第六章 未然の防衛
倉庫街での一件から三日が経った。
誠一は通常業務に戻っていたが、頭の中では常に情報を整理していた。押収された禁制品の中に、爆発性の魔法薬があった。しかし、それは全体の一部に過ぎないはずだ。
「テロ計画があったと言ったな」
ガルバスが誠一に確認した。
「はい。拘束された工作員が、尋問で漏らしたと聞きました」
「王都のどこかで、大規模な爆破を計画していたらしい。お前のおかげで阻止できた——と、騎士団は言っている」
「阻止できた、ですか」
誠一は首を傾げた。何かが引っかかる。
押収された爆発物の量。確かに大量だったが、王都を壊滅させるには足りない。それに、工作員の配置も気になる。倉庫街という辺鄙な場所に、五人だけ。本当にそれが主力だったのか。
「隊長、騎士団は捜査を打ち切ったんですか」
「ああ。主犯格は逃げたが、計画は頓挫したと判断したらしい」
「早すぎる気がします」
「俺もそう思う。だが、騎士団には騎士団の都合がある。これ以上首を突っ込むな、と言われた」
ガルバスは苦い顔をした。警備隊と騎士団の関係は、決して良好とは言えない。警備は格下の仕事であり、騎士団の捜査に口を挟む資格はない——それがこの世界の常識だ。
しかし誠一は諦めきれなかった。
「少し、独自に調べてみます」
「おい、誠一」
「業務に支障は出しません。個人の時間を使います」
ガルバスは何か言いかけたが、結局ため息をついて手を振った。
「……命は大事にしろよ」
誠一は詰め所を出て、街へ向かった。
* * *
情報を集めるために、まずは冒険者ギルドへ向かった。
ギルドは情報の集積地だ。様々な依頼が舞い込み、各地の噂が交換される。魔王軍の動きについても、何か掴めるかもしれない。
「おや、あんたは確か——」
受付の女性が誠一を覚えていた。あの日、門前払いを食らったときの受付係だ。
「お久しぶりです」
「城門警備隊に入ったって聞いたわ。噂になってるわよ、あんたのこと」
「噂?」
「魔族の工作員を見抜いたんでしょ? Gランクの警備員がねえ」
女性は興味深そうに誠一を見た。
「今日は何の用? 依頼でも探しにきた?」
「いえ、情報を集めに来ました。最近、街で変わったことはありませんか」
「変わったこと、ねえ」
女性は顎に手を当てて考えた。
「そういえば、中央広場の近くで、最近工事が増えたって話を聞いたわ。地下の排水路を直すとかなんとか」
「工事、ですか」
「うん。冒険者が通りかかったとき、作業員がやたら神経質だったって言ってたわ。近づいたら怒鳴られたらしいわよ」
誠一の中で、警報が鳴った。
地下排水路の工事。神経質な作業員。中央広場の近く——
「その工事、いつから始まったかわかりますか」
「さあ、二週間くらい前からかしら。詳しくは知らないけど」
二週間前。魔族の工作員が活動を活発化させた時期と一致する。
「ありがとうございます。助かりました」
誠一はギルドを後にし、中央広場へ向かった。
中央広場は、王都グランザリアの心臓部だ。
商業の中心地であり、様々なイベントが開催される場所でもある。周囲には大商会の本店や、貴族の邸宅が立ち並んでいる。
——そして、三日後には、王国の建国記念式典が開かれる予定だった。
誠一は広場の周囲を歩きながら、観察を続けた。
確かに、広場の北東角で工事が行われていた。柵で囲われた区画で、数人の作業員が地面を掘り返している。
誠一は何気なく近づいた。
「おい、近づくな!」
すぐに怒声が飛んできた。作業員の一人が、血相を変えてこちらを睨んでいる。
「すみません、何の工事か気になって」
「関係ない! 危ないから離れろ!」
作業員の反応が、異常に激しい。普通の工事なら、ここまで神経質になる必要はないはずだ。
誠一は素直に引き下がったが、距離を取った位置から観察を続けた。
『鷹の眼』を発動する。
