「……具体的には、何をするつもりだ」


「三つあります」


誠一は指を立てた。


「一つ目は、巡回ルートの全面見直し。現状では、城壁全周をカバーできていません」


「人手が足りないからな」


「だからこそ、効率化が必要です。無駄な動きを減らし、重点ポイントを明確にすれば、少ない人数でも広い範囲をカバーできます」


「二つ目は?」


「教育訓練の体系化です。現状では、新人への教育がほとんど行われていません。各自が勝手に学んでいる状態です」


「教えられる奴がいないからな」


「私が教えます。観察の基本、異常検知の方法、報告の仕方——これらを標準化し、全員が同じレベルで業務を遂行できるようにします」


「三つ目は?」


「情報共有システムの構築です。引き継ぎノートを発展させ、すべての隊員が過去の情報にアクセスできるようにします。パターンを分析し、将来の異常を予測できるようになります」


ガルバスは黙って誠一を見つめた。


「……大したもんだな」


「何がですか」


「お前、本当に十五年やってきただけあるな。言っていることが、素人じゃない」


「恐縮です」


「だが、問題がある」


「何でしょう」


「隊員たちが従うかだ。お前は新参者だ。古参の連中は、新参者の命令を聞きたがらない」


誠一は頷いた。それは予想していた問題だった。


「だからこそ、まずは結果を出す必要があります」


「結果?」


「改革によって、明らかに業務が楽になった、効率が上がった——そういう実感を与えれば、抵抗は減ります」


「理想論だな」


「理想を語らなければ、何も始まりません」


ガルバスは大きくため息をついた。


「……やってみろ。ただし、俺の手を煩わせるな」


「ありがとうございます」


誠一は頭を下げた。


その日から、城門警備隊の改革が始まった。


* * *


最初に着手したのは、巡回ルートの見直しだった。


誠一は王都の地図を広げ、すべての巡回ルートを書き出した。北門、東門、南門、西門——それぞれの担当区域と、実際に隊員たちが歩いているルートを確認する。


「これは……ひどいな」


誠一は呟いた。


ルートが重複している場所がある一方、まったくカバーされていない場所もある。同じ場所を二人の隊員が巡回していたり、逆に誰も通らない死角が存在したり。非効率の極みだった。


