第32話 別視点:元公爵令嬢の「至高の再教育」
かつて王都で「氷の薔薇」と称えられ、アレンを最も激しく蔑んでいた公爵令嬢、エレノア。彼女は今、真っ白なエプロンを身に纏い、アレンの領主邸に併設された「メイド見習い寮」の調理場で、震える手で包丁を握っていた。
公爵家が没落し、全財産を没収された彼女に与えられた唯一の救済は、アレンの都での「更生労働」だった。プライドを捨てきれず、初めは反抗的だった彼女も、この都の圧倒的な「日常」を前に、その虚栄心は粉々に砕け散っていた。
「エレノア、手が止まっているわよ。今日はアレン様が視察に訪れる『至高の昼食会』の準備なんだから。失敗すれば、貴女の今日の夕食は抜きよ。……あ、もちろん、貴女が昔食べていたような『腐ったパン』じゃなくて、うちの寮の賄い(まかない)が食べられないってことだけど」
教育係のメイド、リナが冷ややかに告げる。リナはかつて公爵家でエレノアに使い潰されていた下級使用人の一人だったが、今やアレンの都で「物流管理と家政」を修めた、誇り高い上級メイドだ。
エレノアは必死に、アレンが新たに定義したファンタジー食材と向き合っていた。 今日のメインディッシュは、魔力の高い「雷鳴鳥(らいめいちょう)」のモモ肉を使った、至高のコンフィだ。
「この鳥を焼くときは、火焔鳥のオイルの温度を一定に保つの。少しでも魔力バランスが崩れれば、肉のジューシーさが損なわれるわ。アレン様の創造魔法で最適化された食材を台無しにするのは、この都では重罪よ」
調理場の熱気の中で、エレノアは眩暈を覚えた。王都では、料理など下人がやることだと見下していた。だが、ここでは「食」こそが至高の理であり、それを支える職人たちは尊敬の対象だ。
昼時、エレノアは震える手で、試作の「雷鳴鳥のから揚げ」を一口分だけ、味見として口にすることを許された。 「……っ!?」 その瞬間、彼女の全身を衝撃が走った。 カリッとした衣が弾けた瞬間に溢れ出す、濃厚で神聖な肉汁。真珠苺の果汁を隠し味に使ったソースが、肉の旨味を極限まで引き立てている。王都の晩餐会で口にしていた、調味料で誤魔化しただけの料理とは、次元が違った。
「これが……これが、私が『無能』と呼んで追い出した男が創り上げた世界なの……?」
彼女は涙を流しながら、自分がどれほど愚かだったかを痛感した。アレンを嫉妬で追い出し、その才能を奪おうとした公爵家が、今や地下水道の清掃という「最底辺の労働依頼」に従事している理由が、このから揚げ一つに凝縮されていた。
午後、エレノアはついに、廊下の清掃中にアレンの姿を遠目に見かけた。 アレンは、武器屋や防具屋のギルド長たちを引き連れ、情報の重要性を説く行商人たちと談笑しながら歩いていた。彼の纏う空気は、かつての卑屈な追放者ではなく、世界の理を支配する「至高の主」そのものだった。
アレンはエレノアに視線を向けることすらなかった。彼女という存在は、彼にとって復讐の対象ですらなく、ただの「背景」に過ぎなかったのだ。その無関心こそが、エレノアにとって最大の「ざまぁ」であった。
夕暮れ時、エレノアは労働を終え、寮の食堂で賄いを口にした。 メニューは、地竜の切れ端を使ったシチューと、太陽麦の焼きたてパン、そして黄金りんごのパイ。 「……美味しい。こんなに、生きていることが幸せだなんて……」
かつての令嬢は、今や一皿のシチューに涙し、アレンの創った理の中で生かされていることに感謝する、ただの「見習い」へと生まれ変わっていた。
一方、情報の物流を担う行商人たちは、王都に残った傲慢な貴族たちに、このエレノアの「更生」の様子を克明に伝えて回っていた。自分たちが捨てた「無能」が、いかに自分たちのプライドを無価値なものに変えたか。王都の没落は、今や物理的な飢えだけでなく、精神的な敗北として完成しようとしていた。
創造系による至高辺境開拓 地べたぺんぎん @7023_100
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