視界が鮮明になった。作業員の動き、表情、手元の道具——すべてが細部まで見える。
彼らが掘っているのは、確かに地下排水路への入り口だった。しかし、穴の奥に見えるものは——
「あれは、排水路じゃない」
誠一は呟いた。
穴の奥に、木箱が見えた。複数の木箱が、地下空間に積まれている。倉庫街で押収されたものと同じ形状の木箱だ。
爆発物。
誠一の体が硬直した。
これが本命だ。倉庫街の拠点は囮。本当の爆発物は、ここに隠されていた。
中央広場の地下。三日後には、王国の建国記念式典が開かれる。国王を含む王族、貴族、そして何千人もの市民がこの場所に集まる。
「最悪だ」
誠一は冷や汗を流しながら、その場を離れた。
* * *
騎士団に報告しなければならない。
しかし、誠一には証拠がない。「作業員が怪しい」「木箱が見えた」——それだけで騎士団が動くとは思えない。まして、つい三日前に「計画は阻止された」と発表したばかりだ。今さら「まだ危険がある」と認めるのは、彼らのプライドが許さないだろう。
リーゼロッテに相談するべきか。
誠一は迷った。彼女なら話を聞いてくれるかもしれない。しかし、彼女一人で騎士団全体を動かせるとは限らない。副団長のハインリッヒは、誠一のことを快く思っていないはずだ。
時間がない。式典まで三日。
その間に、工作員たちは爆発物を設置し、起爆の準備を整えるだろう。式典当日に爆破すれば、王族から市民まで、何千人もの命が失われる。
「考えろ」
誠一は自分に言い聞かせた。
騎士団が動かないなら、自分で何とかするしかない。しかし、戦闘能力のない自分に、テロを阻止する力はない。
では、どうする。
——敵を倒すことができないなら、被害を防げばいい。
誠一の頭に、一つのアイデアが浮かんだ。
テロリストの目的は、式典に集まった人々を殺傷することだ。爆発そのものを阻止できなくても、人がいなければ被害は最小限に抑えられる。
つまり——避難させればいい。
式典当日、爆発の前に、広場から人を避難させる。
問題は、どうやって何千人もの人を、パニックを起こさずに避難させるか。そして、どのタイミングで爆発が起きるかを予測できるか。
「予兆感知」
誠一は自分のスキルを思い出した。危険の気配を事前に察知する能力。これを使えば、爆発の直前に警告を発することができるかもしれない。
しかし、それだけでは足りない。誠一一人で何千人を誘導するのは不可能だ。
「仲間が必要だ」
誠一は城門警備隊の詰め所へ戻った。
* * *
「式典当日に、爆破テロがある?」
ガルバスは眉をひそめた。
「はい。中央広場の地下に、爆発物が隠されています」
「証拠は」
「目視で確認しました。倉庫街で押収されたものと同じ形状の木箱が、地下空間に積まれていました」
「お前のスキルで見たのか」
「はい」
ガルバスは腕を組んで考え込んだ。
「騎士団は動かんだろうな」
「おそらく」
「お前、どうするつもりだ」
誠一は深呼吸してから、答えた。
「式典当日、広場から市民を避難させます」
「避難? どうやって」
「私のスキル『予兆感知』を使います。爆発の直前に警告を察知できれば、避難を開始する合図にできます」
「何千人をどうやって誘導する」
「だから、助けが必要なんです。隊長、城門警備隊を貸してください」
ガルバスは目を見開いた。
「うちの隊を? 本気か?」
「本気です。巡回で鍛えた隊員なら、群衆誘導もできるはずです」
「無茶だ。たかが十数人で、何千人を誘導するなんて」
「一人で誘導するわけじゃありません。ポイントを押さえれば、群衆は自然と流れを作ります。私たちは、その流れを作る石を置くだけです」
ガルバスは黙って誠一を見つめた。
「お前、本当にやる気なんだな」
「はい」
「失敗したら、どうなる」
「市民が死にます。そして、私たちは処罰されるでしょう」
「それでもやるのか」
「やらなければ、もっと多くの人が死にます」