「誠一さん、何してるんですか」


エルナが覗き込んできた。


「巡回ルートの分析だ。見てくれ、ここ」


誠一は地図の一点を指さした。


「ここは東門と南門の担当区域の境目だ。どちらの隊員も、ここまで来て引き返している」


「じゃあ、この間は誰も見てないってことですか」


「そういうことだ。魔王軍の工作員がいたとしたら、ここを使う可能性が高い」


「やばいじゃないですか」


「だから、改善する」


誠一は新しいルートを設計した。


各門の担当区域を明確にし、境界部分は両方の隊員が重複して確認するようにした。また、巡回の時間をずらすことで、一日を通じて均等にカバーできるようにした。


「これを実行すれば、カバー率は九十パーセントを超える」


「すごい!」


「問題は、これを他の隊員に理解してもらうことだ」


誠一は翌日の朝礼で、新しいルート案を発表した。


反応は、予想通り冷ややかだった。


「なんで新参者の言うことを聞かなきゃならないんだ」


カルロが不満を漏らした。


「今までのルートで問題なかったじゃねえか」


「問題がなかったのではなく、問題に気づいていなかっただけです」


誠一は冷静に答えた。


「先月、倉庫街で魔族の工作員を発見したのを覚えていますか。あの場所は、旧ルートではカバーされていませんでした」


「それは——」


「新しいルートなら、あの場所も定期的に確認できます。早期発見、早期対処が可能になります」


カルロは黙り込んだ。


「一週間、試してみてください」


誠一は言った。


「一週間後、問題があれば元に戻します。しかし、効果があれば継続します。公平でしょう?」


誰も反論しなかった。


* * *


一週間後、結果が出た。


新ルートを実施した結果、三件の異常が発見された。壁の亀裂、不審な足跡、そして放置された荷物。いずれも、旧ルートでは発見できなかった可能性が高いものだった。


「これだけの成果があれば、継続の価値はあるでしょう」


誠一が報告すると、ガルバスは驚いた顔をした。


「たった一週間で三件か」


「はい。しかし、これは始まりに過ぎません」


誠一は次の段階に進んだ。教育訓練だ。


「今日から、毎朝三十分間の訓練を行います」


朝礼で誠一が発表すると、隊員たちから不満の声が上がった。


「訓練? 冗談じゃねえ」


「俺たちは騎士じゃないんだぞ」


「だからこそ、です」


誠一は静かに言った。


「騎士は剣の訓練をします。では、警備員は何の訓練をすべきでしょうか」


「そんなもん、ねえよ」


「あります。観察の訓練、報告の訓練、そして異常検知の訓練」


誠一は一枚の紙を取り出した。


「これは、今朝の詰め所の様子を書き出したものです」


紙には、詰め所内の物品配置が細かく記されていた。机の位置、椅子の向き、壁に掛かった道具の順番——すべてが正確に記録されている。


「今から、詰め所の中で一つだけ変化を加えます。それを見つけてください」


誠一は隊員たちを外に出し、詰め所の中に入った。


三分後、隊員たちが戻ってきた。


「さあ、何が変わりましたか」


全員が詰め所を見回した。しかし、誰も答えられなかった。


「わかりませんか?」


「……わからん」


「壁の時計が、五センチ左にずれています」


全員が時計を見た。確かに、よく見ると位置がわずかに変わっている。


「こんなもん、わかるわけねえだろ」


「わかるようになります。訓練すれば」


誠一は言った。


「観察とは、見ることではありません。違いに気づくことです。普段の状態を覚えておけば、変化があったときにすぐにわかる」


「それが何の役に立つんだ」


「侵入者が何かを動かしたり、何かを置いていったりしたとき、気づけるようになります。異常を早期に発見できれば、被害を最小限に抑えられます」


隊員たちは顔を見合わせた。


誠一の言葉には、説得力があった。彼らも、中央広場のテロ未遂事件を覚えている。あのとき、誠一の観察眼がなければ、どれだけの犠牲が出ていたかわからない。


「……やってみるか」


ドルフがぼそりと言った。


「俺は年寄りだが、新しいことを学ぶのは嫌いじゃない」


「俺も」


ジョルノが続いた。


カルロは渋い顔をしていたが、最終的には従った。


こうして、城門警備隊の訓練が始まった。


* * *


訓練を始めて一ヶ月が経った。


変化は、徐々に現れ始めた。


まず、報告の質が上がった。以前は「異常なし」の一言で終わっていた巡回報告が、具体的な観察事項を含むようになった。


「北側城壁、第三見張り塔の照明が一つ切れています」


「西門近くの排水溝に、木の葉が溜まっています。清掃が必要です」


「南門の蝶番から、微かに異音がします。点検を推奨します」


小さなことだが、これらの情報が蓄積されることで、問題を早期に発見し、対処できるようになった。


次に、チームワークが向上した。


以前は各自がバラバラに動いていたが、今は情報を共有し、協力して業務を遂行するようになった。


「俺が北側を見るから、お前は南側を頼む」


「了解。何かあったら合図する」


「エルナ、お前は耳を澄ませていてくれ。何か聞こえたら教えろ」


「はい!」


城門警備隊は、少しずつだが確実に、プロフェッショナルな集団へと変わりつつあった。


「隊長、報告があります」


ある日、誠一がガルバスに報告した。


「今月の異常発見件数は、先月の三倍です」


「三倍?」


「はい。そのうち半数は、以前なら見落としていた可能性が高いものです」


ガルバスは報告書を見つめた。


「……お前、本当にやり遂げたな」


「まだ始まったばかりです。これからが本番です」


「何をするつもりだ」


「情報共有システムの構築です」


誠一は説明した。


「現在の引き継ぎノートを発展させ、過去のすべての記録を検索できるようにします。パターンを分析し、将来の異常を予測できるようになります」


「難しそうだな」


「時間はかかります。しかし、完成すれば、城門警備隊の能力は飛躍的に向上します」


ガルバスは何も言わなかった。しかし、その目には、初めて見る光が宿っていた。


それは、期待の光だった。


「誠一」


「はい」


「お前を、隊の『教育係』に正式任命する」


「は?」


「今までは非公式だったが、これからは公式だ。隊員の教育訓練は、すべてお前に任せる」


「しかし、私は新参者です」


「新参者が何だ。結果を出しているのはお前だ」


ガルバスは立ち上がり、誠一の肩に手を置いた。


「俺は、お前を見誤っていたかもしれん。いや——お前だけじゃない。警備という仕事を、見誤っていた」


「隊長……」


「これからもよろしく頼む。教育係の——いや、誠一」


誠一は、深々と頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


城門警備隊は、変わり始めていた。


そしてそれは、誠一自身の変化でもあった。


異世界に来て、数ヶ月。最初は一人だった。しかし今、彼には仲間がいる。同じ目標を持ち、同じ方向を向いて歩く仲間が。


「異常なし」


誠一は空に向かって呟いた。


「本日も、ご安全に」


その言葉は、今ではチーム全体の合言葉になっていた。

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