沈黙が流れた。
やがて、ガルバスがゆっくりと頷いた。
「わかった。隊を動かす」
「ありがとうございます」
「礼はいい。だが、条件がある」
「なんですか」
「俺も参加する。お前一人に任せるには、リスクが高すぎる」
誠一は驚いた。しかし、すぐに頭を下げた。
「お願いします」
「それと、お前の計画を詳しく聞かせろ。無策で突っ込むわけにはいかん」
誠一は頷いて、計画の説明を始めた。
* * *
式典当日の朝が来た。
空は晴れ渡り、雲一つない。絶好の式典日和——だが、誠一の胸には重い緊張が渦巻いていた。
中央広場には、既に人が集まり始めていた。露店が並び、旗が飾られ、楽隊の音が響いている。誰もが、今日が特別な日であることを祝っている。
誰も、地下に潜む危険を知らない。
誠一は広場の東側、高台になった場所に立っていた。ここからなら、広場全体を見渡せる。
「準備はできているか」
ガルバスが隣に立った。
「はい。隊員は各配置についています」
城門警備隊の隊員たちは、広場の各所に散らばっていた。ジョルノは北側の路地、カルロは南側の出入り口、ドルフは西側の商店街——それぞれが、群衆の「流れ」を作るためのポイントに立っている。
リーゼロッテにも連絡していた。彼女は半信半疑だったが、「念のため」として騎士団の予備部隊を待機させることに同意してくれた。
「式典は午後一時からだ。国王陛下が演説を始めると、広場は満員になる」
「わかっています」
誠一は時計——ではなく、この世界の時間を示す日時計を確認した。まだ午前十時。あと三時間。
「あの工事現場はどうなった」
「今朝確認しました。作業員は撤収していましたが、穴は埋められていませんでした」
「つまり、いつでも起爆できる状態か」
「おそらく」
ガルバスは苦い顔をした。
「なぜ、騎士団に強く言わなかった」
「言いました。しかし、信じてもらえませんでした」
「くそ、やつらは——」
「今は仕方ありません。私たちにできることをするだけです」
誠一は広場を見下ろした。人の数は、刻一刻と増えている。子供連れの家族、腕を組んだ恋人たち、杖をついた老人——誰もが、平和な一日を楽しみにしている。
この人たちを、守らなければならない。
「予兆感知は発動しているか」
「はい。今のところ、異常はありません」
『予兆感知』は、常時発動させることができた。しかし、長時間使い続けると精神的な疲労が蓄積する。誠一は昨夜から断続的に発動させており、既にかなりの負担を感じていた。
「無理するなよ」
「大丈夫です」
正午を過ぎると、広場の人口密度は急激に上がった。
演台が設置され、貴族たちが着席し始める。警備の騎士団員が周囲を固め、王旗が掲げられる。
午後十二時四十五分。国王陛下の到着を告げるファンファーレが鳴り響いた。
「いよいよか」
ガルバスが緊張した声で言った。
誠一は目を閉じ、『予兆感知』に全神経を集中させた。
何かが来る。
遠くから、波のように押し寄せる予感。まだぼんやりとしているが、確かに存在する。危険の気配。
「来ます」
「何だと?」
「まだ時間はあります。十五分——いや、十分か」
「どうする」
「予定通りに」
誠一は懐から、小さな魔道具を取り出した。リーゼロッテから借りた「拡声器」——声を増幅する道具だ。
「まだ早いんじゃないか」
「いえ、今からでギリギリです。万人を動かすには、時間がかかります」
誠一は拡声器を口元に当てた。そして、深呼吸してから、声を張り上げた。
「皆様、お聞きください!」
広場に、誠一の声が響き渡った。
周囲の人々が、一斉に振り返る。何事かと、不審そうな顔で誠一を見上げている。
「私は王都城門警備隊の桐生誠一と申します! 緊急のお知らせがございます!」
人々がざわめき始めた。「何だ」「騒がしいな」「式典を邪魔するな」——批判的な声が聞こえる。
誠一は構わず続けた。
「この広場で、異常が確認されました! 安全のため、皆様には一時的に広場の外へ避難していただきます!」
「何を言っている!」
「嘘をつくな!」
「式典を台無しにする気か!」
怒号が飛び交った。しかし誠一は怯まなかった。
「パニックを起こさないでください! 落ち着いて、ゆっくりと移動してください! 北側の路地から退出する方は、左側通行でお進みください!」
具体的な指示を出す。これが群衆誘導の基本だ。抽象的な「逃げろ」ではなく、具体的な行動を指示する。そうすれば、人は無意識に従う。
「南側の出入り口から退出する方は、商店街の方向へお進みください! 前の方、立ち止まらないでください!」
最初は動かなかった群衆が、少しずつ動き始めた。
誠一の計算通りだった。群衆心理において、最初の数人が動けば、周囲もそれに引きずられる。城門警備隊の隊員たちが、各所で先導役を務めている。
「お子様連れの方は、西側の商店街へ! お年寄りの方、足の不自由な方は、お近くの騎士にお声がけください!」
広場に動きが生まれた。最初はゆっくりだったが、次第に加速していく。
「何をしている!」
怒号が聞こえた。振り返ると、騎士団の副団長ハインリッヒが馬を駆ってきた。
「式典を妨害するな! 貴様、何者だ!」
「城門警備隊の桐生誠一です。この広場に危険があります。市民の避難を行っています」
「ふざけるな! 危険など——」
そのとき、『予兆感知』が叫んだ。
今だ。来る。
「伏せてください!!」
誠一は叫んだ。
次の瞬間——
地面が揺れた。
広場の北東角、工事現場があった場所から、巨大な轟音が響いた。地面が隆起し、石畳が吹き飛び、炎と煙が空に向かって噴き上がる。
悲鳴が広場を包んだ。
しかし——
人は少なかった。誠一の誘導で、広場の人口は半分以下に減っていた。爆発の中心地付近には、ほとんど人がいなかった。
「畜生! 本当だったのか!」
ハインリッヒが呻いた。
誠一は立ち上がり、再び拡声器を掴んだ。
「落ち着いてください! パニックを起こさないで! 前の方、押さないでください! ゆっくりと移動を続けてください!」
二次災害を防がなければならない。群衆が将棋倒しになれば、爆発以上の犠牲者が出る。
誠一は声を張り上げ続けた。
* * *
混乱が収束するまでに、数時間がかかった。
爆発による死者は十三名。重傷者は四十名を超えた。しかし、広場に元々いた人数を考えれば、奇跡的に少ない数字だった。
もし避難が行われていなければ、死者は数百、いや数千に達していただろう。
「お前のおかげだ」
リーゼロッテが、疲れ切った顔で言った。
誠一も限界だった。精神力の消耗と、緊張の連続で、立っているのがやっとだ。
「いえ、隊の皆のおかげです」
「謙遜するな。お前が動かなければ、この街は阿鼻叫喚の地獄と化していた」
リーゼロッテは誠一を真っ直ぐに見つめた。
「お前は、何者なんだ。本当に——ただの警備員なのか」
「ただの警備員ですよ。守ることが、仕事です」
誠一は力なく笑った。
その夜、誠一は詰め所のベッドに倒れ込んだ。
意識が遠のいていく中で、誠一はぼんやりと考えていた。
これで終わりではない。魔王軍はまだ健在だ。今回のテロを実行した連中も、おそらく逃げおおせただろう。
戦いは、これからも続く。
しかし——
今日、守れた。何千人もの命を、守ることができた。
それだけで、今は十分だ。
誠一は目を閉じた。
「異常なし——」
かすかに呟いて、意識を手放した。
翌朝、誠一が目を覚ますと、枕元にリーゼロッテからの手紙が置かれていた。
『明日、改めて話がしたい。騎士団本部に来てくれ』
誠一は手紙を見つめながら、新しい一日の始まりを感じていた。
何かが、変わろうとしている。
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